61.至高の答え
「ふむ....そうか。亜人王とな」
紅忠と紫蓮は、ここへ至るまでの経緯を全て皇帝に語った。
六荒王2体の討伐、そして亜人王の存在を。
「六荒王2体を倒しただと.....」
「たった4人であのフォルネストを....」
「俄に信じられんな」
皇帝は特に驚いた様子もなく顔色一つ変えずに話を聞き終えたのに対し、官僚と軍の関係者はざわつく。
誰もが困惑と疑念を隠せていなかった。
「恐れながら陛下」
かなり痩せている官僚の一人が手を上げ、皇帝の前へ進み出る。
「このような虚言、信じるに値しません」
そして祐基を指差し、その細い目で睨む。
いや、男だけじゃない。
周囲の人たちもまた、疑うような視線をこちらへ向けていた。
「聞くにそこの兵士が六荒王のラージャンを打ち倒したとの事ですが、嘘も甚だしい。『飛龍』将軍ならまだしも、名もなき....それも子供のような貴様が倒せる相手ではない」
「祐基です」
紅蓮が鋭い目で男を睨み返した。
「ラージャンは確かに彼によって倒されたところを私がこの目で見ています。私の部下を侮辱しないでいただきたい」
その落ち着いた声音には僅かに怒気が混じっていた。
男は一瞬その迫力に気圧されも、言葉を続ける。
「『赤龍』。長城での活躍は噂で聞いている。だが私は、貴方が同じく六荒王フォルネストを討伐したという話も信じられん」
今度は紅蓮へ矛先が向けられた。
隊長の力を低く見られているのかと、祐基の胸にじわりと苛立ちが湧いてくる。
「フォルネストは300年もの間、討伐が叶わなかった怪物。それをたかだか4人で討伐か.... 偽りの戦果を上げる目的は何だ。報奨金か?」
「いや、フォルネストは確かに死んでおった。それはわしも確認しとる」
紅忠が口を挟むと男の口が止まった。
「......そうですか。ですがラージャンは別。死体を確かな者が確認するまでは健在であると考えるべきだ」
「相変わらず固ったいのう、宰相。こやつらの力は確かじゃ、フォルネストを討伐できたのならラージャンを倒したとて不思議ではないじゃろう」
「今は一つの誤報も許さぬ状況。真偽不確かどころか現実的にあり得ない報告を信じろと言う方が難し....「黙れ」
皇帝の一声。
それだけで空気が一瞬で張り詰め、誰も声を出さなくなった。
「もはや六荒王の1体や2体、いようがいまいがどうでもよかろう。今すべきは明らかとなったこの騒動の首魁、亜人王の対策だ」
「しかし陛下、私は....」
「お前が焦る気持ちはまぁわかる。だが六荒王であれば都の戦力で十分に対処できる。今1番危惧すべきは、それらを従わせる力を持つ亜人王だ」
「おやおや?」
紅忠が片眉を上げた。
「陛下が共感するとは珍しいのう。何か不測の事態でも起きたんか?」
「ああ、“『強龍』が戦死し現在宮殿内は大騒ぎだ”。そんな事よりも亜人王に関してだが....」
「陛下っ!!」
突然、紫蓮が声を上げた。
普段の冷静沈着な彼女からは考えられぬほど取り乱した声。
「申し訳ございません.....ですが今、なんと....」
「......『強龍』が戦死したと言ったのだ。数時間前その知らせが入った」
(『強龍』が......戦死........)
そのあまりにも平然と出た言葉は、祐基の脳内を混乱させた。
龍華帝国最強と謳われた将軍、『双刀』の1人『強龍』の戦死。
この知らせを聞いて、驚かない者などいるはずがない。
「『強龍』さんって....確か最強って言われてたお方ですよね.....?」
翠鳳が声を潜め、祐基と紅蓮へ話しかける。
「.....ああ。私は直接会ったことがないが、師羽藺副司令から聞いたことがある。『強龍』は私が5人いれば勝てるほど強いと」
「じゃあ誰も勝てないじゃないですか.....そんな無敵な人」
「....私もそう思っていたんだが」
紅蓮の声にも、僅かに動揺が混じっていた。
「そんな......一体何があったのですか?」
「あいつが死んだとは流石にわしも受け入れ難いのう。つかあいつ戦いで死ねたの?」
「『強龍』はお前とのジャンケンに勝ち、予定通り敵の動きを遅延させるため700の部下...強撃隊と共に、北方の亜人に奪われた都市『権香』に向かった。そこで退くことが難しいほどの戦いが起きたのだろう」
そう言うと皇帝は懐へ手を入れ、一つのペンダントを取り出した。
(ペンダント......?)
見た目は普通のペンダントだが、中央にはめ込まれた青い宝玉から異様な気配が漂っている。
祐基が目を凝らすと、宝玉の中に見えたのは何かの皮らしきもの。
いや、皮というより何かの鱗のように見える。
「生き残った『強龍』の部下が数人、奴の遺体を抱え帰還した。それが本物である証がこれだ」
「“四獣のペンダント”.....青龍神魂.....!では本当に『強龍』様が.....」
「あぁ」
皇帝は再びペンダントを懐へしまい。
「だが奴の死を悲しむ暇などない」
玉座からゆっくり立ち上がった。
すると、皇帝の赤い瞳が祐基を捉える。
「まず確認だ。貴様、改めて名を名乗るがよい」
「っ...はッ!自分は楊 祐基と申します!」
突然向けられた皇帝の視線。
その圧に飲まれそうになりながらも祐基は深く頭を下げ、自身の名を叫んだ。
「貴様はこの場で亜人王とやらと唯一相見えた者。その強さを見た上でこの場にいるということは、それに勝てる自信があるということだな?」
すぐ答えなければならない。
だが祐基の思考は一瞬止まってしまう。
勝ちたい、勝たなきゃならない。
だが“勝てるか”と問われると、すぐに言葉が出ない。
ラージャンを倒した直後であれば、祐基は迷わず『勝てる』と言っただろう。
苦戦はするだろうが自分ならやれると。
しかし、フォルネストを前に何もできなかった現実から、いつの間にかその自身は消えていた。
相手はそのフォルネストをも従わせた亜人王。
何もできなかった自分が勝てる姿を思い描けるはずがなかった。
「どうした、よもや他の者に全てを任せるためここまで来たのではあるまいな?もしそうであるならば龍華兵の恥だ。即刻除隊を命ずる」
皇帝の言葉は重く祐基へ圧し掛かった。
嘘など当然許されない、いや吐けない。
皇帝から放たれる威圧感が、皇帝の望む行動以外を抑止する。
「ぼ....僕は.....」
か細い声が漏れる。
すると皇帝は、ふっ...と祐基から視線を逸らした。
まるで興味を失ったかのように。
「つまらんな。期待はずれだ、疾く失せよ」
「僕はッ!!!」
(ここで言わなきゃ....僕は、ここまで来た意味がない......!!)
自身に言い聞かせるように。
『お前がやるんだ』。
脳裏に刻まれたその言葉を思い返し、祐基は歯を食いしばる。
そして恐怖を押し殺し、自身の持つ勇気....いや、覚悟を振り絞った。
「僕が....亜人王を倒しますッ......!!」
帝の間が再び静まり返る。
微笑む者、黙って見守る者、冷たい目を向ける者。
様々な反応を見せる中、皇帝はゆっくり口元を緩めた。
「そうか....うむ。実に至高な答えだ」
そう言うと、皇帝は再び玉座へ腰を下ろす。
次にその視線が向かったのは、紅忠だ。
「して紅忠、その者が本当に亜人王とやらを見事討ち倒せると思うか?」
「無理でしょうな。フォルネストを単独で倒せる腕でないと」
驚く程あっさりと紅忠は答えた。
その現実的すぎる言葉に、祐基は思わず唇を噛む。
だがその通りだ、そう祐基も内心ではわかっていた。
「しかし....1日、わしに任せて貰えば可能性は出てくるじゃろうな」
「.....え?」
予想だにしていなかった発言に、祐基は思わず声を漏らした。
たった一晩、それだけで亜人王と戦える可能性を作れる。
とてもじゃないが信じられない発言だ。
「では任せた」
皇帝が大きく右腕を前に伸ばす。
「これより会議へ移る!紅忠、紫蓮、祐基、紅蓮、宰相と烙夭防衛司令官それと....」
皇帝の瞳が横を向く。
視線の先には扉。
「いつまでそこに隠れている」
その言葉が合図のように、ギィ....と扉が開いた。
そして中から男が1人、姿を現す。
「いやはや、そろそろお呼びなされると思って扉の前で待機していたら....なんとも久しい顔に出会え、つい驚かせようとしたんだが」
男は穏やかな笑みを浮かべながら歩いてくる。
そして、中央の机の前で立ち止まった。
(あの人.....いや、あの方は!)
その声、その顔、その姿。
忘れるはずもないその男の名は。
「師羽藺副司令!」
祐基が声を出す前に、紅蓮が驚きの声を上げた。
「あ、いや大して久しくもないか。無事で何よりだね紅蓮隊長!」
彼は、龍鱗の長城東部方面軍副司令・師羽藺。
入隊初日に祐基の前に現れ、紅蓮に関して熱く語っていた人物であり、天才を自称する男だ。




