97.的当て
「おー!120メートル成功!記録更新だな祐基!」
「うん!ありがと兄貴!」
村の外れの森の中。
木に吊るした的から、兄貴は僕の射った矢を引き抜き、こっちに投げ渡してきた。
僕はそれを受け取り、自分のことのように嬉しそうな顔を向けてくる兄貴を見る。
「にしてもお前の射った矢ってのは一体どうなってんだ?生き物みたいに木々の間を抜けやがる。噂に聞くスキルってやつでも使ってんのか?」
「スキル...?よくわかんないけど....僕が射った矢って僕が思う通りに進んでくれるんだ。長年の的当て特訓の賜物ってやつかな?」
「ほーんそうか。にしてもついに120メートルかぁ......祐基に狙われた敵はいよいよ逃げらんねぇな!」
「戦ってる最中にあんなに弓に集中できないから、戦場では実質50メートルくらいが限界だよ....多分」
「なーに言ってんだ!お前なら戦場だっていつか1キロ先の敵を射抜けるようにならぁ!!」
「それは人間としてちょっと難しいかな.....ハハ」
一切冗談を感じない兄貴の言葉に、思わず苦笑いが漏れる。
流石にそんな偉業は僕には無理だ。
でも兄貴は本気で、いずれそれを僕ができるようになると思ってるんだろう。
兄貴の期待には応えたいけど....流石に無理。
「そういえば兄貴、またユンピョウ狩りに行ったんだよね?兵士十数人がかりでも倒せないあの猛獣を怪我なく倒せるようになって本当に凄いよ!」
「お!そうか?そうだよな!」
兄貴は満更でもなさそうに笑った。
「俺もいずれお前と一緒に兵士になるんだ。念のため体鍛えておかねぇと置いてかれちまうしな!」
「兄貴なら今のままで十分強いと思うよ!むしろ僕の方が足手纏いになりそうで.....」
僕は臆病だ、それも人一倍の。
兵士になりたいけど、実際に戦う姿を想像すると怖いし、僕なんて真っ先に死んでしまいそうで勇気が出ない。
兄貴が一緒に兵士になってくれると聞いて多少は前に進めそうな気もしたけど、まるで自分自身が夢を諦めさせようとするかのように、また別の理由の恐怖と不安が邪魔をしてくる。
我ながら何て情けない男なんだろう.....。
兄貴のように“怖い”なんて言葉が存在しないような男になりたい....。
「おいおい、そんな弱気で来年からやってけんのか?遂に兵士の門を叩くんだぞ俺ら!」
僕は来年で16歳、兵士になるための条件である年齢を超える。
そのため来年、兄貴と一緒に兵士になると約束していた。
「そ....そうだよね.....でもやっぱ自信が....」
しかし、その日が近づくにつれ胸を締めつけるような不安が増していく。
再来年でもいいんじゃないか、もう少し鍛えてからでも遅くないんじゃないか.....。
そんな言い訳ばかりが頭に浮かんだ。
自分でもわかる。
これは逃げようとしているだけだ。
「かぁ〜ッ!また出たよ!いい加減その情けない根性鍛え直せ祐基!」
「だって....僕なんて兄貴のように体力も無いし、兄貴のような力も無いし.....」
「バッカやろう!!体力なんて思い込みでどうとでもなる!!」
......?ならないよ、普通。
「んで弓兵に力なんざいらねぇだろ!!ほらこれで解決!!」
「で....でも.....」
兄貴が必死に鼓舞してくれているが、それでも不安は消えない。
そんな僕を見て、兄貴は「よしッ!!」と声を上げると、先ほどの木に吊るしていた的を手に取り。
「そんじゃこうしよう!今から俺はこれを持って300メートルくらい離れる!そんで祐基、お前はここから俺の持つ的のド真ん中を狙って射て!的当てだ!!」
「え、300メートルなんて無理だよ....」
「怖いだ自信がないだ無理だぁ!?そう思い込んでるからお前は何も出来ないんだよ!!」
兄貴がビシッ!と指を差す。
「人間、何でもできると思い込んでいればどんな事でもできる!!勝手に自分で無理だと決めて日和ってんじゃねぇぞ!!」
そう声を上げると、兄貴は僕に背を向けた。
「いいか。もしこの的当てでド真ん中に矢を当てれなかった場合、俺は兵士にならねぇ。お前も一生その夢捨てろ」
「え....」
「逆に、お前が本当にこれを成功させれたら、来年俺たちは兵士になる。お前の夢が本当に夢か、俺は信じてるぞ」
そう言い残し、兄貴は森の奥へと走っていった。
120メートルが最高記録の僕に、いきなり300メートルなんて無理だ。
成功できるわけがない。
それに、時より自分でも思う。
僕は本当に兵士になりたいのか....って。
ただただ強く、カッコいい男になりたいだけなんじゃないか。
それなら獣を狩る狩人だってカッコいいし、多少の弓の腕があるんだから、きっとそっちの方が向いている。
そうだ、いい機会だ
夢を諦める事ができる絶好の....。
「いいぞ祐基ーーーー!!!!来ーーーい!!!!」
森の奥から響く兄貴の声。
それを合図に僕は弓を構え、弦を引く。
(..........何で僕は)
握った弓と矢。
どうせ当たらないし適当に.....そう思っていたはずなのに、気付けば僕は的を射る事だけに集中していた。
夢を諦める絶好の機会なのに、絶対に無理な距離の的当てなのに、なぜか僕は本気で射とうとしていた。
身体が勝手に、僕の意思を無視しているかのような。
(あぁ.....そうか.....僕はやっぱり....)
情けない僕の頭とは違い、僕の心だけはとっくにできていた。
兵士になりたい、その夢を追う覚悟が。
それを理解すると、僕も自然と諦めがついた。
兵士になる夢をではない。
夢を捨てる事をだ。
(見えた....)
そして僕は....矢を射った。
◆
『ヴオオオオォォォォオオオオッッ!!!!!』
咆哮を轟かせる亜人王。
その半壊した頭部。
そこに広がる亀裂の僅かな隙間の奥、亜人王の心臓である核がこちらを覗く。
祐基は弓を向け、核を狙い定める。
一瞬の途切れも許さない集中の時の中、祐基の脳裏には、あの日の森の記憶が蘇っていた。
(兄貴.....見てるよね.......わかるよ、感じるよ)
核までの距離...およそ100数メートル。
核の見える穴の大きさ...大人の拳3つ分程。
対象...光線を放ちながら動き続けている。
視界...右眼半分の上、ボヤけが生じている。
体の状態...意識を保つだけで限界。
恐らくこの一射を最後に意識は完全に失ってしまうだろう。
状態はまさに最悪。
だが祐基は、ふっ....と笑み浮かべた。
「あの時と比べたら......随分簡単な.....的当てだな....」
祐基は射った。
最後の、そして自身の全てを込めた一矢を。
現状出せる力の全てを乗せたその矢は、静かに宙を駆ける。
なんてことはない、普通の速度の矢。
だが、その軌道は明らかに異質だった。
亜人王によって砕かれ、宙を舞う無数の瓦礫。
その隙間を縫うように、まるで生き物のように滑らかに進んでいく。
さらに、ポリズンが伸ばした巨大な棘を前にすると本来なら直進するはずの軌道が、ふいっと曲がり、その一本一本を紙一重で躱していく。
物理法則に従わない、まるで意思を持つ鳥のような飛翔。
矢は、核だけを目指し突き進む。
そして、亜人王がゆっくりとその矢へ顔を向けた。
『ヴォス......』
最期に漏れたその一言。
同時に。
矢は核を貫いた。




