第4話 守護天使
暑すぎず、寒すぎず、出掛けるにはちょうどいい春のような陽射しを受け、二人は目的地であるラングルズ都内のマール聖堂教会へと赴いた。
一人は、歩けば、その美貌と知名度から通り過ぎる人々を振り向かせてしまう、この国の姫シーン・ファム・エルブライト――その人である。
一方でその隣を歩くのは、同じく人々からの視線を集めるが理由までは同じではない。
――今、ラングルズで話題の人となっているイラハだ。
先週、モンスター・パレードから城を守るのに多大な貢献をしたことから、イラハはちょっとした有名人になっていた。
あとはこの世界にはおそらく見掛けない奇抜な服装が注目度に拍車を掛けているようだが、イラハにとってはワイシャツ、ジーパン姿が普段のデフォルト装備なので、周囲から自分に向けられる奇異な視線があまり気分の良いものではなかった。
だから目的の場所に辿り着くと、シーンの案内のもと早々にその建物内へと入ったわけだが。
マール聖堂教会とは、各国各街――小さな村にまで支部を持つ、この大陸で最も人々から人気のある宗派である。
首都ラングルズにもマール聖堂教会の支部は存在する。
規模としては、人口の多い首都だけにそれだけに信者も多く、白亜色の建物からは厳かな雰囲気を感じるものの交流は盛んなのだろうと安易に想像させるほどに大きく立派なものだった。
「ここが例の場所?」
「ええ。苦難を乗り越えた後なら、ここか冒険者ギルドで強くなることが出来ます。イラハは先週のモンスター襲撃の際の活躍があるから条件はクリアしているかと」
「……そうか、俺と違って他の人はステータス画面を好きに見れる訳じゃないから、経験値が貯まったかどうか確認してから来るって訳にもいかないもんな」
「すて~たすがめん?」
「ああ、こっちの話」
手の空いている時に街中にいた人や訓練場で騎士にこっそり確認したことだが、この世界の人はステータス画面のようなゲーム的要素は知らないらしく、自分のを見ることも出来ないらしい。
試しにイラハのステータス画面が見えるか試したこともあるが、それも相手には見えなかった。
ゲームの要因が絡んでいるのはイラハだけということになる。
その結論に達した時、イラハはこの世界に住む人たちにゲームの存在は話さない方が良いと決めている。
イラハの知る『ラグマギ』というゲームにあまりにも似た世界だが、この世界に住む人からすれば「ここはゲームと似てる」なんて言われても良い気はしないんじゃないかってことと、あと単純に説明が面倒くさいからだ。
「シーン、それなら今日まで待たなくても場所さえ教えてくれてたら、俺一人でも行ったのに」
レベルアップ作業は早いに越したことはない。
あらゆるゲームで共通する認識だとイラハは捉えている。
何より、この瞬間はわくわくして待ち遠しかっただけだが。
「イラハは能力解放の儀は初めてですよね?」
「レベルアップのことかな? ああ、そうだけど」
「でしたら守護天使との契約もまだですよね?」
「守護天使と契約?」
ラグマギには無かった要素にイラハは首を傾げた。
その様子を見たシーンが言葉を続ける。
「守護天使と契約すれば、わざわざ聖堂や冒険者ギルドまで行かなくても好きな時に能力を上げることが出来るようになりますよ」
「おお! まさに俺が今、望んでるやつだ」
今後、街の外に出る機会があるかもしれない。
そうなった時にレベルを自分の上げたいタイミングで上げれるのはありがたい。「あの時、レベルを上げてたら」って後悔する場面が訪れても、すぐに上げてしまえば、状況を打破するための手助けになるやもしれないのだ。
レベルアップすれば、APが手に入る。
そうなればスキルを上げたり覚えたりも出来るので、窮地に陥っても助かる可能性が一気に広がる。
「契約すれば、加護も与えてもらえるのでお得なことばかりですよ。何より……そうですね、実際にお見せした方が早いですね。おいで、アンリ」
シーンの背中から肩にかけて、淡い光状の蒸気のようなものが抜け出てくる。まるでそれは姫の身体から魂が抜け出てくるような姿に見えたが、イラハのその直感はあながち間違いではなかった。光る微粒子は姫の金色の髪の上に集まり出すと、次第に人の形を成していき――
「呼ばれて飛び出ました! おはようございます! 姫様!」
――元気溌剌な、背中に天使の翼を生やした短髪青髪の少女……否、幼女が現れた。
ただの幼女ではないことを一目でイラハに知らせる背中に生えた翼――。シーンを中心に空気が先程より澄んだ気がする。染み一つない真っ白なワンピースに身を包んだ、その姿はまさにイラハが想像する天使そのもの。
「この子の名前はアンリ。私の守護天使です。契約者の生体エネルギーを介して現世に喚ぶことができます。普段は別世界に住んでいるようですが、そのことを聞いても守護天使はどの子も教えてくれませんし、基本禁忌とされていますので、イラハもそれには触れないであげてくださいね」
「……ファンタジーだ」
何もないところから現れた幼女天使。
何度目になるのか……これもラグマギにはなかったこと。この世界はラグマギに似て、ラグマギとは異なる世界なのだと、イラハはこの一週間で散々認識させられている。
だから、最早驚きはしない。
驚いたとしても、それは知らなかったことに対してではなく、新しいことに向き合ったことによるもののみにしようとイラハは決めている。
「この子……アンリって言ったっけ? 触れるの?」
「きゃ~! 姫様、姫様! 変態がいますよ! 堂々とした変態ですよ!」
「イラハ、すぐ側に私という者がいながら他の女の子に手を出すのはどうかと……そんなに触りたかったのなら、言ってくれたら私の身体を好きに触らせてあげましたのに」
「だ~っ、違うっ! 実体化してるのか聞きたかっただけだぞ、俺は! あと、何気にとんでもないことを言うんじゃない!」
「ふふ。冗談ですよ。ええ、冗談ですとも……」
「いや、それもういいから……」
「残念です」
しゅんと項垂れた姿をわざとらしくイラハに見せるシーン。遊ばれているのだろうが、すべてが演技かと問われればイラハには正直判断できない。好意的だとは思うが。お世辞にもイラハは恋愛経験が豊富ではないのだ。
シーンがアンリの白い頬に手を伸ばすと、アンリはその手を愛おしそうに受け入れた。そのままアンリの小さな身体を姫は自分の胸の前で抱き抱える。
「このように触れることは出来ますが、実体化とは違います。実体化として感じることが出きるのは、その守護天使と契約した者だけ。もしくはその守護天使と深い絆を持った者だけですが、この場合の深さとは信頼関係よりも、深い愛情を互いに分かち合う存在のことを言います。例えば、恋人同士や夫婦のような関係ですね」
「守護天使と恋人……夫婦?」
「あ、姫様! わたし、今、言い様のない汚らわしい視線を身体に感じます!」
目の前の幼女天使が何を口走ったのか一瞬わからず、イラハの口がポカンと開き――
「そんな目で一瞬きも見てねぇっ! ってか、ツルペタじゃねぇか!」
「ツルペタ……今、あなた私を見てツルペタと言いましたか!? ほら、やっぱり見てたじゃないですか!! あと私はツルペタじゃありません! 発展途上なだけです!! そこ間違えないように! 変態さん」
「誰が変態だ!!」
我に返ったイラハの口撃に、アンリも負けてはいない。
「アンリ、話が進まないので少し静かにしててくださいね。あとイラハに失礼なことしたら許しませんよ?」
シーンが笑顔でアンリに言う。
それもとびっきりの笑顔なのだが……
「……はい」
活気なく返事をしたアンリの暗い表情を見るからに、姫の満面の笑顔通りにはアンリの心中は受け取っていないらしい。
……そこから主従関係がはっきり見えた気がした。
「守護天使と契約するにはどうしたら良いんだ? 今日まで待ったことと関係あるのか?」
「ええ。守護天使と契約するには媒介が必要でして……それを手に入れるのに苦労したという所存です。まぁ、私が忙しくて遅くなったという理由もありますけどね。媒介さえあれば、この教会で契約の儀を執り行ってくれますよ」
「そうよ! 姫様すっごい頑張ったんだからね! なんたって――」
「アンリ」
「……はい」
幼女天使が何かを言いかけたところで、シーンが声色を低くして自分の契約天使の名を呼ぶものだから、さっきより解りやすく怖い……。アンリの反応はそれに気付いてのものだ。
イラハもアンリの言葉の続きが気になったが、触らぬ神に祟りなしの心情でスルーすることにした。
「でもさ、それだったら、先にレベルアップしてからでも守護天使との契約って良かったんじゃ?」
「先ほども言ったように加護を得られるというのもありますが、何より守護天使も契約者が強くなる度に一緒に成長するのです」
「そういうことか。俺がレベルアップしたら、守護天使もレベルアップするパターンっぽいな。なら、契約してからの方が当然良いよな……。ありがとう、シーン。いろいろ考えてくれて」
「れべるあっぷ? ……ですか? 時折、イラハは私の知らない言葉を使いますが、お役に立てたのなら私も嬉しいです」
子犬のような人懐っこい笑顔をイラハに向ける姫。先ほどのアンリの時とは雲泥の差だ。
そのことにアンリも気付いているらしく、シーンの表情を見て複雑そうな顔をしたかと思えば、イラハに妬みと恨みの篭った視線を送ったり……なんとも忙しなく表情をコロコロと変えている。今回は口を挟まないようだ。
「イラハ、手を」
言われるままにイラハが手のひらを開けてシーンに差し出すと、天気の良い澄んだ青空を思わせる色をした石が嵌め込まれているペンダントを手のひらに収まるように手渡された。
「それが媒介です」
透き通るような青色にイラハの視線が吸い込まれる。
石そのものに言い様のない力を感じる気がして、ただのペンダントとの違いを手のひら全体でイラハは確かめる。
「なんか不思議な感じがするな……。なんて言って良いかわからないけど……何かが脈打ってるっていうか、呼吸を感じるっていうか……貴金属に使う言葉じゃないとは思うけど……」
「いえ、イラハがそう言うならそうなのでしょう。人によって媒介の感じ方は様々なので。むしろ媒介に触れ、感性に訴えてくるものがあるのなら朗報と言えます。この媒介を通して呼び出す守護天使との相性は悪くなさそうですからね」
「ふ~ん……そういうもんかね」
シーンに相性云々を言われてもいまいち実感の沸かないイラハ。目を細めてなんとなしに媒介であるペンダントをあらゆる角度から調べるが、見た目からは普通のペンダント以上の情報を得ることは出来そうにない。
だが、手のひらに伝わる温もりは、本来の普通のペンダントから受けるはずのないもので、それが余計にイラハの関心を惹く。
「儀式の準備は出来ているはずなので、すぐにわかりますよ。――さあ、始めましょう」




