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龍華の英雄〜亜人戦記と弓を握りし臆病な少年〜  作者: オルレアンの人
最終章『龍華の英雄』

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74.渦巻

「ふぅ.....危なかった.....」


 地下通路を抜けた先、祐基は息を上げながら階段に倒れ込んでいる。

 その視線の先には、崩れ落ちた瓦礫によって完全に塞がれた地下通路の姿。

 一歩でも遅れていれば瓦礫の下敷きとなり、命は無かっただろう。


「上から凄い音が響いたと思ったら......一体何が.....」


 脳裏に紅蓮と翠鳳の姿が浮かぶ。

 

 (いや....絶対無事だ....!)


 だが祐基はすぐに頭を振り、頬を両手で叩く。

 今は自分のやるべき事だけに集中しろ。

 そう自分に言い聞かせると祐基は立ち上がり、階段を上り始めた。


 紅蓮の話ではここは塔の地下。

 右の塔か左の塔かはわからないが、すでに亜人王のすぐ近くにまで来ているのは確かだ。

 その証拠に、外から絶えず戦いの音が響いている。

 地上から響くように聞こえる何かを破壊する音、兵士の雄叫び、悲鳴。


 1秒でも早く亜人王を倒したい気持ちから、階段を駆け上りたい衝動に駆られるが、祐基は耐える。

 もし足音で自分の存在に気付かれてしまえば狙撃はできないからだ。

 なのでできる限り速く、しかし音を立てぬよう慎重に祐基は階段を上っていく。


 およそ10秒、着いたのは塔の入り口。

 あるのは塔の出入り口である扉と、最上階まで続く螺旋階段。

 上を見上げれば、塔の内部全体が細部まで細かく彩られた装飾で満たされているのがわかる。

 思わず見惚れてしまいそうになりながらも祐基は駆け足で動き、螺旋階段を上り始める。

 

 塔は木材とレンガによる七層八角の楼閣式で建てられており、高さは約40メートル。

 一層ごとに4つの窓が設けられ、十分なほどの日の光が入り込んでいる。


 階段を上がる最中にチラリと見えた外の光景。

 亜人王は今まさに、二つの塔の間にいた。


 (亜人王....!!ここ右側の塔か....このまま最上階まで行ければ.....!)


 あと数分もしないうちに辿り着く。

 あと数分もしないうちにこの戦いを終わらせられる。

 あと少し、ほんの少しだ。

 希望の光が、目の前に確かに見え....。


「ギョッギョッギョッ.....まさかまさか.....」


 (っ.....!!!)


 ぬるりとした声が耳に入り込む。

 祐基は即座に足を止め、雷衝動を構えた。

 視線の先には光を遮る異形の影が複数。


「少しでも奴の弱点を探ろうと観察していたら、思わぬ客が来たようだな.....」

 

 その正体は鱗魚人リンギョジン

 それぞれが三叉槍を持ち、そこらの個体とは明らかに違う別格の強さを醸し出している。

 鱗魚人リンギョジンの精鋭兵といったところだろう。


 だが、そんな事などどうでもよくなる程の者が1体。

 自分が倒さなければならない敵だと一目で理解できる。

 いや、本能がそう告げてくる存在が鱗魚人リンギョジン達の前に座っていた。

 

 頭部には髪のように生えている幾本もの赤紫の蛸足、将校を思わせる軍装。

 手には豪華な装飾が施された青い光を放つ三叉槍。

 祐基は直感で理解する。


「ラージャンの野郎を殺したガキだな?ギョッギョッギョッ!!」

「クライケン・テロ・マーヤン.....!!」


 六荒王、鱗魚人リンギョジンの地上侵攻軍隊長クライケン・テロ・マーヤンだ。


「何でここに.....!」

「ギョッギョッギョッ!こっちの台詞だ!ここに何しに来た!?敵は下にいるだろ!!」


 クライケンが立ち上がる中、祐基はすぐに矢を番える。

 矢にいかづちが宿り、クライケンの頭部を狙い...射つ。

 しかし、迫る雷速の矢に対しクライケンは片手を矢に向かって突き出す。


 目の錯覚か、空間が歪み始めた。

 クライケンの掌を中心に渦のような形を作り出した空気の流れは、衝突したいかづちを本来進むはずだった軌道から外れさせ、クライケンの後方へと飛ばした。

 

「権能.....」


 聞いていた通り、クライケンは権能の習得者。

 しかも飛び道具を逸らす事ができる能力。

 祐基のような弓兵の天敵となり得る最悪の権能だ。


「聞いてた通りとんでもねぇ威力の矢....いや弓か。ラージャンの野郎が負けた訳だ....ギョッギョッギョッ!相手が悪い!」


 クライケンが愉快そうに笑う中、祐基は心中で選択を迫られていた。

 亜人王を倒すため紅忠との特訓によって手に入れた“力”をここで使うべきか。

 だがそれは1日にできて2度しか使えない奥の手。

 ここで使いクライケンを倒したとして、亜人王への狙撃が失敗したその時、勝算は限りなく低くなる。 

 だがここで使わなければクライケンに勝てる可能性も低い。

 使えば後で詰まるか、使わなければ今詰まるか。


 必死にあらゆる状況を想定し、最善の選択をしようと思考を加速させる。

 そんな祐基に対し、クライケンは再度手を向けた。


 (権能....!)


 祐基は即座に身構える。


「ギョッギョッギョッ!まぁ落ち着け、ウオはお前とは戦う気はない。ラージャンの野郎を殺した礼だ。特別に見逃してやらんでも無い」

「は?」


 予想外の言葉に祐基の思考が止まる。

 そしてクライケンは指を2本立て、続けた。


「ただし条件が2つだ。一つ、亜人王を殺す気ならまだ待て。奴が皇帝を殺した後であれば好きにしろ」


 (こいつも亜人王を嫌っているのか....)


「二つ、『飛龍』....紅忠の居場所を言え」

「......理由は?」

「殺すためだ」


 考えるまでもない。

 祐基はその答えをクライケンへ見せる。


「断るッ!!」

「じゃあ死ねクソガキ!!!」


 祐基は再びいかづちを放つ。

 力を使うにも、まず敵の権能の詳細を調べなければ避けられる可能性は高い。

 奥の手の出しどころを間違えれば、亜人王どころかクライケンにも敵わなくなる。

 一挙手一投足が敗北に繋がる真剣勝負。

 祐基は神経を極限まで研ぎ澄ませ、クライケンを見据える。


「ギョッギョッ!!」


 クライケンが前に出した手を広げると、再び中心より空間を捻じ曲げる渦が生まれた。

 先ほど同様にいかづちは歪みに飲み込まれるように軌道を外れ、クライケンに命中せずに後方へと飛んでいった。

 

 2回、これで祐基は確信する。

 クライケンの権能は『掌で触れた箇所に渦を作る』能力。

 空気に触れれば空間に渦巻の歪みを作り出し、それにより飛び道具の軌道をずらす事ができる。

 祐基はそう結論付けた。


 (だったらこうだッ!!)


 威力を抑え、薄い電流を纏う矢を放つ。

 狙った箇所はクライケンではなく、塔の壁。


「あ?」


 矢は壁にぶつかると跳ね返り、死角からクライケンへと向かう。

 だがクライケンはそれを、渦を作らず三叉槍で弾き飛ばした。

 威力は抑えたとは言え、予測が難しい跳弾。

 しかも雷速で飛ぶ矢を防いだクライケンの反応速度に祐基は驚く。

 だが同時に、さっきまで見せびらかすように使っていた権能を使わずに防いだのをしっかりと目にした。

 先ほどの推測が正解であると祐基は確信する。


「ギョッギョッギョッ!!小賢しいな!!『震海しんかい』!!」


 クライケンは三叉槍を掲げる。

 すると、槍先の中心より突如として水が溢れ出した。

 ほのかに感じる潮の香りから恐らく海水だ。

 湧き出たかなりの量の海水は、掲げたクライケンの掌に集まり、渦を描き始める。

 やがて渦の全長がクライケンの体を超えた時、クライケンは構えた。

 まるでそれを投げるかのような姿勢に。

 嫌な予感を背筋に感じ、祐基は反射的に後方へ跳ぶ。


「『渦潮螺斬うずしおらざん』ッ!!!」


 クライケンは渦潮を祐基に向かって投げた。

 

 (一度作った渦は手から離れても形が崩れないのか....!!)


 当たれば死ぬ。

 迫る渦潮は死を予感させ、祐基は即座に螺旋階段から身を投げ出し、向かい側へと跳び移る。

 渦潮は塔の壁を切り裂きそのまま外壁を貫通、外に消えた。

 壁が一切の抵抗を見せずに切られたところを見るに、鉄の剣であろうと切れてしまうほどの切れ味を感じる。


「ギョッギョッ!!」


 祐基は着地と同時に矢を番えようとするが、それより速くクライケンは三叉槍を突き立て飛びかかってくる。

 初撃を躱わすも続く二撃、三撃と攻撃の手は止まない。

 矢を番える隙すら与えない怒涛の連撃。


 (接近戦は圧倒的に不利....!何とか離れないと....!!)


 思考の最中、祐基が身を捻って攻撃を避けるとクライケンの三叉槍が塔の壁に深々と突き刺さった。


 (しめた!)


 突き刺さった三叉槍を壁から引き抜く一瞬の僅かな隙。

 その隙に矢を番えようと祐基は動き出す。


「『渦巻』」


 三叉槍の突き刺さる壁に渦の亀裂が走り、壁そのものが捻じ切られたように崩壊した。

 祐基の予想より遥かに速く三叉槍は壁から抜かれ、さらに崩れた瓦礫が槍先へ吸い寄せられ回転を始める。


 (手のひらだけじゃないのか....!!)


 瓦礫の渦は勢いを増し、三叉槍の先端を囲うように形を形成する。

 その様はまるで回転する剣。

 指が少しでも触れようものなら骨ごと吹き飛ぶほどの勢い。

 ただでさえ長い三叉槍の間合いがさらに伸びる。


「ギョッギョッギョッ!!避けてみろ!!」


 クライケンは叫び、三叉槍を横薙ぎに振るった。


螺旋斬らせんざんッ!!」


 回転する瓦礫の刃が壁に触れた瞬間、凄まじい破壊音を響かせ、塔の一部が粉砕する。

 巨大な穴が塔に穿たれ、外の景色が剥き出しとなった。

 やがて回転の勢いが徐々に弱まり、瓦礫が下層へと降り注いでいく。


「ギョッギョッギョッ!ウオのこの攻撃を本当に避けるか!」


 三叉槍の迫力に押された祐基は後ろに倒れ込み、奇跡的に攻撃を躱していた。

 あと僅かでも姿勢が高ければ、体は粉微塵と化していただろう。

 祐基自身も避けれたことに驚いており、神の存在に深く感謝をしながらすぐに体勢を立て直す。


「クライケンか......そこで何をしてる」


 外より声が塔内部に入ってくる。

 祐基が決して忘れることのない声、亜人王の声だ。

 その声にクライケンは大穴の空いた壁際へ歩み寄り、外を覗き込みながら軽薄な笑みを浮かべて答えた。


「ギョッギョッギョッ!これはこれは亜人王殿、ちょっとゴミ掃除をしてるところで!」

「お前にそこにいろと命じた覚えは無い。さっさと持ち場に戻れ。俺をあまり苛立たせるな」

「.....そいつはすみませんなぁ亜人王殿」

「それとその塔も含めこの宮殿の全ては今日より俺の所有物となる。破壊行為が許されるのは俺だけだ、慎め」

「以後気をつけますよ」


 亜人王の声が途切れる。

 どうやら祐基の存在には気付いていないようだ。


「ったく、うるさい野郎だ......早いとこ殺してぇ」


 クライケンが苛立たしげに呟く。

 そのやりとりを見ていた祐基はゆっくりと立ち上がり。


「.....クライケン。取引しないか?」


 クライケンに話を持ちかけた。


「あ?取引?」

「俺たちは亜人王を倒したい。見てるとお前もそうなんだろ?手を組んで一緒にあいつを倒さないか?」


 クライケンは目を細め、じっと祐基と視線をぶつけ合う。

 

「......取引ってのは?」

「もし俺たちに協力し亜人王を倒したのなら、お前たちを見逃す。生きてこの国から出ていけるよう俺が陛下に話を通す。どうだ?」


 黙ってその話を聞き終えたクライケンだったが、徐々にその体がワナワナと震え始める。


「ギョッギョッギョッ......お前、なんか勘違いしてねぇか?」


 一瞬の静寂、クライケンは三叉槍を振りかぶる。

 そして祐基に向かって叩き込み、階段を破壊した。

 祐基はそれを咄嗟に避けるが、一歩大きく踏み込んできたクライケンの左拳が顔面に直撃してしまう。


「ぐッ......!!」


 鼻から血が吹き出し祐基は吹き飛ばされ、階段に叩きつけられた。

 

「いま上に立っているのはウオら亜人ッ!!!お前ら人間共が下だッ!!!それを取引だぁ?お前らが言える言葉は命乞いのみ!!」


 クライケンは怒りを露わに叫ぶ。

 しかし突如ニヤリと歪み、立ちあがろうとする祐基を見下ろしながらその醜悪な笑みを見せつけた。

 

「一つ教えておいてやる。亜人王はこの国を支配した後、生き残りの人間共は全て奴隷として飼うと言っていたが...ウオらはそんな甘く無い。亜人王はこの戦いののち、生きていたらウオが....それか我らが王が殺す。他の六荒王も同様に。荒野と人間勢力が大幅に弱体化したこんな機会は二度と来ない!!邪魔な奴らは全員殺し、この大地はウオらが支配する!!人間も他の亜人も皆殺しだッ!!!」


 祐基の中で、クライケンに対する認識が変わる。

 この戦いは亜人王を倒せば全てが終わるわけじゃない。

 クライケンや指揮機のような、亜人王すら利用し己が目的を果たそうとする敵。

 その全てを倒すことでようやく終わると。


「盾や労働、娯楽用の人間は海底の人間牧場で間に合う。1匹も逃さんから安心しろ。お前の大切な仲間も...友人も...家族もだッ!!!」


 クライケンが嗤う。

 祐基の心のどこかに、亜人王以外であれば戦いを回避できないか....という気持ちが僅かにあった。

 だが今、そんな甘い幻想は完全に砕け散った。

 クライケンの言葉によって目覚めた怒りが、弓を固く...強く握りしめさせた。


「そうか.....やっぱりお前も.....」


 祐基は血を拭い、クライケンを強く睨みつける。


「亜人王同様に....ここで俺が、殺さなきゃいけない敵のようだなッ!!」

「やってみろ劣等種がッ!!!」


 祐基は決心する。

 ここで奥の手を使い、クライケンを倒すと。

 三叉槍が迫る中、祐基は矢を番え.....そして。


 バゴォンッッ!!!


「ッ.....!!?」

「あッ!?」


 窓を突き破り、クライケンの背後に人が2人飛び込んできた。

 片方がもう片方を抱え、瓦礫を撒き散らしながら着地する。

 突然の乱入に祐基もクライケンも思わず動きを止め、目を見開く。

 

「......あ...紫蓮さん!!」


 その1人、双錘そうすいを装備した女性...紫蓮だ。

 ということは....っと、祐基はもう1人の方へ目を向ける。


「指揮機の奴が地下道を攻撃し、もしやと思って来てみれば....案の定正解じゃったようじゃな....」


 その声は、間違いない。


「じゃがここにも六荒王が居ったとは予想外.....あとはワシらに任せ先に行け、祐基」

「紅忠さん!!!」


 そこに立つは、毒で倒れたはずの紅忠だった。

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