86.クライケン・テロ・マーヤン
皇龍宮北西部、龍手殿。
「ぐあッ!!!」
クライケンの体が壁を突き破る。
瓦礫を撒き散らしながら吹き飛び、そのまま広々とした建物内部の中央に倒れ込んだ。
クライケンは苦痛に顔を歪めながら体を起こし、自分が開けた穴の方を睨みつける。
その先には、穴を潜って建物内へ歩いて入ってくる人物....紅忠だ。
塔から始まった戦いは、気付けばかなり離れた宮殿の北西部にまで移っていた。
戦いはクライケンが終始押されており、対して紅忠は未だ傷一つ負っていない。
完全な実力差が目に見えてわかる。
「しぶといのぅ.....いい加減倒れてくれんか」
「はぁ....はぁ....クソジジイが.....瀕死のくせに....!!」
紅忠を睨みつけながら、『震海』を支えにクライケンは立ち上がる。
肩、足、腹から血を流しながらも、クライケンは敗北を認める気などさらさらなかった。
「初撃と比べだいぶ力が弱まっている....限界が近いのはそっちじゃねぇのか....!?」
「吠えるのぉ....んじゃそろそろ決着つけよか」
紅忠が木製の床を踏み砕く。
すると木の破片が宙に飛び、それを掴むと同時に射ってきた。
目にも止まらぬ紅忠の早撃ちに、クライケンは権能を使って防がず、『震海』で弾き飛ばそうと動く。
その『震海』によって前方の紅忠の姿が一瞬だけ隠れてしまった。
弾き飛ばしたクライケンはすぐに紅忠を見るが、既にいない。
「ちっ!!上かッ!!」
周囲に影はなく、となれば残るは...と即座にクライケンは天井を見上げる。
自身のちょうど真上、宙返りをしながら剣を番える紅忠の姿があった。
そして、見上げるとほぼ同時に剣は射たれ、クライケンの足に突き刺さる。
「ぐぁぁぁっ!!!」
身軽な動きでそのまま着地した紅忠は筒より剣を抜き取り、クライケンへ急接近する。
クライケンは自身の足に刺された剣を、歯を食いしばり一気に引き抜く。
「ッ....!!!」
痛みを気にする暇はなく、すぐに迫る紅忠にその剣を向け激突する。
クライケンは紅忠の剣を力で抑え、空いている片手の『震海』で突き刺そうとした。
しかし紅忠は片手を剣から離し、もう一本の最後の剣を筒から抜き取り、それを受け止める。
力は既にクライケンの方が上だが、戦闘技術という年季の差を前にどうしても一歩紅忠に届かず、もどかしさでクライケンの頭は更に熱くなっていく。
(このまま押し勝ち...『震海』で串刺しに.....!!!)
クライケンは『震海』を握る腕に力を更に込める。
だが。
「弓兵じゃから接近戦が不得手とは限らんぞ。弱点を補ってこその最強よ」
紅忠は突然、『震海』を抑える剣から力を抜いた。
「っ....!!?」
押し込むことだけに集中していたクライケンの体勢が前へ崩れる。
紅忠は僅かに体を逸らし『震海』を躱わすと、ガラ空きとなったクライケンへ一閃。
右目から世界が消えた。
「ギャアアァァァァっっ!!!??」
決定的な一撃。
咄嗟にクライケンは右目を両手で抑えようと、もう片方の紅忠の剣を抑えていた剣から手を離してしまう。
胴体より鋭い痛みが走る。
叫び声は一瞬止まり、クライケンは膝から崩れ落ちた。
全身から力が抜けていく感覚。
『震海』を手放さぬよう手に僅かに力を込める以外、体が動こうとしない。
クライケン自身はまだ認めていないが、体が先に“それ”を認めてしまった。
敗北を。
「ふんッ!」
クライケンは顔面を蹴り飛ばされ壁に激突する。
そしてそのままゆっくりと、頭から倒れ込んだ。
「ふぅ.....終わったか」
小さく息を吐きつつ倒れるクライケンを見下ろし、紅忠は警戒を解いた。
そして腰を叩きながら背を向ける。
「.....ヴっ....ぐぅぅぅ.....!!」
直後、紅忠の体が大きく揺れた。
手と膝を床につけ、激しく苦しみ出す。
回っていた毒の進行が激しい戦闘により早まったのだろう。
今にも吐き出しそうな苦悶の表情を浮かべている。
「はぁ....はぁ.........いくらわしがめっっっちゃ弱ってるとは言え......結構ボコボコにしてやったと思うんじゃが.....まだ動くか.....」
紅忠がチラリと背後を振り向く。
「ウオは負けん......」
そこには血をダラダラと流しながらも立つ、クライケンの姿があった。
左目が紅忠を激しく睨んでおり、満身創痍でありながら未だ敗北を認めていない。
それどころか、強い怒気を全身から放ちながら一歩一歩紅忠へと近づき、まだ戦う気に満ちていた。
「親父は....ウオの目標だった....心から尊敬していた....ウオがガキの頃から戦い方を教え、教育も熱心にしてくれた.....人間はどこをどうすれば心地よい悲鳴を叫ぶかもよく教えてくれた....」
「ああ....絵に描いたようなクソじゃったな」
紅忠も立ち上がり、剣を弓に番える。
そして剣先をクライケンに向け、構えた。
対しクライケンは立ち止まり、右手を前に出す。
権能を使って剣の矢を防ぐために。
紅忠の残りの剣は、今番えているのを合わせ2本。
この2本を凌げば紅忠には体術以外に武器はなくなる。
そうなれば『震海』を持つ自分が圧倒的に有利とクライケンは考え、全霊をかけ回避に集中する。
「ウオは今日親父を超える....!!テメェを殺し!!!復讐を遂げたその瞬間になッ!!!」
怨讐を宿す怒号の叫びと同時に、紅忠は剣を放つ。
クライケンは権能を使おうと手に力を流し始める。
「....!?」
が、強烈な違和感をクライケンは感じ取る。
普段通り権能を使ったはずだが、作られた渦は“何かが違った”。
クライケンは今まで自身の権能『渦巻』を使い、空間を面で...“二次元”で捉えていた。
だがこの瞬間、クライケンは無意識のうちにこれを“三次元”で捉える。
結果、渦に“奥”が出来上がり、引き起こす流れの形は大きく変わった。
「ぬおっ!?」
渦は飛来する剣ごと、前方の空を激しく引き込み始めた。
その力は紅忠も巻き込み、その場で踏ん張るも流れに逆らえず、渦へと飛んでくる。
剣は渦の中心へと軌道を変え、引き込む力で勢いを増したがクライケンの頬を掠め、後方の壁に突き刺さった。
何が起きたのか理解できていないものの、クライケンは次に迫る紅忠に『震海』を構える。
「『震海』っ!!」
『震海』。
鱗魚人の海底王国に存在する三つの王家武器の一つ。
王家武器にはそれぞれに特殊な力が宿っており、『震海』の場合は『海水を貯める』という力が宿っている。
海水のみしか貯めれず、貯めた海水は好きなタイミングで3回に分けて放出する事ができる。
祐基との戦いで一度使ったため残り2回。
クライケンはここで1回を迷いなく使う。
『震海』より放出された海水は、そのまま『震海』の穂先へと渦を描いて貯まる。
海水は渦潮のように回り、殺傷力を高め。
飛んでくる紅忠とすれ違うその瞬間。
「っ.....!!」
回転する水刃が、紅忠を斬り刻んだ。




