63.全ては王のため
月光と星明かりが街を青白く照らす。
ここは龍華帝国の都市『権香』。
現在は亜人達によって占拠されている、都の北隣に位置する都市だ。
元々は人々で賑わっていた美しい街であったこの場所だが、現在の街並みはまさに“惨状”。
建物は崩れ落ち、石畳は抉れ、至る所に巨大な爪痕や爆裂の跡が刻まれている。
まるで怪物同士が暴れ回った戦場跡、そう表現するのが最も相応しい光景だった。
街に残る焦げの匂い。
炎系の高位魔法が放たれたのだろう黒く焼けた地面には、無数の金属片が散乱していた。
その中心に転がっているのは、『強龍』によって破壊された魔道機人の指揮機の残骸。
さらに街の中心。
街1番の名所である、かつての皇帝が眠る墓...『尊謙陵』。
その建物の屋根には、真っ二つに裂かれた巨大な亜人、リベレルの姿があった。
普通の蛇蜻蟲とはかなり違う姿をしており、巨大な芋虫のような肉体に、それ相応の大きさの羽を持っている。
雑魚の末路。
その光景を静かに見つめ、瓦礫の上に座るクライケンは心中でそう吐き捨てた。
「クライケン、何ガ起キタノ」
そのクライケンの元へ歩み寄る影が一つ。
毒蠍人の女王、ポリズンだ。
「ポリズンか....ギョッギョッギョッ!見ての通りだ!」
「.....リベレルガ殺ラレルトハ......相手ハ誰?」
「龍華帝国の切り札、超雲こと『強龍』だ。ギョッギョッギョッ!亜人王の加勢もあり、なんとか仕留めたがな!」
「『強龍』スラ敵ワナイ.....流石私達ノ王ネ」
その発言を鼻で笑いながら、クライケンはポリズンに問いかける。
「んでポリズン。お前はどこで何してたんだ?」
「知ッテルデショ、今ノ今マデ長城デ人間ヲ殺シテイタノヨ」
「ギョッギョッギョッ!そういやそうだったな!」
「他ノ六荒王ハドコ?」
今度はポリズンが周囲を見渡しながら問いかける。
「フォルネストは死に、ラージャンの野郎は....まぁ死んだんだろうな!!ギョッギョッギョッ!!最高だッ!!!」
クライケンは夜空へ向け大口を開き、高笑いを響かせた。
長年水を巡って争い続けた邪魔者が消えた事は、彼にとってこの上ない愉快の気分を味合わせる。
「んでフォルネストが死んだ影響か蔓絡人が突然暴走、全て殺処分にしてやった。水のオーク共は荒野へ撤退。同じく蛇蜻蟲の半数が新女王候補を連れて撤退」
「.....総戦力ガ、都ノ帝国軍ニ大キク負ケテルワネ」
「ギョッギョッギョッ!あぁ、おかげでこっちの士気はすっかり落ちてる。しかも、お前の部下が長城で戦い続けてるらしいが.....予想するに体制を整えた敵の反撃で押され始めてんだろ?」
「......ソウヨ、退路ガ塞ガレルノモ時間ノ問題ダワ」
「ウオらの中には荒野への逃げ道が無くなるんじゃないかと喚く奴もいる。『強龍』の暴れっぷりを見て人間に恐怖する奴も.....嘆かわしいな全く」
「オ前ハ随分ト余裕ソウネ」
「ギョッギョッギョッ!!生憎ウオらは荒野への道が閉ざされようと海に逃げれる!東部の都市はウオらが制圧しているんでな、逃げようと思えばいつでも逃げれんのさ!」
クライケンたち鱗魚人は海底に存在する鱗魚人の王国から派遣された一軍。
荒野へ進出しているのは地上にある資源の獲得のためであり、そこに生息している亜人というわけではない。
そのため、荒野に生息する他の亜人達と違い、退路が潰されようと構わないスタンスなのだ。
「水中で息もできないお前らじゃ無理だがな!ギョッギョッギョッ!!」
「......ハッキリ言ッテコノ戦イ、コノママ行ケバ私達ノ負ケダワ。モウ撤退スベキジャナイカシラ」
(......ギョッギョッ、そう言うと思ったぜ)
クライケンは内心で笑う。
既に知っていたのだ。
ポリズンの裏切りを。
亜人王の目を射抜いた子供の弓兵の追跡を命じられたラージャン。
クライケンは「隙があれば殺せ」と秘密裏に鱗魚人の小隊に、ラージャンの跡を追わせていた。
そして、冠耀にてその絶好の機会が訪れた。
妙な力を持った子供の弓兵、『赤龍』、そして瀕死のラージャン。
厄介な存在たちをまとめて消せるまたとない機会だったが、ポリズンが突然現れた事でご破産となる。
さらにポリズンがラージャンを連れ、水のオークたちを荒野へ逃したことも知っていた。
どれもこれも明らかな亜人王への裏切り行為であり、もしこれを伝えればポリズンは終わりだ。
(『赤龍』だぞ.....東部方面帝国軍エースの女....!それを見逃した上、水のオーク新族長誕生のための襲名式までやりやがって.....明らかに亜人王亡き後の荒野情勢を考えてやがる.....)
つまりポリズンは帝国を滅ぼすためのこの戦いに興味がないか、非協力の考えで動いている。
もしかすれば、亜人王を倒すため人間と手を組む可能性もある。
(食えない女だ。荒野を支配する欲がなく、拮抗した勢力図をまた作ろうとしてやがる.....ギョッギョッギョッ、やはりこいつもこの戦いで消しておくべきだな.....)
「撤退はない」
突如、人間の声が耳に入る。
同時に瓦礫を踏む足音も。
亜人が占拠しているこの街にいる人間、その正体は見なくともわかる。
「ギョッギョッギョッ、亜人王」
「不知火.....」
それは人間の姿に....いや、本来の姿になっている亜人王、不知火 鵺夜。
黒衣を纏うその男の顔には、はっきりと不機嫌が浮かんでいた。
「今マデドコニ?」
「冥友と会ってきた。『強龍』の死体が欲しかったらしい」
(また冥友か.....一体何者なんだ)
亜人王が毎日隠れて会っているという冥友の存在。
クライケンもポリズンも、その正体を知らない。
紹介してくれと、クライケンが一度頼んだことはあるが、“冥友側がそれを断った”と亜人王は返し終わった。
亜人王と裏で繋がる存在という事は、高確率で常軌を逸した強者。
しかも、対等に接するその態度から六荒王を遥かに超える可能性もある。
クライケンはその正体を掴もうと密かに部下を使って探っていた。
なぜなら。
いずれ亜人王を殺す時、邪魔になるかも知れない存在だからだ。
クライケンにとって亜人王は利用できる駒程度の存在。
心からの忠誠など誓っていない。
むしろ、できる事ならこの戦いで皇帝を殺した後、人間と相打ちになる事を望んでいるくらいだ。
六荒王の拮抗はフォルネストとラージャン、リベレルの死で完全に崩れており、現在勢力的に勝っているのは間違いなく鱗魚人。
亜人王という支配者が消えれば荒野を手中に収める事も容易い。
この考えは鱗魚人の王も同じである。
1年程前、荒野に突然現れた亜人王は他の六荒王を従わせ始めた。
その情報が入ったクライケンは鱗魚人の王へすぐさま報告。
すると王はクライケンに、亜人王に一時的に従えと命を下し、鱗魚人たちは戦わずして亜人王の支配を受け入れた。
この時、同時に下されたもう一つの命がある。
『機を見計らい、亜人王を殺せ』
(全ては我らが王のため....荒野とこの国を手に入れる。その邪魔になる存在は徹底的に調べ、始末しなければな....ギョッギョッギョッ)
「撤退シナイトハ、ドウイウコト?コノママ都ヲ攻メテモ勝算ハ低イト思ウノダケド」
「兵力の心配ならいらん。そうだろクライケン」
「あぁ....ギョッギョッギョッ!」
クライケンは立ち上がり、両腕を大きく広げる。
「ウオらの王より4万の援軍がもうじき届く!残る兵力差など種族の差でどうとでもなろう!」
「.....ソウ」
これで亜人の総戦力は9万。
人間の都市一つを落とすには過剰と言える程の戦力だ。
「もうじき“奴”も来る。ポリズン、お前は都の城壁を攻撃する亜人共の指揮を執れ」
「ナンデ私ガ?オ前カ、クライケンガ執ルベキジャナイノ?」
「....黙って従え。神に選ばれた俺にいちいち口答えするな」
「......エエ、ワカッタワ」
亜人王はキレやすい。
明らかに機嫌の悪い今、無駄に逆らえば面倒になるとポリズンも理解しているのだろう。
「鱗魚人共が到着するのは明日の夕方。到着と同時に都への侵攻を始める!!決戦は明後日の早朝!忌まわしい弱者共による支配の歴史を終わらせるッ!!」
亜人王の号令が夜空に轟く。
ポリズンは黙って頭を下げ、クライケンはほくそ笑む。
(この戦いで亜人王は隙を見つけ殺す.....いや、最悪弱点の一つだけでも見つけ王に渡す.....だがその前に『飛龍』......お前だけは必ずウオの手で.....!!)
三者三様の思惑。
それぞれが別の未来を見据えながら、亜人達は決戦へ向け動き始める。




