75.遥かな壁
そこに立つは、毒で倒れたはずの紅忠だった。
腰に幾本もの剣の入った筒を下げ、毒はまだ進行しているはずだが既に完治しているかのように、平然と立っていた。
その姿に祐基は、驚きと安堵の混ざり合う声を発した。
「『飛龍』ッッッッ!!!!!」
クライケンの怒号が轟く。
祐基に向けた怒りとは比にならない程の、底知れぬ憎悪を宿した。
だが紅忠はそんなもの意にも介さず、静かにクライケンを見つめる。
「初めましてじゃのう....クライケン」
クライケンと紅忠が見つめ合い、対峙する。
その紅忠の背後....紫蓮の視線の先には、上階から様子を窺っていた鱗魚人の精鋭兵達が、じりじりと距離を詰めてきていた。
「『飛龍』将軍に続けェェッッ!!!」
塔の入り口の扉が勢いよく開く。
そこから飛び込んできたのは『飛射隊』の兵士達。
彼らは駆け足のまま螺旋階段を駆け上がり始めた。
「飛射隊の方々......」
「逆鱗隊がワシらが塔に入る隙を作った。亜人王にはまだバレとらんよ」
「祐基様、ここは飛射隊が受け持ちます。祐基様を隣の塔へ送りますので私の元へ」
「いえ!大丈夫です!」
祐基は即答し、クライケンによって破壊された壁まで走る。
途中クライケンの横を通り過ぎるも、クライケンは祐基には目もくれず、紅忠を睨み続けるのみだ。
着くと祐基は壁から乗り出し、真正面に立つ塔を見る。
距離はおよそ15メートル。
(多分イケる....!)
祐基は少し下がり、軽く助走をつけ.....。
「紅忠さん!紫蓮さん!ありがとうございます!!」
塔に向かって勢いよく跳んだ。
そしてガンッ!!!と、ギリギリで塔の窓にしがみつく。
祐基は必死に腕に力を込めそのまま体を引き上げると、塔の内側へ転がり込むように入っていった。
「若いのう....ワシもまだまだ若いが、流石にあの動きはそろそろキツいから真似できんわ.....」
「それよりも....見事です、『飛龍』将軍。祐基様に心配かけまいとするその姿。敬服致します」
紫蓮は当然わかっている。
紅忠の体を巡る毒は初期症状を乗り越えマシになったとはいえ、まだ回復などしていない事を。
今も紅忠の体には常人では悶絶する程の激痛が常に走っており、立っているだけでも怪物の所業と言えた。
「憧れを体現しなきゃならんのも、最強故の悩みよ」
「おい『飛龍』ッ!!!亜人王の野郎が殺しに行ったはずだがやはり生きてたな!!だが、必死こいて隠そうとしてるが随分と苦しそうじゃねぇか!?えぇッ!!?」
「そうじゃな.....正直に言うなら体は痛いし怠いし熱を感じるし目眩もするし、吐き気に頭痛に痺れに震え......不思議と腰が特に痛い。力が思うように入らんわ」
「ギョッギョッギョッ!!!そいつは良い!!最高の状態じゃねぇか!!」
クライケンは三叉槍を紅忠へ向け、狂気が濃く出ている笑みを浮かべた。
「ウオはお前を殺せればそれで満足だ!!卑怯だなんだと戦士になる気もねぇ!!!」
クライケンの背後に飛射隊の兵士達が迫る。
それを見た紅忠は、ふっ...と螺旋階段から軽く身を投げた。
「ここじゃちと狭いじゃろう.....場所変えよか」
「望むところだッ!!!」
クライケンも続き跳ぶ。
2人が塔内部を落下していく最中、飛射隊と鱗魚人の精鋭兵が激突する。
数は飛射隊の方が少し多いが、鱗魚人の兵は手強く、2体1でも押し切れない様子だ。
「『飛龍』将軍!すぐに私も向かいます!」
「ん、来る頃には終わっとるわ」
落下する紅忠に紫蓮は声を上げ、紅忠はそんな彼女に小さく手を振った。
そして、紅忠とクライケンは1階に着地する。
クライケンは三叉槍を、紅忠は年季の入った弓を互いに構える。
「ギョッギョッギョッ!!あの女もお前の後で殺してやろう......いや、目の前で先に殺すのもアリだな!!」
その言葉に対し紅忠は特に怒る様子はなく、思い出したように口を開いた。
「そういや聞き忘れとった......お父さん元気?」
次の瞬間、クライケンの顔には一気に怒りが噴き出した。
三叉槍を握る腕に力を込め軋む音が響く中、紅忠に飛びかかる。
「テメェが殺したんだろがッッッッ!!!!」
「そりゃすまんかったのう」
クライケンの逆鱗に触れた紅忠はその攻撃を僅かな動きで避けると、腰に下げる筒より一本の剣を手に取る。
その剣で斬られると感じたのだろう。
クライケンは一歩下がるが、紅忠はその剣を振ることはしなかった。
なんと弓に番えたのだ。
そして矢を放つのと同じように、剣を射つ。
「『渦巻』ッ!!」
クライケンは即座に掌を突き出し、空間に渦の流れを作る。
すると剣は軌道を外れ、背後の壁に突き刺さった。
「聞いてた通り....矢を一切使わない弓使い....!!!確かに矢を射るよりかは遥かに強力だが残りの剣は5本。その程度でウオを倒せるか?」
「権能か.....ワシかて権能の習得者。そして世界中の権能持ちと出会うて来た。察するにお主の権能は『手で触れた対象に渦の流れを作る』....恐らく武器も同様に。下手な飛び道具は効かんっちゅうわけか。久々に骨のある敵じゃのう....はぁ全く....」
ため息を吐きながらも紅忠は周囲を観察する。
その目は当然、上にも。
「んじゃ....!」
紅忠が筒より剣を一本取り出し、クライケンは即座に手を前に構える。
また剣を飛ばしてくると読んだのだろう。
だが紅忠はその剣を今度は射たずに構え、クライケンに急接近する。
「なっ....!」
紅忠の迫る速度は、その見た目からは想像できない程に素早く、クライケンが三叉槍を構え直すより先に紅忠の斬撃が走る。
「っ.....!」
髪である蛸足が2本斬られ、宙を舞う。
しかしクライケンは怯まず、三叉槍で突き殺そうと仕掛ける。
しかし、紅忠はとっくに動き出していた。
クライケンが突くより前に紅忠は宙に跳んでおり、そのままクライケンの顔面へ蹴りをぶち込んだ。
これもまた到底80歳を超える人物が放つ威力の蹴りではなく、クライケンは激しい勢いで吹き飛び、そのまま壁に激突した。
「ッ....!!!ガアアァァァッッ!!!!」
怒号を上げながらクライケンはすぐに立ち上がる。
だがその視線の先には、すでに弓を構えこちらを狙う紅忠の姿。
「三叉槍.....!!!」
よく見れば紅忠の足元には鱗魚人の精鋭兵の死体。
上の階で飛射隊に敗れ、武器ごと落下してきたのだろう。
反応が遅れたクライケンに対し、紅忠は三叉槍を放つ。
「『渦ま.....」
権能を発動しようとするも間に合わず、クライケンの左肩を三叉槍が貫いた。
「ッッ......!!!」
「普段じゃったら今の流れで仕留めれたんじゃが....やれやれじゃ」
どれほど手負になろうと、数多の強者犇く龍華の国の頂点に立つ男。
その壁は遥かに高く、六荒王であろうと簡単に打ち崩せるものではない。
「しかし、動きがまだまだ青いのう...クライケン」
「飛龍ゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!!!!」




