91.信念
祐基達一行が都に到着したその日.....皇龍宮内部、正殿。
「....というわけだ。貴様にはこの戦いの後、その責を背負ってもらう。龍華に泥を塗らぬよう、その至高なる務めをしかと果たせ」
「はっ!」
皇帝の言葉に迷わず返事をする紅蓮。
その横では翠鳳がチラチラと皇帝を見ていた。
どこか落ち着かない様子で視線を泳がせ、ほんのり頬まで赤くなっている。
「...ところで、さっきから貴様は何だチラチラと。朕に何か面白い物でも付いているのか?死神じゃなかろうな」
「いえ.....あの.....」
「?」
何かモジモジと言い辛そうにしている。
その翠鳳にしては珍しい反応に、紅蓮も何を言うつもりなのか気になり始めていた。
「何だ、言いたい事があるなら早よ申せ」
「その.......」
翠鳳は恐る恐る、皇帝の胸を指差した。
「何で半裸なんですか.....?」
紅蓮は固まった。
確かになぜローブ1枚しか羽織らず上半身を曝け出しているのか、意識すれば気になるがそれを直接聞くような事は恐れ多くできない。
だが翠鳳は言ってしまう。
なぜそれを言えてしまうのか、紅蓮は翠鳳を少しだけ恐ろしく思えた。
「......何だと?」
皇帝の眼が細まり、翠鳳を睨んだ。
「いえ....あの、陛下。翠鳳も決して悪気があって聞いたわけではなくただ純粋な疑問と言いますか.....!」
慌てて翠鳳を庇おうと紅蓮が間に入る。
だが直後。
「ハハハハハッ!!」
正殿に皇帝の豪快な笑い声が響いた。
「何だそうか、見惚れていただけか。良いぞ!存分に見惚れるが良い!何なら触っても構わんぞ!」
紅蓮の脳は再び停止した。
「あ、いえ遠慮しときます」
「なるほど、見るだけで満足してしまったか。この世に生まれ、朕のこの黄金たる至高の肉体に触れる事なく一生を終えるなど不幸の極み。だがそれもまた至高の感覚。ひとえに朕の肉体が美を極めすぎた結果である、許せ」
「何だ、そんな理由だったんですか....」
翠鳳の表情は和らぎ、ホッと息を吐いた。
「私てっきり陛下は露出狂なのか....「翠鳳!」
紅蓮が思わず叫ぶ。
恐れを本当に知らないのか、翠鳳の発言に紅蓮は背筋が凍りかける。
「そういえばもう一つ聞きたい事があるんですけど」
「何だ?」
紅蓮が胃痛を感じ始める中、翠鳳は再び皇帝に質問をしようとした。
(普通の質問でありますように.....)
静かに祈る。
「この宮殿を囲う水って何処から来てるんですか?」
安堵。
「水?堀水の事か。あれは近くの湖より引っ張ってきているだけだ。それがどうした」
「学校に通ってた頃から気になってまして、あの水の中にお魚さんが1匹も見当たらないんですよ」
両腕を頭の上に伸ばし魚のような形を体全体で作り、腰をくねくねと曲げる翠鳳。
「当然であろう。湖の生物など入って来れぬよう整備している。時に何処ぞから川魚が流れ着く事はあるがな」
それを聞き終えると、翠鳳は再びホッと胸を撫で下ろし。
「そうなんですか....ちょっと残念でちょっと安心しました....」
「安心?」
皇帝の片眉が上がる。
「だって湖って海と繋がってますよね。いつも覗く時、鱗魚人が出てこないか少し怖かったので....!」
直後、皇帝の眼が見開いた。
「......ほう」
◆
「いやはやまさか....あの小娘の発言に救われるとは。天使のお告げも馬鹿にはできんな」
「皇帝....お前がか」
それを確認するや否や、振り上げられていた拳の向きが変わる。
正殿ではなく屋根の上に立つ皇帝へ。
「っ!やらせるか!!」
その動きに祐基は咄嗟に反応し、雷を纏った矢を射とうとする...が。
「控えよ祐基ッ!!!」
雷鳴のような怒号が響く。
「今この間にいかなる邪魔も許可せんと知れッ!!!」
「えっ!?」
その予想外の言葉に祐基は、そして亜人王も動きを止めた。
そんなこと言ってる場合じゃないというのに、体が自然とその言葉に従ってしまう不思議な感覚だ。
不安な気持ちを抑え、皇帝の許可が降りるその時までただじっと見守ることしができない。
「.....狂っているのか?お前を守ろうとした虫だぞ?」
「不要である。せっかく朕の首を狙い遠き荒野よりここまで来たのだ。機会があるのならば話をしたいと思っていた。本来であれば至高の茶でも用意し象棋 《シャンチー》でも指しながら室内でゆっくり語り合いたいものよ」
「俺はお前を殺す。それ以上言葉がいるか?」
「ここに王を語る者が2人.....対話は避けられんだろうよ。其方が類い稀見ぬか細き器の王でなければ...であるがな」
一瞬、場は凍り付いた。
命を握られていると言っても過言ではない状況。
だというのに皇帝は微塵も恐れず、逆に亜人王相手に強気に出ていた。
その光景に、祐基の背筋に流れる冷や汗が止まらない。
「......」
亜人王はしばし沈黙し、やがて振り上げていた拳を下ろした。
皇帝との対話を受け入れたようだ。
「とは言ったものの、互いに時間を掛けたくないものと見える....故に問答は一つ」
興味という色が濃く浮かぶ眼を見せ。
「王たる者であるならば必ず持つ、貴様の王としての至高な信念を朕に聞かせてみよ」




