66.黒龍砲
「『黒龍砲』用意ッッッ!!!!」
指揮官の号令に、砲兵と呼ばれた兵士たちが一斉に動き出す。
一つにつき5人、鋸壁の合間に設置されていた“何か”に被さる布を、一斉に剥ぎ取った。
「....大筒?」
姿を現したのは黒い大筒だ。
木製の台座に据え付けられ、下には車輪も付いている。
移動が可能な兵器なのだろうが、現在は太い鉄鎖で城壁に固定されており、完全に据え置き兵器と化していた。
砲兵は大筒の中に、一括りに纏まっている黒い球と何かが入った袋を入れ、それを長い棒で奥に押し込む。
すると別の砲兵が大筒の後方、極小の小さな穴に縄を差し込んだ。
そして先端に赤い石...恐らく火石であろう物が付いた長い棒を、また別の砲兵が持ち構える。
次に、火石の付いた棒を持つ者以外全員が耳を塞ぐ姿勢を取り、何かを察した祐基たちも身構える。
「放てぇぇぇッッッ!!!!!」
火石が縄へ近付けられ、ボッと火が灯る。
縄は燃えながら穴の中へ吸い込まれていき.....次の瞬間。
ドドドドドドドドォォンッ!!!!!!!!
「ひゃっ!!?」
轟く爆発音に、翠鳳が驚きの声を上げてしゃがみ込む。
爆音は各大筒より同時に放たれ、それぞれから一瞬の閃光のあと煙が上がり、何かが凄まじい速度で侵攻する亜人達へ飛翔する。
祐基は息を呑みながら、その着弾地点に視線を向けた。
直後、ボボボボボボボボォォォォンッ!!!!
戦場の大地が爆ぜ、先頭を進んでいた亜人集団が吹き飛んだ。
肉片が舞い、地面が抉れ、黒煙が幾つも立ち昇り、こちらに向かってきていた亜人たちの足を止めた。
「よしっ!!亜人共は怯んでいるッ!!次弾装填急げッ!!!!」
指揮官の怒号に、砲兵達が再び慌ただしく動き始める。
「な....何が.....」
祐基は呆然と呟く。
「これが陛下の仰っていた新兵器.....火薬兵器を撃つ兵器か.....」
紅蓮の声にも僅かな驚愕が混じっていた。
そしてその言葉で祐基も思い出す。
昨夜、皇帝が口にしていた“新兵器”の存在を。
「あの手投げ爆弾をさらに大きくしたものをあんな遠くに飛ばせるようになったんですか!!?もう勝ちですよそんなの!」
(火薬兵器を遠くに飛ばす武器は火爆矢がある.....けど威力は手投げ爆弾よりも低いのが難点。けどこの兵器は飛距離、威力共にそれを大きく超える。もし弾を鉄の塊にすれば多分攻城兵器としても使える......師羽藺副司令が絶賛する訳だ.....)
亜人に対する防衛で、この兵器があればより有利に戦えるであろうことを祐基は確信する。
同時に、文明国家同士の戦争の形を大きく変えかねない危険な兵器であるということも。
「第二射放てェェェェッッ!!!!」
再び轟く砲音、そして爆発音。
黒龍砲が火を噴き、再び亜人の先頭集団を消し飛ばした。
「怯むなッ!!!進めッ!!!」
亜人の中から声が上がり、亜人の軍勢が本格的に城壁に向かって前進を開始する。
「距離300!!弓兵ッ!!射てッッ!!!!」
続いて亜人に襲いかかってきたのは矢の豪雨。
夥しい数の矢が次々と亜人の群れを突き刺していく。
「魔道機人ッ!!!」
だが亜人側も黙ってやられるだけではなかった。
亜人の群れの中、魔道機人達が動く。
掌を城壁に向け、火球を放つ。
「来るぞッ!!」
兵士達は体を低くし、身を守る姿勢をとる。
そして、火球は次々と城壁に命中し歩廊を揺らす。
だが鋸壁という僅かな隙間を抜ける火球はなく、黒龍砲は一つたりとも破壊されることなく攻撃を耐え切った。
「っ....魔道機人.....!!怯むなッ!!火力はこちらが上だ!!!放てェェェェッ!!!!」
再び黒龍砲が火を噴く。
放たれた砲弾は魔道機人ごと、周囲の亜人を巻き込み吹き飛ばす。
長城ではバリスタでしか対抗できなかった魔道機人を圧倒する兵器の威力を前に、祐基は若干の恐怖すら感じた。
「くそ!!蛇蜻蛉!!!道を作れ!!」
亜人が叫ぶと空中に飛び上がる無数の影。
昆虫の亜人、蛇蜻蛉だ。
砲撃で混乱する地上を避け、空中から突破口を作るつもりなのだろう。
「格好の的だ!弓兵ッ!!飛来する蛇蜻蛉を狙えッ!!!」
龍華軍も即座に対応する。
放たれた矢が空を裂き、蛇蜻蟲たちを次々と撃ち落としていく。
「凄い....先日の戦いと違い一方的.....あの新兵器、『黒龍砲』でしたっけ?とんでもない物作りましたね陛下も....」
「投石機の回回砲と比べ装填速度、対軍兵器としての質が段違いだ。亜人の攻め手を悉く潰していく....他の箇所でもこの状況になれば奴は.....」
紅蓮の視線が鋭く、亜人の群れを刺す。
「はい、このままでは亜人の数が減る一方。亜人王は出てこざるを得ないはず....」
亜人側に攻め手が無いのであれば、城壁を超えるため亜人王か六荒王が前に出るしか無い。
祐基達が現在いるのは城壁北東部防衛地点。
昨夜の作戦会議では正門に六荒王、北東部か北西部のどちらかに亜人王が現れるという予測を立てたため、ここに今現れる可能性も十分にあり得る状況だ。
(数が増えたとはいえ兵力差はまだこっちが上.....都を落とすためにもこれ以上無駄な亜人の損失は奴も避けたいはず......)
あと5分もしないうちに亜人王は行動を始める。
祐基はそう確信し、亜人の集団一体一体を細かく観察し始める。
「うぇ...本当にやるんですか.....亜人に化けてる亜人王探し....」
「奴は必ず長城の時と同じ様に亜人に化けて接近してくる!また近づかれ、巨大な魔道機人になられたら壁は守れませんので!」
近づかれれば終わる。
祐基は更に目に力を込め、亜人たちを観察し続けた。
そして、開戦から10分の時が経つ。
未だ亜人王らしき者の姿は見当たらない。
(既に全体で亜人1000....いや2000は死んだはずだ。何で出てこない......)
どんどんと数を減らしていく亜人。
未だ城壁に辿り着けた亜人は1体もいないが、被害覚悟で徐々に近づいてきている。
だが亀並みの遅さ。
砲撃と矢、倒れた亜人の死体が前進の邪魔をし殆ど進めていない。
(まさか....どれだけ亜人が死のうと壁に到達するまでは行動しないつもりか.....?このまま進めば確実に1万は失うぞ。いやまさか北西部にいるのか.....?けどまだ何処も壁が破壊された報告は入ってきてない.....)
亜人王の狙いが読めない。
祐基の中でわずかに焦りが募っていく。
そして開戦から20分。
亜人王は未だ姿を見せなかった。




