第5話 不測だらけの召喚
聖堂の地下にある、陽の光が差し込まない部屋。
唯一の明かりは部屋の四隅で轟々と燃える篝火と――、
イラハの知らない文字らしきもので床に書かれた魔方陣から発する紫光のみ。
文字とも記号ともつかない床に書かれたものと、それらに符を組み合わせ出来た魔方陣。その中央に置かれた守護天使を呼び出す為の媒介と共にいるイラハの黒い瞳が、媒介から新たな光の発生を捉える。
――守護天使との契約の儀式は終盤に差し掛かっていた。
「――来ます」
儀式の為の詠唱をしていたはずのシーンが、儀式が始まってから初めて詠唱以外のことを口にした。
何が?
なんて言うほど、イラハも鈍いわけではない。
――ついに現れるのだ。守護天使が。
媒介に変化が現れたのがその兆しだろう。
媒介を中心に現れた光は天井に向かって逆円錐状に広がる。
その中からシーンが自分の守護天使をイラハに見せた時と同様に、見る者にすぐに天使を連想させる翼を背中に生やした少女が現れた。
シーンの守護天使――アンリと違って幼女というわけではなかった。
背中の翼のことを抜きにして、彼女が人間であればという前提で言えば、二十歳に届いていないように見える。少なくともイラハよりは年上……姉の真銀と同じぐらいか。
「すげぇ……あんなペンダントから本当に天使が出てきた……」
顎を上げ、閉じられた両の瞼は何もない天井に向けられ――
水色をした長い髪は、逆円錐状の光の流れに乗って光の海の中を広大に泳いでいる。
アンリのイメージがあったので、正直イラハは彼女を一目見て意外に思った。
漢服のような衣装に身を包んでいるそれは東洋のものに違いなかったからだ。
翼が無ければ、天使だと思わなかったかもしれない。
「守護天使……だよな? アンリが西洋風とすると、東洋風ってやつ?」
「イラハの言ってる意味は相変わらずよくわかりませんが、守護天使には個体差があるんです。この子は服装からして珍しいタイプでしょうけど」
「言ってる意味が相変わらずわからないって……さらっと、ひでぇな……。特に相変わらずの部分」
「ほら、イラハ、目覚めますよ」
イラハの言葉を遮り呼ぶシーンの声が、イラハの後ろから耳に届く。
だが、口は挟むものの、目の前で起きている神秘的な光景からイラハは視線を切ることが出来ない……いや、一瞬足りとも目を逸らしたくない。
生まれ出る赤子を今か今かと見守る親のような気分と言うと、イラハにそんな経験はないのだが、そう例えたくなるほど、この奇跡の光景に釘付けにされてしまっていた。
やがて、逆円錐状の光は水色の髪の守護天使を中心として収束していき――
……完全に消えた。
――と同時に、消えた光が浮力の元となっていたらしく、浮くことが出来なくなった守護天使がイラハの胸元へ倒れ込んでくる。それを両手を広げてイラハは優しく迎え入れた。
「……つい手が出たけど、触ることができるんだな」
「驚きました」
溢した言葉通り、姫の顔は驚きに満ちていた。
金髪の少女の碧瞳が見詰める先は、イラハと現世に出現してばかりの守護天使の二人両方を捉えている。
「驚いた? 契約者は自分の守護天使に触れれるって、さっきシーンが教えてくれたことだろ?」
「ええ、そうです」
「なら、なんの問題も……って、まさかシーンまでアンリみたいにそれはセクハラだ、って言う気じゃ……違うからな?」
「契約がまだ終わってないんですよ」
「あ……」
そうだ――
シーンの言うように契約をまだしていないし、始めてすらいないではないか。
――契約するための守護天使をまだ喚び出しただけのはず。
「先にも言いましたが守護天使と接触を持てる者は、その契約者か、深い絆を結んだ者とだけ……喚び出しに応じただけの守護天使に触れれるなんて話聞いたことがありません……。イラハと余程相性が良いとしか……いえ、それにしたっておかしい……」
驚いたと言いつつも、あまりそうは見えないシーンだが、聡明な彼女がそう言うならそうなのだろうと、件の自分の胸の中で抱かれている温もりにイラハは視線を落とした。
「そうは言ってもちゃんと感触はあるぜ? 温もりだってあるし……まるで人間みたいだ」
無論、翼が無かったらという条件が付くが。
「なんだか、ちょっとジェラシーしちゃいそうです」
「何が?」
「……いえ」
瞑目して口を閉ざしたシーンの様子からして答えてはくれなさそうな気配を感じる。表情に変化はないのに、そのことに踏み込ませない迫力があるものだから、イラハも藪蛇に踏み込みたくない心情から、早々に話の舵を本題に傾けることにした。
「まぁ彼女が起きてから、その辺りの詳しいことを聞けば良いんじゃないか? 契約はそれからでも――」
「お前たちにそんな時間はねぇよ」
聞き覚えのある声――
一度認識すれば背中に悪寒が早走りし――
親しくもなければ、嫌悪してるわけでもない――
だが一度、鼓膜に届けば、無視することなどできなかった――
なぜなら、彼の者――
現実では見慣れた記号を額に刻んだ白い獣の声音には、多分に殺意が含まれていたのだから――
「よぉ……殺しに来てやったぜぇ……イラハ」




