82.零零・零
「あばよ『赤龍』」
鱗魚人は嗤い、三叉槍の穂先が紅蓮の首へ向けられ。
そして、躊躇なく突き下ろされた。
(く......そ.......)
「ン....?」
次の瞬間、轟音が響き渡った。
龍口門を何かが貫いたのだ。
突然の事に鱗魚人達は一斉に屈み、身を守る姿勢をとった。
「なんだ!?」
瓦礫が降り注ぐ中、龍口門を見上げると巨大な穴が穿たれていた。
人が3人は並んで通れそうな程の大穴。
亜人王の仕業かと騒然とする鱗魚人達に対し、指揮機は一切動揺を見せず。
「足元より撃たれた雷を亜人王が弾いタ。かなりの敵と交戦中のようだナ」
遠くに見える巨大化した亜人王の姿。
よく見れば亜人王に向かって幾つもの雷が飛び、その体を貫いている。
その光景を見た鱗魚人達の顔色が僅かに変わった。
「魔法の雷か.....?上級並みの威力だぞ.....それをあんな連発するって.....何と戦ってんだ亜人王の奴」
「あれと戦える人間なんて『飛龍』しかもういねぇだろ。クライケンさんが探してたはずなんだが....」
「......ン?」
指揮機の目が不意に下を向く。
「『赤龍』はどうしタ」
その言葉に鱗魚人達は一斉に強く反応し、慌てて倒れている紅蓮を見る。
だが、そこにいるはずの紅蓮の姿が消えていた。
「っ!『赤龍』!!どこにっ....!!?」
騒然と周囲を見渡す鱗魚人。
「......!」
その内の1体、背後で何かが倒れる音に咄嗟に振り返る。
見えたのは、仲間の鱗魚人2体が胴体を斬られ倒れている姿。
そして翠鳳を解放し、1人立っている....。
「うぇっ....!?紅蓮さん!!」
「『赤龍』!!?まだ動けたのか!!」
顔が驚愕に染まりながらも急ぎ三叉槍を構えようとする鱗魚人。
紅蓮はそれを意識した瞬間、それごと真っ二つに敵を斬り裂いていた。
鱗魚人の上半身がずるりと滑り落ちたのを見て、ようやく紅蓮は自分が攻撃し終えた事に気付く。
自分でも明確に何をしたのかわからないほど、意識が追いつかない速度で斬ったのだと。
「.....その肉体が出せる限界速度の計算を大幅に超えていル......?スキルを使ったカ......いや違うナ」
血飛沫が地面を染める中、紅蓮は自分の握る偃月刀を見つめた。
紅蓮自身、今の今まで死にかけていた自分がなぜ動けているのか。
何よりなぜあんな速度で動けたのか、何もわからない。
龍口門を貫いた雷が視界に入ったあの時、紅蓮の脳裏に浮かんだのは祐基....そして孫覇の姿。
その瞬間、紅蓮の身体の奥底より何かが湧き上がった。
命尽きかけた己の体に、新たな命のエネルギーを注がれたかの様な感覚。
今の紅蓮の感情を表すなら、最悪で最高な気分だ。
「紅蓮さんごめんなさい!!すぐに傷を...!」
「いや....いい」
紅蓮に<ヒール>を使おうとした翠鳳を押し除け、紅蓮は真っ直ぐに指揮機を見据える。
(体が軽い....実際胸に風穴を開けられ少しは軽くなってるかもしれないが...それとは違う......今まで錘でも付けられていたかのような解放感....)
僅かに感じる胸の痛みすらも高揚感へと変換され、今にも破裂しそうなほど心臓の鼓動が加速している。
死の淵に立った生物がごく稀に見せる限界を超えた力。
隣国の日の国ではそれを『火事場の馬鹿力』と呼ぶ。
人には生まれつき体が壊れないよう力の制限が課されているが死の間際、稀にその制限から抜け出し、本来出し得ない力を見せる事がある....というものだ。
(多分...今の私はそれだ......今なら.....何か掴めそうな気がする)
「予定変更ダ。『赤龍』。お前のデータ収集を再開すル」
指揮機が腕を広げ、正面で両手を勢いよく叩く。
そして華のように手を開くと。
「『火火球』」
両手の中心部より巨大な火球が放たれた。
矢よりを上回る速度で飛来するそれに、紅蓮は避ける姿勢を取らない。
それどころか逆に。
「...!」
火球に向かって走りだ......。
「!?!?」
突如、指揮機の両腕が地へ落ちた。
上腕部分に残されたあまりに綺麗な切断面が、既に斬られた事実を物語っている。
理解不能の現象に指揮機の動きは一時停止した。
「は....早っ!!?」
翠鳳にも全く見えなかった。
つい先程まで近くにいたはずの紅蓮は、すでに指揮機の隣にいる。
しかも、偃月刀を振り終えた構えをとって。
「更新。『赤龍』、危険度最大。データ収集を終了」
指揮機の眼が紅く染まる。
「全武装制限解除。敵の排除へ移行すル」
宣言と同時に肩部・脚部装甲が展開し無数の穴が姿を現した。
そして、無数の光線が紅蓮に向かって放たれる。
対象を殺す明確な殺意を持つ攻撃だ。
だが紅蓮はゆっくりと指揮機に向かって歩き出す。
光線が命中しそうになるも体を捻り、首を傾け、僅かな動きで全てを躱していく。
曲がる光線すらも地に命中する。
(ずっと走馬灯を見てる気分だ....目に映る全てが遅いけど私の動きと思考だけは普段通り動ける。きっと人生で2度とこんな状態は訪れない....今、こいつを倒す何かを掴まなければ......私の強さの限界が確定してしまう気がする)
光線を避けつつ、紅蓮はチラリと自身の左腕を見た。
(.....さっきの一振りで左腕は折れたか。あと1回だ。考えろ。集中しろ。迷うな。出し切れ)
紅蓮が思考に浸る最中も指揮機の攻撃は止まらない。
展開していた装甲を閉じ、切断された上腕の断面を紅蓮に向ける。
同時に、足に取り付けられた魔道具も開口した。
「『氷氷弾』」
断面より巨大な氷塊が射出される。
さらに、脚部からは無数の火球。
「紅蓮さん!!」
それらは紅蓮に命中し土煙を巻き上げる。
だが指揮機は攻撃を止めずに撃ち続けた。
およそ肉体の原型を留めないであろうほどに撃つと、ようやく攻撃は停止。
「......『土土腕』」
指揮機は数秒煙を見つめた後、上腕の断面より土が盛り上がり瞬く間に腕を形成した。
「『炎炎躯』」
さらに全身が炎で包まれた。
そして背後に振り向きざまに、炎を纏った土の拳を振り下ろす。
先の攻撃を避けた紅蓮に向かって。
紅蓮はそれを紙一重で躱わし、指揮機の拳は空を殴る。
避けるも皮膚が焼ける様な感覚を味わう火力の炎の拳は、休む間なく紅蓮を襲い続ける。
しかし、1発も紅蓮には当たらない。
最小限の動きだけで全てを躱し続けていた。
(かつて覇王は.....最大威力の『赤・破』を貯め無しで放っていた聞く......私にはそれがどれだけ鍛えてもできなかった......)
躱しながら、紅蓮は思考の世界へと入り込む。
(あの日....孫華隊長が言っていた言葉......“私だけの技”。......わかっている、本来私に『赤・破』を打てる実力がないことくらい。覇王と私の違いは、恐らく純粋な肉体の力)
紅蓮がかつて読んだ歴史書にはこう記されていた。
覇王は偃月刀を軽く一振りするだけで城壁を紙の様に切り裂き、一突きで大要塞の城を粉砕した。
権能やスキルなど使わずに、ただただ己の膂力のみで。
(私の『赤・破』は力を貯めて放つ技。私に足りないのは力。なら力の代打となるエネルギーを加算すれば......)
段々と思考は定まっていく。
曖昧だった目標に、手を伸ばせば届くほどの距離まで来たような感覚。
(あとはそれを見つけ....私に“それ”を打つ実力があるかどうかだ....)
「遥か昔、魔導族という種族がいタ」
突然、指揮機は攻撃の手を止めた。
紅蓮から距離を取り、全身を包んでいた炎を消す。
思考に集中する紅蓮はそれを追わず、両者の動きが一瞬だけ止まった。
「別れた星に今も住むと言われているその種族は例外なク、ある権能を身につけて生まれる特異な存在であったと記されていル」
淡々と語っていると、指揮機の口が開いた。
見えたのは舌や歯ではなく、黒龍砲を小型化したかのような筒。
その先端に光が灯り、その光は徐々に大きくなっていく。
ただならぬ一撃が来る。
直感でそう感じ取った紅蓮は即座に動き出そうとした。
「雷網」
足首に取り付けられている魔道具が作動し、指揮機を中心に半径10メートル範囲に眩い電光が地面を駆けた。
紅蓮はそれを反射的に跳んで避けるが。
(っ....しまっ....!)
すぐに自分の判断ミスに気付く。
少し体が焼ける程度か、それとも致死並の電撃か分からない以上、絶対に触れぬよう避けることだけを考えてしまった。
だがこれは指揮機の罠、その選択を取るだろうと誘導されたのだ。
結果どれだけ速く動けようと、一瞬であれば関係のない空中に紅蓮は跳んでしまった。
地に戻るまでおよそ1秒。
敵の攻撃を躱わすことのできない時間が生まれる。
「これはその能力を研究し作り出した魔力回路。本来不可能な属性配合を成した魔法」
筒の光がさらに膨張する。
「『零零・零』」
そして、光は放たれた。




