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栄枯盛衰

 車に戻った私たちの空気は重たいものだった。 

 宿のチェックインにはまだ時間があった。しかし生まれた街と言っても、幼い時で、記憶がほとんどない私は、郁美の道案内で街の中を見て回ることにした。


 まず、彼女が向かったのは、かつて住んでいた邸宅のあった場所だった。もともとは郁美の祖父が開業して父が診療を行っていた橋本医院の跡地に邸宅を建てた。病室もあった橋本医院の敷地はそれなりに広く、個人宅にすると大邸宅と広大な庭を造るのに十分だった。

 

 道が広がり新しくなり、郁美の記憶の景色を30年の歳月はすっかり変えてしまっていた。近くにあった警察署も建て替えられて姿を変えていた。

 何度も迷って、何とか昔の邸宅があった場所にたどり着いた。その場所は瀟洒な住宅街になっており、10軒くらいのハウスメーカーの建売と思しき、良く似た造りの住宅が並んでおり、それぞれに家庭と生活があった。少し寂しそうな表情でその場所を見ていた郁美は、次の場所を指定する。

 そこはかつての総合病院のあった場所。この病院はまだ健在だった。ただし名前は町村合併で新しくできた市の市立病院になっていて、玄関前にあった派手なモニュメントは無くなり、当時は新築だった建屋のコンクリートの外壁はグレーに変色していた。

 私は入ってみたい衝動に駆られたが、郁美は外だけ見て、中には入ろうとしなかった。


 ちょうど昼になったので、病院の近隣に最近できたと思われるファミリーレストランで昼食にした。

 よくある造りの店の窓側の席で、それぞれが定番メニューを注文し食べた。

 真奈美はよく気が利き、要所要所で必要な動きをしてくれたが、自分からほとんど喋る事はなかった。郁美も最低限の事しか話さない。


 私は生まれたはずのこの街に何も見つけられなかった。

 食事が終わり、宿のチェックインにいい時間になったので、今夜泊まる温泉旅館に向かうことにした。


 黙っていた郁美が急に口を開き、

「もう一か所どうしても見ておきたい場所があるの。生きている間に」

 と言い出した。

「そんな縁起でもないこと言うなよ」

と私は少しおどけ気味に言ってみたが郁美は全く乗ってこなかった。


 郁美が案内したのはさっき見た、実家の場所の裏山に上がる山道。あまり交通量がないのか道は荒れていたが大型車が対向できる幅があった。途中スレートづくりの廃屋とかなり大きな廃家屋、捨てられたダンプカーやショベルカーなどがあるところを通って何もないススキ原の中に出た。


 ”鬼ヶ山ダム 3km”という色が褪せた標識を過ぎた時、平坦な場所が現れた。

「止めて!」と郁美が叫んだ。


 車を止めると郁美は飛ぶようにそこに降り立つ。私と真奈美も母の後に続いた。

 古いコンクリートの舗装は所々ひび割れていたが、ここに何か建物があったことは間違いなかった。

 郁美の目からは大粒の涙が流れ、言葉にならない呻きが漏れた。私と真奈美は彼女が落ち着くのを待って横に並んだ。その広場は端っこまでは舗装がされておらず赤土に水たまりが出来ている。


 郁美はゆっくりと語り始めた。

「あの頃、お父さんと私は愛美の事はすべて人に任せて、病院を大きくする事や自分の研究に一生懸命でね。愛美には欲しいものは全て与え、習い事もできるだけさせて立派な大人に育てるつもりだったのよ。私が両親からやって貰った事はすべてやったつもりだったけど、足りないものがあったのよ。

 私の両親は物質的な望みは全部叶えてくれなかったけど、私と話をする時間はたくさん作ってくれたの。勉強も教えてくれたし。

 私たちは、全くそれをあの子にしなかった。上辺は優秀で良い娘に見えたけど、実際はとんでもない不良娘だった。

 ここに昔ダムの建築中に使われてた事務所の跡があったの。そこは、あの子たちのグループのたまり場になってて、飲酒・喫煙・違法なドラッグや大麻までやってたみたいなの。うちの病院の医局から避妊薬を持ち出して性行為までやってたのよ。そんな事になってるとは、親の私たちは全く気付かなかった。 そして夏の終わりの日に、ここで乱交パーティーをして土建屋の息子と性交している最中に、ドラッグに狂った市議会議員の息子に拳銃で撃ち殺されたの。あの娘も薬とお酒と大麻で麻痺したままね。

 拳銃は数日前に暴力団がこの近くで逮捕された時に紛失したもので、中国製の粗悪品で何発か撃ったら爆発して撃った本人も死んだらしいの。

 当時、防衛大臣をしていた国会議員に大金を献金して事件をもみ消したのよ。皆それなりの立場のある人の子供たちだったからね、家だってそうだったし。そして5人の中学生は、この世から存在が消えてしまった...」

彼女はそこまで一気に喋ると座り込んで号泣しだした。止んでいた雨がまたポツリポツリと降り始めた。

 両側から私と真奈美が支えて郁美をアウトバックに乗せ、しばらくそこに停まって空き地と後ろの紅葉が進む中国山地を見ていた。

 車を動かしだした時、郁美はその後の顛末を話し出した。


 その場は収まったに見えたが、火消しには大量の現金が必要であり、また地元の名士たちには政敵が存在した。それに完全に消し去るには問題が大きすぎたのも致命傷になった。噂もどこからともなく漏れ、次期選挙で議員は落選、土木業者との贈収賄を摘発され再起不能になった。途中あったスレート造りの廃墟はその土建屋の跡だった。

 もちろん、橋本家も大ダメージを受けた。 医者は信用とイメージが大切。消えた中学生のうちの一人が愛美だったことはすぐに知れ渡ることになった。患者は激減し、病院経営は一気に悪化し、雇っていた勤務医にも事務員にも給料を払えなくなった。必然的に倒産。

 病院も邸宅もまだ残債が残っており、返済のために全てが無くなった。

 せめてもの救いは、病院も邸宅も買い手が付き、それなりの財産が有ったので、債務が無くなった事、更に、悟と郁美には医師免許が残っている事だった。


 しかし、悟は全てを失った絶望と、溺愛していた愛美を失ったショックで一か月後に日本海に飛び込んで自殺した。遺体は上がらなかった。


 郁美は大学時代の友人の紹介で、あの元鉱山の町の診療所の常駐医師の職を得ることができ、家の車庫に残っていた事務用のシルバーメタのトヨタ・ターセルに総一郎と自分のジュエリー、悟のパテック・フィリップやバセロン・コンスタンタン等の高級時計を半ば隠し持ってこの街を出た...

というものだった。

 今、総一郎が使っているオイスターパーペチュアルは普段使いで悟が使っていたもの、真奈美が使っているコンステレーションは愛美が使っていたものだと言う事も聞かされた。 


 顛末の説明をしているうちに、宿に着き車から降りた郁美は、落ち着きを取り戻し、真奈美に

 「娘の愛美はマナミさんと呼んでたの、マナちゃんとは呼んだことないわ!」

と言って真奈美の肩を抱いた。真奈美も郁美の肩を抱き返す。


 旅館に着いた時、郁美は落ち着きを取り戻し、それまで黙っていた真奈美も普通に話を始めた。

 


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