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誓(制)約者と七姫と獣の異世界婚約物語  作者: リトナ
第2幕 踊る生者と笑う死者
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第7話 闘争連鎖

 一定のリズムで石床をカツカツ蹴る音がイラハに近付いてくる。

 特別急いでるわけでもなく、かと言って遅いと感じるものでもない。

 至って普通。

 だが、殺し合いをしている最中の緊迫した雰囲気の両者の耳にまで、その音は無造作に届いた。

 場の緊迫感に反する鷹揚(おうよう)な音。

 見れば、緊迫感に欠けるのはそれだけでないことが一目でわかった。

 場違いに整えられた高級そうなドレスに、身に付けている同じく高級そうな貴金属類。これからパーティーにでも参加出来そうな出で立ちが背中越しにイラハの黒い瞳に映る。


「お前がそのガキを庇うこたぁ、はなっから承知済みよおぉぉぉ――――っ!!」


 アルを中心に視界を覆うほどの幾つもの風刃が、イラハを庇うように前に立つシーンに飛来する――


「姫様っ!!」


 叫ぶシーンの守護天使アンリ。


 しかし――


「貴方がそうすることも承知済みですよ」


 次の瞬間、アンリは自分の心配が杞憂に終わることを知った。


 右腕を振り上げること一閃。

 一振りで六枚の符がシーンの周囲の床にばら蒔かれる。


 符と符を見えない線が結ぶ六角形の方陣と、シーンを襲おうとする風刃たちが激しくぶつかり合い、耳をつんざくけたたましい衝撃音を響かせた。

 イラハは自分の前に立つシーンに守られた形だ。


「あぁ……! 素敵です、姫様!」


「流石にやる……けどよぉ、それはこの前、儂様に見せたやつだよな? 使い方はちぃと違うが。あの時は儂様の周りを囲んで動きを封じてくれたっけか」


「…………」


 イラハの知らない話だ。


 イラハとアルが出会う前のことか?

 アルが地下牢に幽閉される切っ掛けだったりするのか?

 ――と思ったところで、イラハはそれは違うとすぐに思い直す。


 一週間前、街の大勢のいる前で公女であるシーンにまんまと囃(はや)し立てられ、ちょっとした新人英雄に仕立て上げられたイラハは、その日以来、今日までアルと会っていない。

 たまには顔を出せよとも思ったイラハだが、考えてみればそんな仲でもないなとすぐに頭の中からその考えを消去。改めた。

 それでも、姉以外の女性にほとんど免疫のないイラハは、シーンと二人っきりになった時なんかに話題に困り、二人の共通の話題として、ついアルの話を持ち出したことがあった。自分のコミュニケーション能力の乏しさを他力本願に頼る。なんとも情けない話だが、話のネタになったアルにそこだけは感謝した。


 その時にシーンから聞いたアルの話だが――

 

 アルは200年前にシーンと同じ姫――、つまりは遠い昔のその時代の姫だった人によって牢に幽閉されたとのこと。

 それまでは都心離れたところで人々を苦しめ襲い、結果【白亜の嵐鳴】やら【白風の魔獣】などと呼ばれて、白い魔獣として随分と恐れられていたという。

 要するにアルは害悪として時代の姫に成敗されたというわけだ。


 ならイラハがアルと別れた一週間の間に何かあったとか?

 この一週間、シーンと一緒にいる時間は割かし多かったイラハだが、もちろん、お互い監視をしていたわけじゃない。立場的にイラハほど自由に出来るわけではなかっただろうが、シーンにだって一人になる時間ぐらい少しはあってもおかしくなかったはずだ。


 いや、そもそも二人はイラハが地下牢に閉じ込められる前から、お互い知っていた節があった。

 シーンの方はアルのことを以前から語り聞かされてきたとかいう定番の理由も考えられなくもないが、陽の光も届かない地下牢に長い年月幽閉されていたアルが現姫であるシーン・ファム・エルブライトを知っていたことについては些か疑問が残る。


 だが、思考が纏まらないイラハを待ってくれる道理もなければ理由もないうえに、状況は容赦なく加速度的に進んでいく。


「さっきそのガキにも言ったんだがよぉ……」


「――っ!!」


「儂様に同じ技は通用しねぇってよっ!!」


 アルの突飛な動きにシーンの美しい表情が驚愕に歪む。


 自ら生み放ったとは言え、無数の風刃の中を突っ切って、シーンの張った防御結界に拳が打ち込まれたのだ。

 その姿はまるで人間の拳打そのもので、力尽くで結界をぶち壊そうとする。

 一見めちゃくちゃな発想だが、風刃と鬩(せめ)ぎ合う結界だ。そこに新しい力を加えれば、結界側が圧されるのは想像に難くない。理に適っているとも言える。


 ただ、方法が人でもない魔獣が人間のような選択をしたことが――いや、人だからと言って、嵐の中に飛び込むような危険な真似は早々出来やしない。それを遣って退けたことも含めて二重の驚きがシーンを襲った。



 結界にヒビが入る――。



「ヤバい! シーン、逃げろっ!!」


「逃げて、姫様――っ!!」


 華奢な姫の身体がアルの力任せの攻撃になんか耐えられるわけがない。

 アルの一振りは革鎧ごとゴブリンを容易に切り裂く。



 このままいけばシーンが殺される――



「くそっ――!! がっ……」


 立ち上がろうとし、けれどそれは叶わなかった。

 右膝に力が入った途端、イラハの膝が崩れ落ち石床に強く打ち付けてしまう。痛みで視界が一瞬歪んだが、それに構っている場合じゃない。


 アンリの方も駄目だ。

 主を助けに動き出そうとしているが、アンリの位置からは間に合いそうにない。


『守護天使と契約すれば加護を得られる――』


 守護天使との契約儀式前にシーンがイラハに教えてくれたことを思い出す。

 加護と言うからには何かしらの力を得られるのだろうとイラハは推測する――が、守護天使もとい幼女天使のアンリの必死の形相からして、シーン若しくはアンリが加護を発動して形勢逆転という都合の良い展開は期待できそうにないだろう。


「動けよ……動け……動け、動け、動け!!」


 シーンも自分の張った結界がもうじき破られることはわかっているはずだ。

 それでもここを離れられないのは、今、動けば集中を欠いて防御結界が解けてしまう可能性。そうなれば瞬殺されるのはシーンであり、このまま結界を張り続けても結界が破られ瞬殺される。

 殺されるのを待つかどうかの違いだけ。


 だが、もう一つ思い当たる理由がある。


「俺がいつまでもここにいたらシーンが動けないだろうがっ! ……動け! 動けよ、俺の足っ!!」


 イラハを庇ってシーンが危険に晒される。

 姫に堪らなく申し訳なくて、女の子に守られている自分が情けなくて……結界のヒビが目に見えて大きくなっていくこの状況が……自分のせいで人が傷付く状況がイラハの心を無情にも抉っていく。



 ――そしてイラハが……いや、この場の誰もが想像していた通りに結界が破られてしまう。



「はっはあぁ! これで終(しめ)ぇだっ!!」


 結界からアルの腕が突き抜け、膜のようなものが茹で卵の殻を破ったようにパラパラと割れ落ちていく。

 同時に札が燃え破れていき――


 シーンに迫る、悪意ある鋭い鉤爪――


「なにぃっ!?」


「……貴方ならこれぐらいの結界、ものともしないと思っていましたよ」



 ――燃え消えた符の下から別の新しい符が現れた。


 そして、なんと結界を抜けた後に、別の新たな結界がアルの鉤爪を阻んだのだ。



「ちぃっ! 最初(はな)から二重に結界張ってやがったのか……いや、これは……三……四………………はぁあっ!? 五重だぁっ!? 一枚でもめんどくせぇもんをてめぇ……どこの魔王とやるつもりだったんだっ!!」


「あら、流石ですね。防御結界は普段役目を果たす時にしか可視化しないというのに。そこまで見えているのですか」


 一枚の符を六ヶ所に蒔いたとなんとなく思い込んでいたイラハだが、よく見ると一枚にしては太い……何枚かが積み重なった感じだ。それが一ヶ所だけではなく、見回すと六ヶ所ともがそう。

 つまり、アルの驚き方からして一ヶ所五枚。計三十枚をシーンは一度に放っていたのだ。

 さっきのアルの攻撃で今は一枚ずつ減って、場には計二十四枚の札が残る計算となる。


「すげぇ……」


 簡単(シンプル)だが素直な感想をイラハは口にする。

 三十枚全ての符を正確に飛ばし重ねれる技術。

 見るからに紙に何か文字なり記号を記したものらしいが、紙を狙った場所に飛ばすのは難しい。

 子供の頃にイラハも遊びで経験したことだが、飛ばそうと思っても浮いてしまったり、あらぬ方へ曲がる。

 重ねることで多少の重さを得たのかもしれないが、所詮はたった五枚の紙の重量。たかが知れている。

 それを気付かれないよう簡単にして見せたコントロールは驚嘆ものだ。


「てめぇの後ろのガキと違って、やっぱ簡単にはいかねぇようだな」


 違うって、俺のことか!? 俺のことか!?

 などとイラハは心の内で大にして叫ぶが、このザマではアルの言っている方が正しいと認めざるを得ない。


「だがよ……」


 圧しているのはイラハにはシーンの方に見えるのだが、それでも白い魔獣が笑む。どうにも不可解だ。



 頭の中を警鐘が鳴る――



 感知系スキル【危険感知】

 名称通り、身に迫る危険への感知が鋭くなる。



 すぐに望んでもいない答えが現(・)れ(・)た(・)。



「これは予想出来なかったようだな、姫さんよぉぉぉ――っっっ!!」


「……! 逃げて、イラハっ!!」


 先ほどはイラハが言ってたことを今度はシーンが同じようにイラハに言う。

 姫から緊迫した自分を心配してくれる声がイラハに届くが、逃げたくても今のイラハは足に力が入らない。行動に移す代わりにイラハは、自分の足元から突然聞こえてきた乾いた音に反応した。


「え――!?」


 いきなり過ぎて何が起きているのか瞬時に判断できない。

 ドリルのように先の尖った何かが螺旋を巻いて、イラハの足元からイラハ目掛けて突っ込んで来ている。

 足元の石床には拳大ぐらいの大きさの穴が空いていて――


「ドリル!!」


 ドリルのようなではない。ドリルそのものだ。

 そしてイラハはこれを一週間ほど前に見たことがあった。


「イラハっ!!」


 再度、シーンが悲痛な声でイラハを呼ぶ。


 そんな思いをさせてしまっていることをイラハは申し訳なく思うが、残念ながらイラハの方から何とかしてあげられそうにない。

 危険を早めに感知できても身体が動かなければ無意味。

 そうでなければ、そもそもアルにこんな深手を負わされてなどいないだろう。

 アルに【幻視(クロージング・)の衣(イリュージョン)】を破られた時もしっかり危険は感知していたのだ。

 なのにイラハはそうそう破られるはずがないと慢心し、思いがけない結果に動揺してアルに後れを取ってしまった。


 どんなスキルも万能なものなんてない。


 ラグマギで知っているつもりだったが、今回はそれを思い知らされた形だ。

 要は使い用。

 そしてイラハは今回の戦いでその使い用を間違えた。

 次回があれば、同じ轍を踏まないようにしなければ。

 だが、このままではその次回が訪れる機会はまず訪れない。


 ――なぜなら、このドリルは自在に伸ばし操れるア(・)ル(・)の(・)毛(・)で(・)作(・)っ(・)た(・)も(・)の(・)だからだ。


 串刺し確定。もしくは風穴が空くかのどちらか……どちらも死亡ルートまっしぐら。


「ダメだ! 間に合わな――――!!」



 螺旋化したアルの毛が迫る――



 迫る――――



 覚悟を決めてイラハは両目を閉じた。



 ――――――迫る……




 ――――迫…………




「……ん…………」


 痛みはいつまで経っても感じなかった。

 代わりと言ってはなんだが、鼻先がこそばゆい。



「ああ……間に合わなかったな……」



 先ほどまでの勢いを失ったこの声はアルのもの。


 何がどうなってと目を開ければ、イラハの鼻を掠めていたのは、屋内で晴れ渡った空を思わせる綺麗な長い水色の髪だった。

 真っ先に目にするのはてっきりイラハに向けられたドリル化したアルの毛、もしくは凶悪な笑みを浮かべたアル自身かと思っていた。――が、予想に反してアルの姿が見えない。

 美しい水色の髪以上にイラハの目につく白いものがアルの姿をイラハの視界から消していることにすぐに気付いた。


 白いそれは目の前の人物の背中にある。

 人間には決して生えていないもの――

 幻想的で汚れの一切見当たらない真っ白な二つの翼が神々しい。


 その姿は創作物に馴染みの深い、まさに天(・)使(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)…………と言いたいところだが、着ている服が漢服のような民族衣装というところにギャップを感じ印象深い。



「……久しぶりじゃねぇか……リアナ」



 さっきまでの荒々しい声と共に人を殺しかねなかったアルの殺意が引き潮のように消えていくのがイラハにはわかった。


 その理由は一目瞭然。


 イラハの守護天使になる予定の女天使がいつの間にか白獣の前に立ちはだかっていたからだ。



 水色髪のチャイナ守護天使の両瞼が――



 そろり――



 そろりと――



 刮眼する。



 その瞳に久方ぶりに色を灯す――。


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