87.最強故の悩みよ
(しくった...!クライケンこやつ....戦いの中で成長しよったか....!!)
腹から流れる血を押さえながら、紅忠はゆっくりと立ち上がる。
「っっ.....!!?ぐぅッ....!!」
だが、進行する毒と深手の外傷により、紅忠の体はついに限界に到達する。
一片の強がりすらできなくなり、その表情から完全に余裕は消えた。
浮かべるのは苦悶の表情、勝負の優勢が移ってしまった現実だ。
「なんだ今の.....ウオの権能に...あんな力が.....!」
一方、自身の両手を見つめ左目を見開くクライケン。
その様子は明らかに興奮していた。
自身の負った傷など微塵も気にしていない様から、痛みを脳内麻薬で塗りつぶし一時的に痛覚を感じなくなっているのだろう。
(不味いのう.....互いに重傷のはずが、向こうは傷を忘れた.....動きが遅れる....)
「奥を捉える感覚....よし、試してやろう.....!」
クライケンが適当な方向へ手を伸ばす。
「名付けるなら....『深・渦巻』」
手の先に渦巻が生まれる。
その形は先ほどと同様、奥が存在する吸い込む形の渦巻。
感覚を覚えたクライケンは、完全にそれを使いこなせるようになってしまったようだ。
「...!ギョッギョッギョッ!!完璧にモノにしたぞ!!素晴らしい!!ウオの力はまだまだ上がれるのか!まだまだ強くなれたのか!!礼を言うぞ『飛龍』!!!ギョッギョッギョッ!!」
踠きながら立ち上がる紅忠を、クライケンは高笑いをしながら見下ろす。
そして今度は手を紅忠の方へ向けた。
「渦巻の速度で力も自在......どれ、決着つけよか『飛龍』...!!」
意趣返しか、わざとらしく先ほど紅忠が言った言葉をクライケンが返す。
「青二才が....!」
精一杯の余裕を見せようと、紅忠は笑みで応える。
苦しみに顔を歪めながら。
「『深・渦巻』」
クライケンの前方に渦巻が作られ、紅忠も急ぎ弓を構える。
最後の一本である剣を番えて。
だが紅忠はすぐに異変に気付いた。
(渦に吸い込まれん....?逆向きに作ったのか....)
よく見ればクライケンは渦の奥側を紅忠に向けて作っていた。
まだ慣れてない故のミスか、それとも意図してそう作ったのか。
「さっきのテメェの射った剣を参考にさせてもらうぜ!能力は使いようだと親父も言っていた!!」
クライケンの反応からして何か意図あっての行動が確定し、紅忠は警戒を強める。
「『渦巻螺旋突』ッッ!!!」
「!!」
動き出すその瞬間、紅忠は同時に剣を放つ。
そしてクライケンは『震海』前に突き出し、“渦へ飛び込んだ”。
すると渦の引き込む力により、クライケンの速度は加速する。
目にも止まらぬ速度を纏ったクライケンは真っ直ぐ紅忠へ向かい、放った剣が空中で『震海』に衝突するも、剣は一瞬の抵抗も見せずに砕け散った。
そして勢いそのまま、反応が間に合わず紅忠は『震海』に突き刺された。
「っっ......!!!」
「お返しだッ!!!」
追い討ちでクライケンの蹴りが紅忠の顔面に炸裂。
紅忠は吹き飛ばされ、床に倒れ込んだ。
「ギョッギョッギョッ!!!最高だッ!!!なんたる万能感!!!今なら亜人王もぶち殺せるかのようなこの高揚!!!まだまだ進化の可能性を感じる...!!」
クライケンの高笑いが建物内に響き渡る。
もはや勝利を確信している笑いだ。
「相手の息の根を止めもせずに高笑いとは......やはり.....まだまだ青いのう......クライケン......」
血の混じる声を出しながら、紅忠は震える腕に力を集め、ゆっくりと立ち上がる。
この男もまた、敗北を認める気などさらさら無かった。
自身の背に乗る責任を知っているからこそだ。
「ギョッギョッギョッ!!ウオの権能の真価に気付かせてくれた事には感謝してやろう!だが死ぬ前に頭を垂れて謝罪しろ!!親父を殺した事を!!!」
「生憎じゃが....わしが頭を下げんのは...生涯でただ1人だけじゃ.......それに.....まだ“負けた”など言っとらんぞ......」
「強がんなよクソジジイ!本当はもう意識保つので精一杯なんだろ!?往生際が悪いぞアァ!?」
クライケンの発言は正解だ。
実際紅忠の視界は完全にボヤけ、辛うじてクライケンの輪郭は分かるが表情は見えていない。
腕も手も指もそれぞれが小刻みに震え、力も思うように入らない。
血を流しすぎたせいか、全身から感じていた寒気は強まり、呼吸も満足にできない。
もはや死に際と言っても過言では無い場所に紅忠はいた。
「それでも立たんといけんのが.....最強故の悩みよ.....」




