89.不気味じゃのう
「ふぅ.....疲れた」
「六荒王討伐、本当に...お見事です、『飛龍』将軍」
「殺しちゃおらんよ。ありゃー気絶しとるだけじゃ」
広い空間にポツリと横たわる紅忠と、その隣で紅忠の傷に包帯を巻く紫蓮。
その背後ではピクリとも動かず、床に顔を減り込んでいるクライケンの姿。
一見死んでいるようにしか見えないが、まだ息はしっかりとある。
「まぁアレをまともに食らった以上、数ヶ月はまともに動けんじゃろうがな....」
「応急処置が終わり次第私が殺しますか?」
「やめて?せっかく生け取りにできたんじゃから」
過去が過去。
紫蓮は亜人、特に鱗魚人に対して並々ならぬ嫌悪感を抱いているため、亜人は全て殺すべきという思想を持っている。
長年『飛龍』を支えている相当に優秀な兵士ではあるが、そこが唯一の欠点と言え、紅忠もその性格には今も頭を悩ましている。
「六荒王共には色々聞きたいことがある。陛下もきっとそうじゃろう。生け取りにできたのは運が良かった」
そう言い終えると紅忠はクライケンから紫蓮へと視線を向けた。
「そんで....今の戦況はどうなっとる?亜人王はどうなった」
「はい。現在の皇龍宮の戦況ですが、魔道機人の指揮機は『赤龍』様が破壊したと報告が」
「ほう」
「亜人王は巨大化し宮殿南東部を壊滅状態に。今も祐基様が交戦中のようですが、勝機は見えず」
「巨大化?そんな事もできるんか.....」
「それと皇帝陛下ですが....未だ動こうとせず、正殿に居座っておられます」
「全く....誰のために命張ってると思っとるんじゃか」
いつもの事とはいえこの状況でも自身の信念を曲げぬ皇帝に、思わず紅忠はため息を漏らす。
「依然として宮殿にはかなりの数の鱗魚人が侵入しており、兵士達が各所で戦闘中。もうじき部下達がここに....『飛龍』将軍を僧侶方の避難先へ送り次第、我々は敵の掃討へ向かいます」
「ん....わかった。わしも体が動き次第すぐに復帰する」
「『飛龍』将軍....その傷は最高位の僧侶でもすぐに完治は....何より毒も治っていません。我々だけで残る敵全てを片付けますのでどうか安静に」
「そう悠長なこと言っとる場合でもなかろう....どうも胸騒ぎがしよる。杞憂で済めば良いが」
紅忠は脳裏に一つの疑問を浮かべていた。
それは、亜人王はどうやって自分の居場所を特定できたのか。
亜人王は紅忠を襲撃し、深手を負わせることに成功した。
しかし宮殿は広い。
医療中であったはずの偵察兵に化けた亜人王が紅忠の居場所を特定できる術はなかったはずだ。
だが鱗魚人による宮殿包囲とほぼ同時に亜人王は紅忠を襲撃した。
偶然では説明がつかない計画的な作戦。
明らかに情報が漏れている。
亜人王と繋がっている内通者が潜り込んでいる可能性が高い。
だが宮殿に出入りする事ができる者達、龍華兵や官僚等の皇帝への忠誠心は本物。
万が一にも裏切りなどするはずがないと信用できる者しかいない。
無論、亜人の侵入を許すような間抜けな警備はしていないので、亜人が入り込んでいたという事は絶対にない。
であれば誰が、いつ、どうやって特定した。
「不気味じゃのう.....」
紅忠は小さく呟き、確信する。
亜人王が従える亜人勢力とは別の何かが、宮殿内にいる。




