90.ふざけんな
皇龍宮中央、中庭。
隅々まで手入れされている、皇帝の住まう宮殿の中庭に相応しき安らぎの場。
だが、今やその風景は見る影もなく破壊し尽くされていた。
幾つもの巨大な足跡に円形の焼け焦げた窪んだ地面が刻まれ、周囲は一部火の海と化していた。
そんな炎の熱波の中、その惨状を見下ろす巨獣と化した亜人王。
その口と首元の2匹の獣の口より眩い光が放たれる。
光線が地面に当たると同時に大地は爆ぜる。
最初の一撃ほどではないが、軍の一部隊を容易く消し飛ばせるほどの威力だ。
光線は止まらず放たれ続け、首をゆっくりと動かしながら中庭を薙ぎ払い、光線の進路上に存在する全てを吹き飛ばした。
爆発は新たな火の手を生み、周囲の建物に燃え移る二次被害をも引き起こしていく。
やがて光線は止まり、亜人王はそのまま下を見下ろし続けた。
黒煙が立ち昇り視界を遮る中、敵を仕留めたかどうかを確認するために。
次の瞬間、黒煙を切り裂き雷が返ってくる。
雷は亜人王の左胸を穿ち、風穴を空けた。
「チビが.....!」
一瞬晴れた黒煙の中、祐基は弓を向けて立っていた。
「はぁ....はぁ.....」
亜人王の攻撃はどれも触れれば終わる一撃ばかり。
そのため祐基は回避に集中し、攻撃が終わる一瞬の隙に雷を射ち続けていた。
だがどれも有効打には一切ならず、心臓があろう左胸を穿つも効いた様子は無かった。
(くそっ.....心臓あそこじゃないのかよ!いくら攻撃しても効いた様子もないし、すぐに傷も塞がれる......)
祐基は腰の矢筒に手を伸ばす。
残り8本。
(矢の残り本数も少ない.....!)
亜人王への有効打がわからない現状、あまりに心許ない本数だ。
嫌でも焦りが込み上げる。
(痛覚無効に体の再現.....あれだけの力を使っておいて疲れた様子も一切ない....無敵かよくそっ!!)
「チビが....!!ちょこまかちょこまかと鬱陶しい!!」
先の傷も既に塞がれており痛くも痒くもないのだろうが、亜人王の瞳には怒りが募っていた。
イラついてんのはこっちの方だと心中で祐基は叫び、黒煙の中を再び駆ける。
「近くにいれば俺が大規模な攻撃はしないとでも思ってんのか?」
亜人王の口内に光が集い始める。
だが今度は首元の獣達は動かない。
「生憎と、俺のこの体なら核爆発程度ギリギリ耐えれるはずだ」
そして、その顔は祐基を向いた。
(来るっ!!)
心臓がどこにあるのかわからない以上、残す急所は頭以外にない。
放つと同時に全速力で躱し、反撃で亜人王の頭部を穿つ....祐基は地面を強く蹴ろうとした。
だが亜人王は光線を放とうとした刹那、突然全く別の方向へ顔を向けた。
「!?」
亜人王が光線を放つ。
向かう先は宮殿内部ではない、都の街だった。
「おっと、首が滑った」
「ふざけんなァァァッッ!!!!」
直後、都に天高く爆炎が上がった。
憤怒に染まった祐基は怒りのままに雷を射る。
雷は三つの内中央の亜人王の頭部に命中する....が、弾かれた。
亜人王の頭部は金属にでも当たったかのような、他とは比べ物にならないほど硬い鱗で守られていた。
そして亜人王は、その結果を鼻で笑う。
「まだわからないか....お前の矢など俺に通用しない。お前は選択を誤ったんだ。あの時こちら側に来れば勝者の席に座れたものを」
「嘘つけ!!だったらなんで巨大化してそれを維持し続けてる!!俺の矢が怖いんだろ!!」
普通、体を変えることができる能力ならば、数十分と攻撃を避け続けている祐基に対して別の体に姿を変えてもいいはずだ。
今の巨獣の姿は破壊力こそあれど、一つ一つの動作は遅い。
祐基のような足の速い小さな人間相手には不向きな形態だ。
それならば屈釖や紅忠を襲った際の人間の姿で戦った方が遥かに攻撃は当てやすいだろう。
それをしない理由は、間違いなく祐基が食らわせた初撃の一矢。
急所にこそ当たらなかったが、もし胴体を捉えていればあの時、亜人王は消し飛んでいただろう。
だからこその巨大化。
あの巨躯であれば祐基の魔力を込めた一撃でも全身を消し飛ばすことはできない。
せいぜい上半身を持っていくことが限界だ。
亜人王の今の姿は、祐基の全力の一撃を恐れている動かぬ証拠でしかなかった。
「確かに...俺の権能と『力』、どちらか片方しかなければ生物の神として不完全。お前の矢も脅威と言えただろう。だが現実は両方ある。哀れだなぁ......必死こいて逃げ回る事しかできないとは」
煽りにしか聞こえない嘲笑の混じる声。
祐基は腹の底から怒りが込み上げる。
だが怒りに呑まれては奴の思う壺。
歯を強く食いしばり、最低限の冷静さを失わぬよう耐える。
「そうだな....じゃあ掠りもできないお前は間抜けだろ」
「ゴミが.....」
亜人王の声に僅かな怒気が混じる。
(悔しいけど...現状どう足掻いてもアイツを倒す手段は見つからない....!!賭けだけど...あの瞬間を狙うしか...!)
祐基の脳裏に思考が巡る。
亜人王が光線の光を溜めるその瞬間、その集束した莫大なエネルギーの塊である光に向け、雷を射てばどうなるか。
もし溜まったエネルギーが暴発でもすれば亜人王の頭部を吹き飛ばすことができるかもしれない。
しかし問題もある。
黒龍砲を遥かに上回る光線のエネルギーと雷衝動のエネルギー。
衝突すれば祐基を含む周囲一帯を吹き飛ばす爆発を起こす可能性もある。
だがそんな憶測を立てている余裕ももはやない。
祐基はそれを実行しようと覚悟を決める。
(例え俺が死のうと....皆んなが助かるなら....!!)
「はぁ....もう止めだ」
決意を固めたその直後。
そう呟くと亜人王はゆっくりと反転、祐基に背を向けた。
「は....?」
「お前の相手は飽きた。俺は皇帝を殺しに行く」
そしてドシン....ドシン....と歩き出す。
先にある正殿へ向かって。
「なっ....行かせるかよッ!!!」
一瞬思考が止まるも祐基は叫び、矢を番ながら走り出す。
「そのゴミを殺せ」
「っ!!」
だが背後より迫る気配を感じ、祐基は立ち止まり振り返る。
すると、背後からの三叉槍の突きが頬を掠めた。
続く攻撃も躱しながらそれらを見ると、迫ってきていたのは複数の鱗魚人。
「クライケン様が言っていたラージャンを殺したガキだ!!!」
「手柄だ手柄だ!!」
皆が獲物を見る目をしながら三叉槍を構え、祐基に襲い掛かってくる。
「くそっ!!邪魔すんなッ!!!」
矢の残り本数は少ない。
こいつらに使うとしても最低一本だけ。
祐基は装備していた短剣を構え、鱗魚人を迎え撃つ。
その間にも亜人王の前進は止まらず、正殿へ一歩一歩と近づきつつあった。
やがてあと数歩という所で、正殿の大扉の前に槍を持つ兵士達が姿を見せる。
それぞれが槍の穂先を亜人王に向け、立ちはだかろうとしていた。
手足が震え、顔にはっきりと恐れを描いているが、誰1人逃げ出そうとはしない。
ただ真っ直ぐに、亜人王を睨みつける。
「ふん...」
だが槍は、兵士達は。
畝る亜人王の尾の一振りで蹴散らされた。
まるで虫掃除でもするかのように、呆気なく。
悲鳴すらも掻き消し、潰れた跡や壁に張り付く姿が残る。
そしてついに、亜人王は正殿へと辿り着いた。
「ここが皇帝とやらがいる正殿か。デザインが趣味じゃないな....破壊して作り直すとしよう」
正殿を見下ろし、鋭利な爪の生える指を握り込み、拳を作る。
「やめろッ!!!」
その背後に、走り近づく血に濡れた祐基。
血は鱗魚人の返り血で怪我はない。
矢の1本と短剣でなんとか凌いだのだ。
「まだ俺との勝負がついてないだろ!!!他の人を狙うなら俺を殺してからにしろッ!!!!」
祐基は喉を酷使し、自分が出せる精一杯の声量で叫ぶ。
だが亜人王は振り向くこともせずに無視。
その拳を振り上げ。
「虫共への見せしめのためにも、死体は残さんとな......」
「やめろォォォォォォッッ!!!!」
正殿へ振り下ろした。
「ほほう....貴様が亜人王か」
ピタッ!と、振り下ろされた拳が正殿に当たる寸前で止まった。
そして亜人王と獣の三つの頭部は動き、正殿の屋根へと向く。
「え.....」
祐基もまた、その聞き覚えのある声に思わず足を止めた。
なぜわざわざ出てきたのか。
なんであんなにも堂々とした立ち姿を、自分の命を狙っている敵に晒せるのか。
というか何でまだ逃げてないのか。
正殿の屋根の上。
そこに一人の男が立っていた。
腕を組み、さも対等であるかのような目線で亜人王を見据えている。
何も恐れていない、誰であろうと自分を殺すことはできない。
その圧倒的な自信過剰っぷり。
大胆不敵を絵に描いたような存在。
「お前は....?」
亜人王の問いに対し、王は笑みを浮かべ応える。
「朕こそ貴様が狙いし首....現龍華帝国を統べし至高なる皇帝...曹王である!!!」




