71.切り札
「隊長!!離してください!!」
「落ち着け!状況が変わったんだ!一旦亜人王は諦めろ!」
消えた亜人王を追おうとする祐基。
その腕を力強く掴んだまま紅蓮は離さない。
当然力で振り解けるわけもなく、やがて祐基は悔しげに歯を噛み締めながらも、ゆっくりと体から力を抜いた。
それを確認し、紅蓮も手を離す。
「亜人王と六荒王。奴らが一緒にいる以上お前1人で突っ込んでも勝機はないだろ」
「....はい、すみません...冷静さを失ってました....」
そう祐基が落ち着きを取り戻していく一方、紫蓮と兵士達が慌ただしく動く。
その理由は当然。
「『飛龍』将軍!!動かずそのままでいてください!!」
今もなお血を吐き、倒れている紅忠。
兵士達は必死に止血を行い、その傍らで紫蓮は怒鳴るように命令を飛ばす。
「今すぐ宮殿内で待機している僧侶を連れてきなさいッ!!!それと外で守りを固めている部隊全てッ!!」
「は...はっ!!」
危機迫る顔色。
命令を受けた兵士は階段を急いで駆け下りていく。
紅忠の容態は、明らかに一刻の猶予も無い状態。
僧侶の到着が間に合うかどうかも怪しいほどに。
「『飛龍』将軍....すぐに僧侶が来ます!!だからお願いです....耐えて....!!!」
紫蓮は悲鳴のような声を上げながら、紅忠の手を両手で強く握る。
まるで祈るように。
「<ヒール>」
紅忠の体を淡い光が包む。
紫蓮は咄嗟に顔を上げ、1人の女性が紅忠の体に向けて手を翳し、治癒魔法を使っている姿を見た。
「翠鳳さん!」
「翠鳳様....!」
やがて光が収まっていく。
すると先程まで止まる気配の無かった紅忠の出血が、ぴたりと止まっていた。
「<ポイズン・ヒール>.....」
翠鳳は手を下げず、再び魔法を唱える。
恐らく毒を癒す魔法をかけているのだろうと祐基は予想する。
これで紅忠は完全に回復する.....そうこの場にいる全員が一瞬希望を感じただろうが、現実はそう甘くはなかった。
「.....!?何この毒....感じたことのない....毒が複数.....!」
翠鳳の顔が強張る。
その反応でわかる、紅忠に流れる毒は治療できなかった。
「翠鳳さん、紅忠さんの状態は....」
祐基と紅蓮が翠鳳の元へ歩み寄る。
「止血はしましたがまだ傷は完全に癒えてません....!それに毒が....私の知らない毒で....しかもグッチャグッチャに複数の毒が気持ち悪く混ぜ合わされてて...治せそうに......」
「応急処置だけで良いわ.....」
紅忠が掠れた声を出した。
「『飛龍』将軍!!!」
「紫蓮....事態は急を要する....しっかりせいよ飛射隊が副将.....。翠鳳....わしの命は持ってどのくらいじゃ......?」
「.....ひとまず毒の進行は遅らせました。この状態であれば2時間は持つと思います。あとは解毒特化の僧侶がいれば何とかなるとは思いますが....それでも毒の完全回復には....恐らく二週間程度はかかるかと.....」
「1日程度は自力で耐えてみせるわ.....」
紅忠はそう呟き、ゆっくり立ち上がる。
ただその足は明らかにふらついていた。
近くの机に手をつき、寄り掛かるようにして辛うじて立っている。
「こんだけ動けんなら、まだ戦えるわ.....」
腕を動かしながら紅忠は軽口を叩く。
だが、その腕からは全く力を感じない。
誰の目にも、それが強がりであることは明白だった。
紅忠という最強の切り札が封じられた.....誰もがそう思った...その時。
ドッガンッッッッ!!!!と、外から凄まじい破壊音が響いた。
「っ!!」
「何!?」
その場にいる全員が宮殿外側を一斉に振り返り、数人の兵士が確認のため慌てて見張り台へと飛び出る。
すると何を見たのか、兵士たちは驚愕の表情を浮かべながら声を捻り出すように報告する。
「す....『錘龍』副将っ!!!橋が破壊されていますッ!!!」
「なっ....!?」
続けて兵士は言う。
「堀水に鱗魚人が複数!!!正門前を守っている部隊と分断されました!!!」
それを聞き、祐基も急ぎ外を見る。
見えたのは破壊され崩れ落ちた橋。
そして堀水からこちらを見ている複数の鱗魚人達の姿。
完全に外への道が断たれていた。
「鱗魚人....!!それにあの数....一体どこから.....!!」
「すぐ裏門を確認してきなさい!!」
「はっ!」
祐基はようやく亜人側の狙いを理解した。
宮殿の唯一の出入り口である正門と裏門の橋を破壊し、この皇龍宮を完全に孤立させるつもりなのだと。
外から援軍が入ってこれない状況。
さらに紅忠の動きを封じれば皇帝の殺害は容易となる。
(城壁を攻める亜人達はただの囮だったのか.....!)
宮殿の外では兵士達がどうにかして宮殿の中へ入ろうとしているが堀水に阻まれていた。
もし渡り舟を用意しようと水中に潜む鱗魚人がそれを破壊するだろう。
(正門の橋を破壊したってことは恐らく裏門ももう.....)
皇龍宮は既に完全に孤立した島と同じ状況へと陥っていた。
外部との連携は絶たれ援軍は期待できず、もはや脱出は困難。
「陛下が危ない!!」
「待たんか祐基.....」
皇帝の元へ駆け出そうとする祐基だったが、紅忠が止める。
毒に蝕まれ、意識を保つのすら苦しそうな顔を浮かべながらも、紅忠の目は鋭く祐基を射抜く。
「状況を整理し....己の仕事を果たせ......今、宮殿内には亜人王と魔道機人の指揮機がおる......いや、鱗魚人がおるということは恐らくクライケンも.....」
亜人王と2体の六荒王。
それらに宮殿への侵入を許した上、退路を断たれる。
考え得る限りの最悪な状況だ。
「外部との連携が断たれた以上.....その3体を、ここと宮殿内におる兵だけで対処しなければならん......」
「『飛龍』将軍......貴方が満足に戦えない以上それは不可能です.....!すぐに陛下を連れ脱出すべきです.....!!」
紫蓮の言葉は正論だ。
ただでさえ六荒王は強敵。
並みの兵士が束になったところで勝てる相手ではない。
その上さらに、亜人王という難敵の存在が龍華帝国側に勝利を見せない。
誰がどう考えても今取るべき行動は陛下を連れての脱出、そう考えるのが普通だ。
「陛下はまず大丈夫じゃろう.....ありゃ殺そうと思ってそう簡単に殺せる奴じゃない.......それに...わしらは運が良い.....なんせ......」
紅忠の視線が再び祐基を向き、ニヤッと笑った。
「亜人王を討つ....大役を背負った男がここに来た.......不幸中の幸いじゃ」
「祐基様......」
兵士達の視線が一斉に祐基へと集まる。
期待と絶望が混ざった視線だ。
「のう祐基....亜人王と一戦交えどうじゃった.......まさか今更...」
「勝てます」
紅忠の言葉を遮り、祐基は一切迷いのない声で即答する。
その場の空気が、僅かに光を帯びたかのように変わった。
「じゃろうな....陛下は気にすんな.......お前はお前の役目を果たせ......!」
「はい!」
「紅蓮....しかと祐基の背....守りきれ......」
「はっ....!」
その言葉を聞き終えると、祐基と紅蓮は走り出した。
その瞳に敗北の色は無い。
ただ真っ直ぐ、亜人王を討つためだけに前を見る。
「私も行きます!紅忠さん!くれぐれも無理はしないでくださいね!毒が回ってしまいますので!!」
翠鳳も慌てて二人の背を追い、その場を後にする。
三人へ全てを託した紅忠は薄く笑みを浮かべながら、ふらつく足で歩き出す。
「わしより若いっちゅうのはいいのう.....あの3人からは未来を感じる.......」
「『飛龍』将軍.....?」
紅忠は紫蓮の頭を撫で、そして力を込めて声を上げる。
「『飛射隊』.....!出るぞ......!龍華最強が若者に全てを任せねっ転がっているなんざ....『強龍』の奴にあの世で爆笑されるに違いない......差し違えても六荒王の1体は倒す.....!!」
ふらつくその背から感じる紅忠の限界。
もはや全力で戦う力は無いはずだが、己の最強故のプライドが体を動かしているのだろう。
だが紫蓮は、そんな紅忠を止めることなく黙ってその隣に立ち共に歩き出す。
彼女は自分が信じる最強の男が見せた覚悟を宿した瞳を前に、止めることはできない事を即座に理解したのだ。
ならば今の自分の仕事は、その最強の男を死なぬよう支える事。
紫蓮もまた、戦いの覚悟を決める。
そして将軍と副将、2人のその行動に意を唱える者などいるはずもない。
『飛射隊』の兵士達は武器を握り直し、後に続く。
「「「おおおおおおおッッ!!!!」」」
「体に響くから静かに言って......」
「「「ぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!」」」




