表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

人生の交通事故

3月、春分の日の連休で墓参り...ならぬ寺参りに行った。


 昼食の時、ふと真奈美の生まれた街の話題になった。彼女の生まれた街は、今いる私が生まれた街から、山に向かって走り、長いトンネルを越して、最初にある山のふもとの街、ここから1時間程度の所であった。


 彼女も幼少の時にそこを出て、全くその街の記憶が無いらしい。少し足を延ばせば行ける距離、ナビゲーションにその街の総合病院をセットし、レガシィアウトバックを山の方に向けた。病院を選んだのは職業柄からか…


 トンネルを抜けると小さな集落があり、春の田ごしらえを始めるトラクターが黒い煙を上げながら、ゆっくり動いている。すれ違う車は圧倒的に軽トラックが多く、地元の年寄りが結構なスピードでカーブに突っ込んでくる。ゆっくり走っている小型のパトカーとすれ違い、小さな集落に入った。そこからひたすら下り坂を下って、少し大きな街に出た。


 総合病院は消防署と警察署がある並びにあり、そのあたりがこの街のメインストリートなのか大きなスーパーマーケットや飲食店が並んでいる。

 真奈美は住んでいた場所の地名をうっすらと覚えていた。近くに小学校のある、田んぼが広がる中に点在する数軒の家の中にある、平屋の小さい家。


 実際にその地名の場所に行くと、そこは新しい住宅が並び、ちょっとした町になっていた。校舎が建て替えられて、立派になった小学校を見つけてそこで折り返す。真奈美が住んでいたころの形跡は全くなかった。


 幹線道路まで戻って、こじんまりとした喫茶店に入りコーヒーを飲んだ。焙煎の香りと豆を挽いた香りが満ちている店内で、二人はサイフォンのコーヒーを楽しむ。


 そこを出てからは真奈美が運転して帰途につく。滅多に運転しないアウトバックの大きな車体も、少し走ったら慣れたらしくスムーズに山道を登っていく。小学校の前にある押しボタン式の信号機で、信号待ちをしていた時、鈍い音と衝撃が後ろから伝わってきた。

 老夫婦の乗った軽トラックが追突してきたのだ。こちらにケガは無かったが、軽トラックの助手席に乗っていた老婆はどこかで左手を擦りむき、血が滲んでいた。真奈美はすぐにアウトバックの中から救急箱を取り出して見事な手つきで処置を行った。老夫婦に礼を言われた後、警察に電話しようとした私に、

「ここなら駐在所に連絡した方が早いから、俺が電話するよ」

と老人は言い、ガラケーの携帯電話で電話をかける。

「もしもし、駐在所ですか?あ、良江さん、下の吉田です。追突事故しまして...」

という感じで話している。ケガの有無、車の損傷と道路の破損等の確認をされて、電話を切った老人は、

「駐在さんは今、巡回中だけどもう帰ってくるから、車が動くなら駐在所まで来てもらえないかって言ってるんですが...」

との事なので軽トラックの後ろをアウトバックで走って付いていく。


 山の集落の中に官舎を含めた駐在所の建物があった。玄関の上に赤いランプがついた建物の前にはプランターの中に植えられた色とりどりの花が咲いている。

 車が到着すると中から背の高い、私服の女性が出てくる。姿勢がいいので尚更大柄に見える。美人だ。

「駐在補助員の安本良江です。駐在の安本公一巡査部長は巡回からこちらに向かっていますので少しお待ちください。」と言い、老人と私達の免許証の提示を求めた。

 駐在を待つ間、良江は事故車の破損状況を調べ、デジカメで写真を撮る。老婆が手に怪我をしてるのを見つけて状況を聞いた。真奈美が怪我の程度を説明する。処置と説明の的確さから、

「奥さんは医療関係者ですか?」

と良江が聞き、真奈美は

「私は看護師で、夫は医師です」と答えた。私が駐在夫人の無駄の無い処理の進め方に感心していると、老人が

「良江さんは元警察官で交通課だったからこのくらいは朝飯前だよ。剣道も強いよ」

と言う。

「剣道は余分よ!」と良江は老人の肩を叩いて笑った。免許証を見て、良江は、

「ご主人は##市○○町が本籍なんですね。駐在も同じ町の出身なんですよ。」

と言う。「それは偶然ですね」と私が言った時、スズキソリオの小型パトカーが帰ってきた。

 降りてきたのは身長は低めだがガッチリとした、いかにも格闘技経験者という感じの警察官、安本公一巡査部長である。

 良江から今までの検証の報告を聞き、作りかけてある調書に目を通す。そこには、私の職業と名前、免許の記載内容が書いてあった。

 私はここまで動揺した人を見たことが無かった。巡査部長のボールペンを持った手が震え出し、ペンが床に落ちる。顔を見ると顔面蒼白で汗が凄い!歯がガタガタ音を立てた。

「公ちゃん、どうしたの!?」今までの25年くらいの付き合いの中で見た事のない夫の状態に良江も同様して口調が巣に戻っている。

「ちょっと…」と駐在は言うとトイレに駆け込んだ。


10分以上経って駐在は帰ってきた。顔はまだ白いが落ち着きを取り戻している。

「大丈夫ですか?私は医者で女房は看護婦ですから調子が悪いなら何か応急処置をしますが」と言う私に駐在は、

「橋本病院の橋本先生ですか?○○町の」と聞いた。

「あの病院はもう倒産して今は市立病院になっていますよ。私は**県で医師をしています。」

と私は答えた。


事故処理は速やかに終わり、物損事故と人身事故の違いや午後の処理、任意保険会社に連絡を取る事、麓の市の警察署が事故証明の窓口になる事等を聞き、老夫婦は帰って行った。


「今から30年くらい前に○○町で中学生が5人死亡する事件があったのをご存知ありませんか?私は幼かったので記憶がないのですが。私の姉もその事件で亡くなったのですが」

 後に残った私は興味本位から駐在に尋ねた。

 駐在は暫く間を置いて、

「私は中学生でしたが学校が何日か休みになりましてね。親は緊急に招集されてましたが充分な説明はありませんでしたよ。とにかく触れてはいけないって雰囲気が強くて。後から聞いた噂では凄い犯罪案件だったようでした、未成年のものとしては。噂なので信憑性はないですが。」と答える。

 後ろで駐在夫人がこの様子を少し訝しげに見ていたが、何も言わなかった。


 私達は挨拶をして家路を急いだ。アウトバックが視界から消えるまで駐在夫妻はこちらを見送っていた。


 家に着いたのはこの事故のせいで10時を過ぎていた。翌日が普通に診察がある日なので急いで風呂に入り、ベッドに入る。寝室の棚の上には、母の遺影とあの2枚の写真が額に入って飾られている。

 もう一度あの写真達を眺めて私は眠りに着いた。


 アウトバックは直すほどでも無かったが保険でリアバンパーが交換されてきた。翌年、私達が37歳になった時、アウトバックのリアシートにチャイルドシートが2つ着いて、男の子と女の子が乗っていた。


 子供達と色々な所に行ったが、あの駐在所ある山道を走る事はなかった。


 それから10年。双子は小学5年生、11歳になっている。男の子は亮介、女の子は愛華(あいか)。亮介は真奈美に、愛華は私に似ている。愛華はどこか愛美に似ていた。

 田舎の暮らしで、私達夫婦は子供達と過ごす時間が沢山あったので、たまにヤンチャだが、絶対やってはいけない事だけはやらない、真っ直ぐな子供達に育っている。山本さんと水田さんがしっかり婆ちゃん振りを発揮して躾けてくれているのも大きい。


 今日も私は診療所の窓から外の景色を見る。窓ガラスに映った自分の頭は少し白くなったが、真奈美は殆ど変わった感じがしない。診察室の端っこで、子供たちは小学校の算数の宿題を、真奈美に教えてもらいながらやっている。

 オイスターパーペチュアルを見ると時刻は4時45分を回り、後少しで今日の勤務が終わる。真奈美もコンステレーションを見て片付けの用意を始めた。


 今夜も、夕飯と賑やかで楽しい家族団欒の時間が始まろうとしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ