88.飛龍
「それでも立たんといけんのが.....最強故の悩みよ.....」
歪んだ顔に、紅忠は不敵な笑みを見せた。
「わしは『双刀』.....数多の強者達の頂点に立つ1人.......この背には彼ら武人達の代表として.....龍華の気高さ....強さを示さねばならん責がある.....タダの敗北なんざ......死んでも許されん......」
祐基のような弓兵達の憧れの眼差し。
赤龍のような兵士達の敬慕の眼差し。
蒼龍のような戦士達の闘志の眼差し。
それら全てに応えるからこその『双刀』。
そしてその期待を常に超えなければならないのが『双刀』だ。
己の敗北が国中の武人達の面を汚すことを、誰よりも理解している。
だからこそ紅忠は立つ。
意識を失おうと立たなければならない。
例え死に際であろうと、最後の最後まで勝利を掴み続けなければならない。
それが龍華帝国最強と言われる『双刀』の称号を得た者の務めだ。
「来いや....青二才。頂点を見せてやる」
「ッ......」
クライケンの背筋を何かが走った。
目の前にいるのは瀕死の老人、それは間違いない。
だが、まるで龍を前にしているかのような錯覚。
死に際の年寄りが出すものとは思えない龍が如き気迫。
クライケンの頬を一筋の汗が伝う。
「上等だッ!!『震海』!!」
クライケンは叫び、『震海』より再び海水が放出される。
先と同じように穂先へと溜まり、渦を描く。
「知ってるか?水は勢いをつければ鉄をも切断できる力を持つ。少し前、ラージャンの野郎と殺し合った際もこの『渦潮螺旋斬』で結構いいところまで行ったんだが......今度はそこに加速を加える!!」
言い終えると同時にクライケンは再び権能を使う。
「『深・渦巻』!挽肉にしてやるよ『飛龍』ッ!!!」
空間が捻じれ、奥行きを持つ渦が生まれる。
そしてクライケンは走り出した。
『震海』を構え、先ほどと同じように渦の中へと。
対して紅忠は動かずに弓を前に構える。
もはや番える剣はなく、ただ弓だけを。
「『飛龍』将軍ッ!!!」
突然、女の声が響き渡った。
紅忠にはその声が誰か、振り向かずともわかる。
紫蓮だ。
彼女は空いた穴より建物内へと入ってくるや否や、紅忠へと何かを投げた。
彼女には視力がない。
布で隠しているが、両目は既に潰れている。
紫蓮は新兵時代、自ら希望を出し長城に配属されるも、鱗魚人による襲撃の最中囚われ、荒野へと連れ去られてしまった過去がある。
そして鱗魚人が支配する地域内の洞窟にて、先代六荒王である鱗魚人により紫蓮は両目をくり抜かれたのだ。
殺して欲しいという願いすらも聞き入れられず、玩具のように娯楽のための拷問を受け続ける日々。
そんな地獄を終わらせたのが紅忠だった。
紅忠は鱗魚人達を倒すと、紫蓮や他の囚われていた兵士達を次々と解放。
深い絶望の中で自分を助けてくれた存在である紅忠。
その時から紫蓮は、光を失った世界でも唯一、音を出さずとも。
紅忠の位置だけは正確に感じ取れるようになった。
「今更助けかッ!!?もう遅いッ!!」
紅忠へと飛んでいく小さな何かを気にせず、クライケンは渦の中へと突入。
一気に速度は加速する。
「『渦潮螺旋突』ッッッ!!!!」
クライケンの『震海』はもはや一つの巨大な槍と化していた。
人の上半身など跡形もなく消し飛ぶ程の、大きな螺旋を描く水の槍に。
だが紅忠は一切動じず、弓を盾のように前に出す。
古びたただの普通の弓では、この攻撃を受け切れる耐久性などあるわけがない。
弓をへし折り、そのまま胸部を貫く。
クライケンはそう思っているだろうが、『飛龍』は違った。
水の槍と弓が激突する。
紅忠が習得している権能、名を『不壊』。
若き日より矢以外を弓で射ってきた紅忠の悩みは、至極当然の弓の破損である。
剣や槍を射つための弓など存在しない。
そのため普通の弓を使うしかないのだが、武器を射つのに弦が耐え切れるはずもなく、ギリギリ一発射てば使い物にならなくなってしまうのがほとんど。
そこで紅忠は権能の習得を目指し、修行を始めた。
結果得た権能、その能力は単純。
『自身の持つ武器は決して壊れない』。
どれだけ弓で剣や槍を射とうと、どれだけ荒い使い方をしようと壊れることはない。
そして、その能力を逆手に取れば。
決して壊れることのない“盾”にもなる。
「なッ!!?」
クライケンの目が見開く。
『震海』の突きは勢いで紅忠を後方へ押すも、弓に一切の損傷を与えられず、受け止められた。
「テメッ....何しや.....」
一瞬の油断。
紅忠はクライケンの頭部を踵落としで蹴り沈める。
そのまま床に倒れたクライケンを、足で力の限り抑え込む。
「ぐっっっ!!!!」
そして、空中を飛んできた物を掴む。
紅忠もまた、紫蓮が自分を強く想っていてくれている事を知っている。
それに応えるように、今まで紫連より投げられた武器を、一度たりとも受け取り損ねたことはない。
「クライケン....お主の敗因は戦闘経験の不足....戦前に己の権能の可能性を探らなかったことじゃ.....」
紅忠が紫蓮より受け取ったのは、彼女の武器である双錘。
殺傷力こそ剣より劣るが、紅忠にとってはどんな武器よりも手に馴染む弾であり、紫蓮はこれを常に10本携帯している。
いつでも紅忠へ渡せるように。
「ッッ....!!!『飛龍』ゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!」
断末魔のような叫びを吐くクライケン。
その頭部目掛け、紅忠は射つ。
「『錘星』ッ!!!」
鉄をも粉砕する威力の弾。
双錘はクライケンの後頭部に炸裂した。




