13 綺麗で優しい世界の話か?
グループワーク発表日、私達の順番は最後にして貰った。他のグループの形式を見ると、私達を最後にした方が準備も片付けも早く終わりそうだったから。後は、自分が終わったら解放感で他のグループの発表忘れそうだなって、私情。
「エスミー、今日はよろしくね」
「えぇ、よろしくお願いします。アスカ、イリスも」
「もちー。って言ってもあたしはシンシア側だから、エスミーの手伝いはしないけどねぇ」
「よ、ろしく、お願いします」
四人で集まり、最後の話合いを終了する。まぁ話す事は出尽くした後だから、ほとんど挨拶しただけだ。
準備を終えて、シンシアとアスカ、私とイリスで左右に分かれる。教授は一番後ろで見ているだけ、始めるのも終わるのも自分達で、と言うのがこのクラスの方針だ。適当なのか信頼なのかは知らないが、このやり方をすぐにオッケーしてくれた柔軟性には感謝してる。
「では、これから私達が取り組んだテーマ『獣人に関する性風俗法の撤廃』についてのディベートを行います」
私がシンシア以外の三人で話した日。持ち込んだ案は、テーマをシンシアに合わせ、ディペード形式での発表する事。シンシアを説得するのは諦めて、真っ二つに分かれた意見をそのまま披露するという手を取れば、互いの主張をそのまま、何なら材料も全て揃った最高の状態で本番を迎えられる。グループワークでそれはありなのかという不安も、二つ返事で了承を得られた。賛成反対の組み分けが心配だったけど、アスカがどちらでも良いからと賛成側に回り、一番心配していたシンシアの説得も、拍子抜けする程上手くいった。
「私は、兎獣人の母を持つハーフです。生まれは獣人地ですが、人間街で育ちました。」
先に賛成派であるシンシアが話し始める。手にはいつものスクラップブック、そして私を説得する為に集めた情報。自分の生まれと絡めて、感情のこもった語り口調は、上手いと素直に称賛する。何度も聞いた内容なので、私はもう耳にタコだが。
本番なったらもっと緊張するかと思ったけど、意外とそうでもないな。多分何度と無く繰り広げたシンシアとの話し合いが練習になっていたんだと思う。私がここで話す事も、特にあの時と変わらないし。証明になる情報が増えただけで、私の主張は一貫している。
あぁ、でも、ちょっとだけシンシアに歩み寄れる部分があるとしたら──。
「人間と獣人の法律による差別をなくしたい。私はそう考え、撤廃を訴えたいと思います」
真っ直ぐにこちらを射抜く視線は、芯が強く凛々しい女性に見える。自分が絶対に正しい、間違っていないという自信。少しだけ、エスメラルダに似ていると思った。主張を通す手段が威圧か説得かの違いで、二人はもしかしたらよく似ているのかもしれない。
「では、これより反対派の意見をのべさせていただきます」
イリスが杖を振るい、空間に私達が集めた資料を映してくれる。ぽこんぽこんと浮かぶ書類は文字が小さくて多分読めていないけど、所々拡大して協調する部分はイリスと相談済みだ。
「まず前提として、私達が反対しているのは性風俗法の撤廃であって、獣人への性的搾取強要は許されざる行いだと思っています。獣人だけでなく、どんな種族も須らく尊厳を踏みにじられるべきでない。それを踏まえた上での発言である、そうご理解下さい」
シンシアの主張は、私達反対派が獣人への差別を容認しているという悪印象の植え付けと、虐げられた獣人への同情を誘う記事の流用、後は貞操観念への訴え。どれもこれも感情に訴えるものばかり。アスカの調整で改善はされているが、私に噛み付いて来ていた時と内容はほとんど変わらない。
「獣人への性風俗法は、彼らが歓楽街で店を営む上でとても大切な法律です。性的搾取、強要を『行わない、行わさせない為』にこそ、この法は撤廃されるべきでないと、我々は考えます」
歓楽街にある、獣人の性的サービス店は、元々人間では無く獣人の為に作られたお店だ。
獣人は、獣の種類によって、発情期というものが存在する。それは通年……つまり一年中発情繁殖を行える者から、季節に合わせて変化する者まで様々。そして獣人、そして魚人や人魚は、それぞれの種別によって婚姻形態が多種多様。一夫多妻や一妻多夫、そもそも婚姻の概念がない場合も多い。貞操観念についても、人間の常識とは大きく異なっている。
つまり獣人風俗店はそもそも、獣人の発情期対策で作られた、という事だ。人間のそれより法が緩く見えるのは当然、店員の満足を考えて作られているのだから。
「勿論、店員の安全を最優先して営業は行われています。安全について項目は別の法律で制定されていますので誤解を生んだ様ですが、決して獣人への安全性が度外視されている訳でありません」
獣人が虐げられた云々の記事については、ほとんどがデマである為反論するもない。お店の離職率が高い事を問題にしていたが、そもそも獣人の風俗店は発情期に合わせて勤務が普通。季節によって周期する者や、年に一回など回数がある者は休職扱いになり、時期が来れば復帰出来る仕組みになっている。
「最後に、何故お店まで作って発情期管理を行うか。それは単純、人口の急増を防ぐ為です。獣人の発情期と、貞操観念に付いては人間のそれと大きく異なります。彼らが本能のまま生活すれば、あっという間に人口爆発で国が窮してしまう。人間と獣人の間では子を儲ける為に五日の準備期間が必要です。それも踏まえ、人間街にお店があり、国管理の下営業している」
勿論獣人も色々で、風俗なんてあり得ない思う者もいるし、娯楽の一つとして働く者も居る。だから辞める者を引き止める事、求人を出して人を集める事は禁止されているし、暴力行為は当然禁止。シンシアは女性獣人の事に注視している様だが、男性獣人も働いている。客の比率が圧倒的に男性に傾いているし、か弱い女性の方が同情を買えると踏んだ記事もあって、あまり知られていないようだけど。
「勿論、今の法が完璧であるとは我々も思いません。我がアネイア家の先祖が作った初めの法も、今とは随分と違っていた。時代と共により良い世界を作る為、変化しなければならない事も事実です。しかし、今現在において、『獣人に関する性風俗法の撤廃』は行うべきでない、我々はそう判断します」
× × × ×
「終わった……」
はー、と大きく息を吐いて、椅子に全体重を預ける。両手を上に伸びをすると、肩と背中がすっきりした気がした。
「お、お疲れさま、です……!」
「イリスも、お疲れ様」
「いえ、私、は……エスミー様、すご、く……素敵、でした」
「ありがとう。イリスのサポートのおかげだわ」
おどおどしているから発表には向かないと言って、舞台に立つのは私に任せきっていたけど、その分裏方として本当によく動いてくれた。シンシアの情に訴える語りに心を動かされた者もいただろうが、イリスの的確なサポートで充分巻き返せたと思う。まぁ後はもう好きにしてくれればいい。シンシアの考えがどうであろうと、私の考えは伝えきった。成績に反映されるなら頑張れるけど、それ以外は流石に労力を払えない。
「今回は色々とありがとう。機会があればまたお願いしたいわ」
「わ、私で良ければ……!」
「イリスはとっても優秀よ。今回もそうだし、私達相性が良いのかもね」
私達はまだ二年生、当然これからもグループワークはあるだろう。イリスの情報収集能力と裏方技術は素晴らしい。発言するのは苦手みたいだけど、私はそこを補えるし……うん、役割分担完璧なのでは。アスカの冷静な視点と柔軟な対応も良かった。シンシア側だけど、裏方だけでなく助手として足りない部分を補う力が高い様に感じた。二人共、出来れば次も私と組んでくれないかな……。シンシアがいるなら謹んでご遠慮するけども。
「――エスミー」
イリスとの雑談を楽しんでいた所に、澄んだ声が私の名を呼ぶ。可愛いなって思うよりも、ちょっとうんざりしたのは、最近ずっとこの声と戦っていたからだろう。視線をやると、兎耳を震わせ、悲しそうな表情を浮かべるシンシアがいた。
「シンシア様も、お疲れ様で」
「どうしてなの?」
私の言葉を遮って、静かな室内に綺麗な声が良く響く。鈴と言うより、鐘を鳴らした様な響きだ。色んな物を貫いていく、強く鋭い刃の音。
「私は、この国をもっと素敵な場所にしたい。綺麗で優しい、世界にしたいだけなの。それを、どうして……ッ」
耐え切れないという様に顔を覆う、愛らしい兎さん。涙の滲んだ声が私を責めているけれど、結局彼女は私の説明を一つも聞いていなかったらしい。知らなかったで済めばまだ可愛いかった。人間の中で暮らし、獣人の生態について無知であるだけなら、まだ。
結局シンシアは、性が売り物となる現実が受け入れられないだけだった。彼女の言う綺麗で優しい世界は、恋い慕う相手と結ばれ、一生を共にする誓いの事。ただ一人に操を立て、子成し育む事。それは確かに美しい。ただそれ以外が受け入れられないのは、違う。
人間ですら十人十色の価値観があるというのに、体の作りから異なる種族は更に想像の範疇を超えるだろう。恋多き人生の仲、性に奔放に生きる選択だって、尊重されるべき生き方だ。その為に法が必要だったから、百年前、生まれた法がある。
「私達は、法律家なのよ」
世界を良くしたい、その考えは素晴らしいが、誰にとってのより良い世界なのかを考えなければ、所詮は子供の夢物語で終わってしまう。シンシアのそれは、お姫様が流れ星に願う様な世界だと思った。お金が無くとも欲しい物が手に入り、育てずとも作物は実り、寝ているだけで腹が満る。太陽の下で唱えたら幼稚の謗りを免れない、眠りの先でしか見られぬ夢。
「そうやって、否定するんですか」
涙の溜まった目が私を睨み付ける。両手が強く握られて、愛らしい顔が怒りに染まっていた。
「そうやって……ッ、ハヴェイナ様の事も!」
「――俺が何だって?」
「っ!?」
シンシアの悲鳴にも似た甲高い声を、重く低い声が叩き落す。室内にいた人間が一斉に振り返った先で、扉に肩を預けて立つ人影があった。穏やかに、微笑んでいる、ヴェナがいた。




