98.龍の音
亜人王の動きが止まった。
暴走していた巨体がピタリと。
「......祐基くん」
静止した亜人王は次の瞬間、膝から崩れ始めた。
体が力を失ったように何の抵抗も見せず、凄まじい地響きと共に地へと。
倒れた亜人王が再び動くことはなかった。
完全に沈黙していた。
「祐基くん........あっ!」
その光景を見続けた祐基も、糸が切れたように前へ倒れ込む。
翠鳳は慌ててその体を受け止め、祐基の顔を見る。
気を失っていた。
全てが終わったのを確信し、安心し切ったような安らかな顔を浮かべ。
「祐基くん.....凄いよ.....本当に凄いよ.....!!」
祐基の顔が涙に濡れる。
ポタポタと、翠鳳は強く祐基を抱きしめた。
◆
「あの矢は.....さっきの子供の?」
「祐基じゃな、流石わしの弟子じゃ!わっはっはっは!!」
「.......」
倒れ伏した亜人王の傍ら。
その死を確認し終えた紅忠、沖田、ポリズンの3人が集まっていた。
「『飛龍』将軍!」
そこへ紫蓮と飛射隊の兵士達が駆け寄ってくる。
「おお紫蓮!見ての通り亜人王は倒れた。今すぐに烙夭の『龍の音』を鳴らすよう指示を出せ」
「そうであろうと既に兵士を向かわせました。それより....」
紫蓮の視線が紅忠からポリズンに移る。
その眼は敵に向ける眼だった。
この場でポリズンも仕留めようと紫蓮は考えているのだろう。
すると、今度はポリズンの背後に鱗魚人の兵士達が次々に集まり始めた。
「まさか亜人王が殺られるとはな....おかげで邪魔者は消えた!!礼を言っておいてやろう人間共!!」
「だがお前らも既に満身創痍....こんな絶好の機会、逃すわけねぇよな!?」
鱗魚人達が武器を構える。
主にその視線は紅忠に向けられていた。
『双刀』である紅忠の首もまた、彼らの王国で高い報奨金が出るのだろう。
「おいおい....」
「私はまだ戦える、加勢します」
呆れる紅忠、刀を構える沖田。
戦いを終えたはずの場は、一触即発の空気に包まれていく。
「『飛龍』の首....早い者勝ちダァァァァ!!!」
三叉槍を紅忠へ向け、鱗魚人達が一斉に動き出す。
紅忠は弓を片手に剣を筒から抜き取り、沖田は足に力を込める。
再び戦いが始まろうとした....その時だった。
「ギャッッ!!」
ポリズンの尾が動く。
尾の毒針が先頭を走った鱗魚人の胸に突き刺さり、そのまま宙に持ち上げる。
そして、後続の鱗魚人達へ容赦なく投げつけた。
「ポリズン!!?何の真似だテメェ!!!」
ポリズンは鱗魚人達の方へとゆっくり振り返る。
「亜人王ハ死ンダ。支配者ガ消エタノニ何故マダ私ガオ前達ノ味方ダト勘違イシテイル」
「正気かゴミ虫が!!!今なら厄介な『双刀』を殺せるんだぞ!!?」
「私ニトッテハ厄介デハナイ。ムシロ亜人王ヲ殺シテクレタ連中、感謝ハアルケド戦ウ理由ハモウナイワネ」
そう言うと、刺棘杖の石突で地面を叩いた。
「マダ戦ウ気ナラ、私ハ奴ラニ加勢スル。潔ク武器ヲ捨テ下ガッテイロ」
六荒王の圧とでも言うのだろう。
その一言だけで、先ほどまで戦意に満ちていた鱗魚人達の足は止まった。
誰1人動こうとする者がいない。
「ここから逃すと思っているのか?亜人共...皆殺.....「貴様もだ、その殺気を収めよ」
紫蓮を制したその一声。
場にいた全員が振り向く。
そこには、兵士達を従えた皇帝が悠然と歩いて来ていた。
「陛下!?」
「おー、怪我なく無事で何よりじゃ陛下」
「朕は至高の皇帝、怪我などしたい時にしかせん」
皇帝は紅忠の横を通り過ぎると、そのままポリズンの目の前で足を止めた。
「陛下!?危険です!!お下がりを!!」
紫蓮の制止を意に介さず、互いに言葉無くただ静かに視線を交わす。
皇帝と女王。
互いの器を測っているかのような、束の間の沈黙。
蚊帳の外に置かれた者達は2人の王の間に入る事ができず、こちらもまた静かに見守るしかなかった。
そして静寂の中、ようやく皇帝の口が開く。
「ポリズン。荒野に住まわせておくには勿体無き良き眼よ」
「貴方.....ソノ服ノ生地、相当良イワネ....」
両者、互いを認め合ったかのような言葉を口にした。
「貴様は我らの国を救った1人、故にこの場でその首を取るは恥でしかない」
「コチラノ言葉デモアルワ。亜人ヲ勝手ニ代表シ、感謝スル」
互いに感謝の言葉を出すが頭は一切下げない。
両者、王であるが故その頭の重みが違うのだろう。
「紫蓮!!飛射隊と共に疾く城壁へ向かえ!!亜人王の討伐完了...皇帝及び六荒王より戦闘の即時停止命令であると両軍に伝えよ!!」
「え...あ、はっ!」
「手の空いている者は宮殿のみならず、戦いに巻き込まれた民の救助を開始せよ!!」
「「「はっ!!!」」」
王命を受け、紫蓮と兵士達は一斉に駆け出した。
「貴方達」
ポリズンが背後の鱗魚人達へ顔を向け。
「宮殿内ニ残ッテイル鱗魚人達ヲ全員集メナサイ。10分後出発スルワ」
「っ.....!」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも鱗魚人達は命令に従い、それぞれが動き始める。
その時、都に不思議な音色が響いた。
「....鳴き声?」
沖田がポツリと呟く。
鐘の音だろう。
だが普通の鐘の音よりも特徴的な音色。
一打ごとの余韻が長く、まるで巨大な龍が遠くで咆哮しているかのような荘厳で神秘的な響き。
「『龍の音』じゃ」
紅忠が答える。
「古くより、大きな戦の終結を宣言する際に鳴らしてきた鐘。わしも聞くのは初めてじゃ....落ち着くのう」
その音色は都の隅々まで届く。
龍華軍も亜人も、誰もがその鐘の音に動きを止め、戦いの手が止まる。
国に平和が戻った。
それを民に伝えるには十分すぎるほど美しく、荘厳な音色だった。
亜人戦争。
後にそう語り継がれるこの戦いは。
今ここに終結した。




