65.スキル
都を囲う城壁、北部。
まだ夜が完全に開け切っていない薄明かりの世界。
冷たい朝風が吹き抜ける城壁の歩廊の上に、国の命運を背負いし兵士達が立ち、北の方角を真っ直ぐ見つめていた。
彼らは戦闘準備を済ませ、誰一人として言葉を発さずにじっと待っている。
敵が来るのを。
やがて東の空より陽光が差し始め、朝日が北の大地を照らした瞬間。
「.....っ!!」
見張り台の兵士が目を見開いた。
「亜人接近ッ!!!亜人接近ッ!!!!」
怒号のような声が全ての見張り台より響き渡る。
同時に都全域に警鐘が鳴り響いた。
その音を合図に兵士達の気は限界にまで張り詰める。
地平線の先より現れ始める夥しい数の影、波のように蠢く亜人の軍勢。
決戦、その時がついに来た。
「.....敵が400まで接近してくるギリギリまで耐えろ」
この場を任された指揮官の男が低く声を出す。
鋸壁の合間に設置されている、先日まで無かった布を被る“何か”の近くで待機している兵士達へ。
兵士達は頷き、額に汗を垂らしながら敵が近づくのをじっと待つ。
その間も亜人の大群が徐々に距離を詰めていた。
走ることなく、余裕の態度を示すかのようにゆっくりと。
次の瞬間、歩廊に騒然が広がった。
「クソ共がッ......!!!」
亜人の先頭集団。
見えたのは大きな木の盾を前に体を隠し、徐々に前進してくる鱗魚人たち。
注目すべきは盾であり、そこには全裸の人間が縄で括り付けられていた。
そしてその縛り付けられているほとんどの人間が、苦痛と恐怖に歪んだ顔を龍華軍に向けている。
助けを求める瞳だ。
どうやら全員、まだ生きているようだ。
「隊長.....あれは....!?」
「亜人共が好む人間盾だ......大方アメリア王国で売られた下位奴隷だろう....!」
指揮官が苦々しく吐き捨てる。
ギャンブルで全てを決める異常な人間国家・アメリア王国。
龍華帝国の北部、ゴバ荒野を超えた先にある亜人国家・インガ王国の西に存在する国だ。
そこではギャンブルに負け破産した者を上位奴隷、下位奴隷として売りに出しており、下位奴隷に関しては亜人にも売っていた。
2種類の奴隷の大きな違いは人権の保持。
上位奴隷は現在の龍華帝国国内にいる奴隷と同じ、法律で守られている安い賃金で働く労働者の様な存在。
対し下位奴隷は人権が無く法律に守られない存在のため、どんな扱いをしようと咎められることのない家畜、あるいは玩具のような存在。
上位奴隷は主に人間国家へ労働力として売られ、下位奴隷は主に亜人国家へ売られ、家畜か実験材料...余興のための娯楽目的で使われている。
荒野に住む亜人は金銭文化がないためそれとは無縁であるが、鱗魚人は別。
度々アメリア王国より大量の下位奴隷を購入し、購入した一部の下位奴隷は長城へ攻める際の人間盾、あるいは龍華帝国の情報を得るためのスパイとしてよく使われていた。
今回の人間盾も、鱗魚人が購入した下位奴隷であろうことは予想がつく。
「これでは新兵器が使えん....」
指揮官の男が苦悩の表情を浮かべる。
だが、すぐに決断した。
「やむを得ん....弓兵!!敵が300まで接近次第盾ごと攻撃を開始しろ!!」
血も涙もない無情な命令が下される。
その決断に、弓兵達の顔が一斉に強張った。
「ここを超えられたら多くの民が殺される.....奴らは所詮他国の人間だ.....覚悟を決めろッ!!!」
その自分に言い聞かせているかの様な声に、弓兵達は震える腕で弓を構え、矢の先が奴隷達へ向けられる。
亜人先頭集団との距離はおよそ800。
弓兵達は敵が射程圏内に入るのをじっと待つ。
だがその時。
「<高速装填>.....」
弓兵たちの背後から、無数の光る矢が放たれた。
数十、数百と1秒の時の間に放たれた矢は、雨のように亜人へ降り注ぐ。
「なっ!?」
矢は亜人ではなく、奴隷達を縛りつける縄に命中した。
正確無比な狙撃が次々と縄を切断し、さらに縄に命中した矢はそのまま木盾を貫通し、後方の鱗魚人たちを射抜いていく。
そして、捕らわれていた人々が次々と解放されていった。
何が起きたのか兵士たちは理解できず、呆然と目を見開きその光景を黙って見続けていると。
「走ってッ!!!」
その間を通り抜け、鋸壁に立った少年は叫んだ。
「僕が援護しますッ!!!急いでくださいッ!!!」
祐基だ。
祐基は雷衝動を構え、さらに矢を放つ。
状況が理解できていないのか、祐基を見つめ止まっている奴隷の女性に迫る鱗魚人。
その眉間を矢が貫く。
そしてようやく助けられた事を理解したのか、解放された者たちは必死に立ち上がり、城壁へと走り始めた。
「なっ....貴様ッ!!!何をしているッ!!!命令違反だぞッ!!!」
「後にしてください!!今はあの人たちを回収してください!!!」
指揮官の男が怒声を上げるが、祐基は振り返らずに矢を射ち続ける。
逃げる人々を追いかけ迫ってくる鱗魚人と他の亜人達に向けて。
「くそっ.....仕方ない、梯子を用意しろッ!!!奴隷達を速やかに保護しろッ!!!」
数人の兵士達が動き、後方から大型の梯子が運ばれ城壁へ掛けられていく。
「弓兵ッ!!!牽制で構わん!!!亜人共に向かって矢を放てッ!!!!」
距離にして500、弓兵が一斉に矢を放つ。
無数の矢が空を覆い、雨の様に大地に突き刺さる。
亜人にあまり命中しなかったが多少怯ませることに成功し、人々が逃げる時間を稼いだ。
「もう一回だ!!射てッ!!!」
再び矢が空を飛ぶ。
その間に解放された人々は城壁へ辿り着き、梯子にしがみ付き必死に登り始める。
指は血を流し、足を滑らせながらも死に物狂いで。
まるで地獄の底から這い上がる亡者のように。
「急げ急げ!!」
「手を貸してやれ!!早く登らせろ!!」
兵士たちが上から手を伸ばし、一人...また一人と歩廊へ引き上げられていく。
登り切った瞬間、全身の力が抜けたのか奴隷たちは歩廊の上で崩れ落ちた。
涙を流しながら、助かったという現実を噛み締めるような表情を浮かべ。
「あ、ありがとうございます...!!」
「ありがとう....!!!」
「このご恩は一生......」
一部の者達は登ると祐基と兵士達に向かって感謝を述べる。
殆どの奴隷達は城壁に辿り着き、あとは登るだけ。
自分の援護はこれ以上はいらない、そう判断した祐基は鋸壁から降り、後方へと下がろうとする。
「待て貴様.....」
怒気が含む低い声。
振り返ると指揮官の男が怒りを露わに祐基を睨んでいた。
「よくも勝手な真似をしてくれたな.....!!!」
「すいませんでした.....黙って見ていられず.....」
「貴様の身勝手な行動のせいで亜人共が城壁を越えたらどうするんだッ!!!!命令には絶対に従えッ!!!!」
指揮官の男の吐く正論に、祐基は何も言い返せない。
感情で動いた祐基よりも、軍として正しいのは間違いなく男の方だからだ。
「申し訳ない、私の部下が勝手な真似をしてしまったようで」
怒鳴る男の背後から紅蓮が割って入る。
「『赤龍』....!!あんたの部下か....」
「二度と出過ぎた真似はさせぬよう私の方から注意しますので、ここはどうか大目に」
紅蓮が頭を下げた。
その態度を見て男は少しだけ戸惑いを見せる。
「.....部下の教育はしっかりしてくれ!!」
「はい」
男は舌打ち混じりにそう言い残し、再び戦場へ視線を戻し去っていった。
本来であれば祐基のこの行動は規律違反であり処罰の対象となるが、状況が状況。
祐基を責めるより、亜人への対処を優先したのだろう。
「祐基....」
紅蓮の視線が祐基に向く。
「お前は前に出るなと言われただろ。何をしてるんだ」
「すいません紅蓮隊長......ただ、目の前で助けを求める目が見えてしまい......体が勝手に動いてしまいました......」
「兵士である以上命令は遵守しろ。確かに....」
紅蓮の視線が、泣きながら喜んでいる奴隷達へ向く。
「彼らはお前のおかげで助かり、兵に余計な傷を与えずに済んだ。だがおそらくここ以外でも人間盾は使われている。今頃は....想像したくない状況だろう」
次に紅蓮は背後、都の方へ振り返った。
「数十人を救えても戦争に勝てるわけじゃない。私たちの背には数百万の民がいる。いまここで弓を握る彼らはそれを心底理解しているんだ」
再び祐基を見る。
「覚悟の差は戦場では邪魔になる、覚えておけ」
「はい....すみません」
祐基と紅蓮、2人の間に重い空気が流れる。
「あ.....あぁ〜....えっと......んぅでも!祐基くんの行動は人としては正しい行いでしたよ!」
その空気に耐えきれなくなったのか、横で様子を見ていた翠鳳が慌てて口を開いた。
必死に場を和ませようとしているのが伝わってくる。
「翠鳳、道徳的な話ではなく規律の話だ」
「あぁ....はい....すいません.....」
翠鳳はしゅんと肩を落とした。
余計に空気が悪くなった気がして、祐基はさらに気まずくなる。
しかし間違っているのは自分なので何も言えなかった。
「.....それはそうとさっきの技...<高速装填>だったか。凄まじい技だったな」
「...!ありがとうございます。紅忠さんとの修行で身につけた僕の新しい力の一つです....!」
気を遣ったのか、紅蓮が話題を変えわずかに空気の色が元に戻る。
「あ!そうですそうです!!凄い数の光り輝く矢を一瞬で放ってしましたよね!!もしかして『スキル』ってやつですか!」
「翠鳳さん知ってるんですね」
「魔法と似たものですからね!確か学校で習いました!」
スキルとは、魔法と同じく鍛錬によって身につく技。
世界で戦う者たち....主に騎士や冒険者が会得しているものであり、特に冒険者の多くは1つか2つは必ずスキルを持っているものだ。
ただ龍華帝国ではスキルや魔法の文化がほぼ無く、持っているのは極々一握りの者たちだけ。
現在名を上げている龍華兵の多くは、自身の純粋な身体能力と技術で戦うことを望む戦闘狂が殆どであり、そもそもスキルを習得しようという発想を持たない者ばかりだ。
「スキルか....初めて見たが中々強力だな」
「雷衝動であれだけ連発できるって...殆ど無敵になったようなものじゃないですか!」
「いえ、スキルは確かに強力ですけど魔力は消費しますので....僕の魔力総量はそこまで多くないらしく、長期戦を想定するなら迂闊には使えません」
「あっ....そっか。魔力尽きちゃうと体動けなくなっちゃいますもんね」
「それにさっきの<高速装填>。あれは自分の持つ矢と周囲にある誰も持っていない矢を、射ったら自動で番えるスキルでして使い所が限られるんです。それに連射が強みになるので貯めの時間が無く、雷衝動本来の破壊力は発揮できないんですよ」
スキルはあくまで状況を打開するための隠し刃。
紅忠からそう教わった祐基は、それを習得したからといって自分が無敵になったなどとは微塵も思っていない。
ただ、戦闘において次に起こす行動の選択肢が格段に増えたことは事実。
確実に自身の力が増したことは確かだった。
「紅蓮さんもスキルって持ってたりするんですか?」
「いや、私はスキルに興味がないから」
そうこう話しているうちに、解放された人々が全員城壁へ登り切ったらしい。
掛けられていた梯子が回収されていく。
「よし、保護した者たちは後方へ送れ!砲兵準備だッ!!」
奴隷たちは兵士に誘導され城壁を降りていき、歩廊の兵士達が大きく動き出す。
「『黒龍砲』用意ッッッ!!!!」




