64.決戦前夜
祐基たち一行が都に到着してから一夜明けた次の日の夜。
訓練を終えた祐基と紅忠は皇龍宮の廊下を駆け抜け、正殿へと向かっていた。
国の命運に関わる一大事である。
訓練の最中に告げられた皇帝からのその知らせに祐基達は急ぎ、祐基に関しては訓練を終えた直後のボロボロで少し汚い姿だった。
やがて2人は正殿に到着し、中へと入る。
「遅いぞ戯け共!」
「すいません陛下!遅れました!」
顔を見るや皇帝の叱咤が飛ぶ。
祐基と紅忠は急ぎ帝の間中央、テーブルの前へと走る。
「祐基くん!訓練終わったんですね!」
祐基がテーブルに着くと、まず翠鳳から声がかかる。
「紅忠さんの訓練ですし、てっきり次会うときはムキムキの高身長の筋肉な人になってるかと思ったんですけど....あんま変わってないですね!」
「1日でそんな変化は無理ですよ....」
祐基は呼吸を整えつつ周囲を見渡す。
そこにいたのは皇帝に翠鳳に紅蓮、紫蓮と師羽藺、それに宰相と烙夭防衛総司令官。
昨日と同じ顔ぶれだ。
「すまんのう、最後の仕上げに時間がかかってしまったわ」
「ほう、では完璧にしたんだな?」
「そりゃわからん。実戦でしっかり使えるかは祐基次第じゃ」
「が、頑張ります!師匠!」
祐基は紅忠の目を真っ直ぐ見て応えた。
「紅忠がそう言うのであれば良い、至高であるぞ。これでこちらの手札は増えた」
「それで陛下。報告は聞いたが確かなのか?」
「あぁ、張っていた偵察部隊が奇襲を受け壊滅、生き残った唯一の偵察兵が先程帰還した。現在、権香より敵が迫ってきている。予想通り鱗魚人の援軍も加わった大群がな」
「敵の総攻撃がようやくきたか....六荒王と亜人王は?」
「その中に亜人王は確認できなかったらしいがクライケン、ポリズンの姿は確認した。紛うことなき敵本隊。ついにこの烙夭を落としに来たわ。到着は明朝だ」
場に緊張が走る。
いずれ来ることは誰もがわかっていたが、実際にその時がくれば自然と心臓は強く脈打つものだ。
だが特訓で新たに身につけた力、紅蓮や紅忠等の実力者達の存在。
祐基の中に緊張はあれど、恐怖は一切なかった。
「確実に来る敵主力は亜人王、クライケン、そしてポリズン。問題はそれぞれの対処をどうするべきか......」
防衛総司令官の男がテーブルの上に広げられている烙夭の地図を睨みながら呟く。
すると紅忠が片手を上げ。
「あー、クライケンに関してはわしが出た方が良さそうじゃな」
「『飛龍』将軍....!」
「先代六荒王の鱗魚人を倒したわしが戦うのが最も勝利が高いじゃろ。無駄な犠牲を出すよりかはわしが出てパパッと....」
「却下だ」
だが、皇帝が一言でその案を切り捨てた。
「陛下?」
「紅忠。『強龍』亡き今、貴様は我が国最後の至高の切り札。前線へは出さん。紅忠と紫蓮、お前たちと飛射隊は万が一のためここ皇龍宮で戦闘待機だ」
「陛下!?なぜ『飛龍』将軍を宮殿で待機させるのですか!?これは決戦、出し惜しみなどせず城壁で全ての敵を打ち破るべきでは!」
「....亜人王の姿を確認できなかったのが妙に引っ掛かるのでな」
皇帝の表情が険しくなる。
まるで誰にも見えぬ“何か”を警戒しているような。
「我の勘だが、紅忠はここで待機させる」
防衛総司令官はそれ以上の反論ができず、口を閉ざした。
「案ずるな、紅忠なくとも強者は揃っておる。ポリズンとクライケンは奴らに対処させるとして....」
「問題は亜人王だね」
師羽藺の言葉に皇帝が頷く。
「亜人王を討つ至高の大役は...祐基、当然貴様に任せる」
「はっ!」
「だが問題は奴が何処から来るかだな」
皇帝、それに防衛総司令官と師羽藺も地図へ視線を落とし、考え込み始めた。
都を囲う巨大な城壁。
これまで亜人が攻めてきたのは主に北部東側。
報告では今回の敵の総数は9万を超える。
となれば北部全域が戦場となる可能性が高いが、その中で亜人王が何処へ現れるのか。
その予測は極めて困難だった。
「普通に考えれば門のある箇所だろうけど、長城の様に門のない箇所でも穴を空けることができる以上、予想は不可能としか言えないね」
「むぅ....先手は亜人王に奪われるか」
皇帝が不機嫌そうに眉を寄せ、その視線は次に祐基と紅蓮に向かった。
「祐基、紅蓮。お前たちはどう見る」
突然問いを向けられ祐基は必死に考えるが、特に何も浮かばない。
「申し訳ないです、僕にはさっぱり....」
「恐らく亜人王は2点突破を狙う可能性があるかと」
対して紅蓮は即座に答え、地図上の敵将の駒を手に取り動かし始めた。
「ほう」
「9万の大群を都へ侵入させるには一つの穴だけでは時間を要します。ですので城門を六荒王が攻め」
北部城門へ駒を二つ置く。
「亜人王は北東部か北西部のどちらか片方に現れるかと」
次に北東部城壁へ別の駒を置いた。
「なるほど、けどその考えでも2択になるか....軍師としてはそんな賭け前提の考えはしたくないんだけど....」
師羽藺が頭を悩ます。
「仕方あるまい。先手を取られる覚悟の元...祐基、お前と紅蓮....あと貴様も特別だ。城壁北東部の防衛に加わり亜人王を捜索せよ」
祐基と紅蓮、そして翠鳳に命が下される。
「「はっ」」
「え、私もですか!!はい!喜んで!」
相当嬉しいのか、翠鳳は満面の笑みを見せた。
「師羽藺、貴様も城壁の防衛指揮に加われ。新兵器の配備は今夜中に終わらす」
「了解しました陛下」
師羽藺が軽く一礼する。
そして皇帝は周囲を一瞥し、声を張り上げた。
「決戦は明朝!明日が我らの最後になる可能性も大いにある!今宵は全兵に自由を許す!家族、友との別れを済ませ、覚悟の準備をさせておけ!」
「「「はっ!」」」
「それじゃったら今夜は飛射隊に城壁の警戒をさせておこう。生憎とわしらは疾うに覚悟を済ませておるのでな」
「助かる」
皇帝のこの宣言は、決戦を祐基により強く実感させた。
自分がしくじればこの国は終わるかもしれない。
そもそも本当に今の自分が亜人王に勝てるのか、もしかしたら手も足も出ないんじゃないか。
そんな不安が、静かに胸の内へ広がっていく。
「大丈夫か?祐基」
「....隊長」
気が付けば、祐基は宮殿の中庭にいた。
夜風が静かに吹く庭園、そこへ置かれた長椅子へ腰掛けている。
「随分思い詰めた顔をしているな。まぁ無理もないが。兵士となって今日でちょうど1週間.....そんなお前が、まさか敵の総大将を討つ大役を任されるとはな」
「本当....自分で決めたこととは言え、胃が痛くなりますよ」
祐基は苦笑しながら、星空の浮かぶ夜空を見上げる。
感じていた特訓による身体的疲労と、緊張による心労に大きく息を吐いた。
「僕が負ければこの国は滅ぶかもしれない.....そう考えると体が震えて......」
そう言って祐基は、自身の震える右手を見た。
並大抵の兵士では耐えることすらできない重圧を、祐基は背負っている。
この状態で平常心を保っていられる者などいるはずがない。
それこそ、この国では紅忠くらいのものだ。
「本当に僕なんかが....亜人王を倒せるのか......」
「....なぁ祐基。私は...お前ならきっと亜人王を討てると確信している」
「.....隊長?」
祐基はチラッと紅蓮の方を見る。
すると紅蓮は祐基の隣へ腰掛け、手に持っていた物を差し出した。
「これは....」
「肉まんだ」
手に熱が伝わる。
白い生地で包まれた丸い饅頭の様な食べ物。
「隊長....兵士は夜食が禁止と規則で決められているんじゃ....」
「陛下から今日は自由を許すと言われただろ。このくらいの違反なら見過ごしてくれるさ」
あの規則正しい紅蓮から出てくるとは思えない言葉。
その一瞬見えた小さな笑みに、祐基の緊張が少し和らぎ思わず口元が僅かに緩んだ。
「フォルネストとの戦い....私は無意識にお前にフォルネストの足止めを任せた」
紅蓮は語りながら肉まんを一口食べる。
「あの時自分でも、なんで動けなくなる私をフォルネストから守り切れなんて無茶な命令を出したのかわからなかった」
一度言葉を切り、夜空を見上げた。
「けど、私はあの時....いや、今も確かに感じてる。自分でもよくわからないが、相手が誰であろうと....お前になら背を安心して任せられると」
「隊長....」
「もしかしたら....この気持ちが、屈釖がお前を信じていた理由なのかもな」
「兄貴が?」
思えば確かに兄貴も自分にそんな事を言っていたような...と、祐基の脳裏に屈釖との記憶が巡る。
「祐基、今度は私がお前の背を守る。だから私からも命令する」
紅蓮は真っ直ぐに祐基を見つめた。
「亜人王を討て。お前なら....いや、私たちなら必ず倒せる。天国にいる皆んなに見せてやれ。お前がこの国1番の兵士となるところを」
(.....この人は本当に....何処まで僕を.....)
迷いのない、信じている者の瞳。
祐基は涙を堪え、歯を食いしばる。
「はい....はい!必ず僕が、亜人王を倒します!!今度こそ....絶対に!!」
祐基は肉まんに齧り付く。
覚悟を決め、もう迷いは無い。
あるのは亜人王を倒す固い決意だけだ。
「そうか.....ところでどうだ?私が作った地獄乃椒入りの肉まんは?少量しか入れられず少し辛さが物足りないとは思うが贅沢は言えない状況だ。我慢してくれ」
地獄乃椒。
それは辛い物好きの者であろうと一口舐めただけで失神する世界一辛い唐辛子。
「あれ...祐基?」
祐基は眠るように気絶した。
そして決戦の日、未明。
祐基は目覚めた直後に腹を壊し、しばらくトイレに籠ることとなった。




