第3話 推察と勘
手の込んだ装飾の施された防具をこれでもかと全身に身に着けているのが、次のイラハの模擬戦相手らしい。出の良い身分の騎士と一目でわかるが、それよりイラハが気になったのは、
「あれ、息苦しくないのかよ?」
隙間らしい隙間がほとんど見当たらず、あるとすれば、視界確保の為の分と最低限の関節可動域の分のみ。ガタイの良い者が身にするような大型の鎧というわけでもなく、密着性の高そうなフォルムをしているので、イラハには余計に息苦しく見えたのだ。
「いや、それよりどうやって着るんだ?」
などと、戦闘前に抱く感想としては些か緊張感が欠けている最中である。
イラハにそんな好奇の目を向けられているのを知ってか知らずか、それを不快に思ったかどうかは定かではないが、注目の騎士が自分の身長よりも大きい両手木剣を正眼に構え、視線を叩っ斬るようにイラハに切っ先を向けた。
対するイラハの方は、相手の装備とは真逆で装備らしい装備を身に付けてなどいない。身に付けているものといえば、この世界に来る前から着ていた部屋着ぐらいのもの。
重騎士の戦意を確認したイラハも同じように木剣を構えるが、武器の大きさまでまるで違う。イラハの右手に握られているのは極々ポピュラーなサイズの木剣だ。威力とリーチでは劣るものの、攻撃速度と立ち回りやすさでは相手に勝る。
周りのギャラリー化している騎士たちも巻き込んだ張り詰めた空気が支配する中、相対する特性の武器を互いに向け――
「始めっ!」
シーン姫のよく通る一声により、模擬戦の開始が告げられた。
先に動いたのは軽量装備のイラハだ。
武器の相性を考えれば、速度で勝るイラハが相手の懐に潜り込んで先制する。使い古された戦法だが、それ故に効果の高さを証明していると言えるのだが――、
「――――」
まだイラハとの距離が空いた状況下だというのに、驚いたことに重騎士が両手木剣の刃を縦にして、誰もいないところに向かって横薙ぎに振るった。木剣の平らな部分を団扇のように振った形だ。
――この場面で意味がないことをするとは思えないが意図がわからない。
イラハの突進を先読みし、攻撃を加えたにしてはフライング過ぎる。
案の定、自身よりも長い両手木剣に振り回されるような形で宙を空振りし――、
「ん……団扇のように……?」
気付くのが遅かった。
突如、前方から吹いてきた細波のような風がイラハの前髪を揺らすと、今度は小さな波を飲み込むように大きな波がやって来た。
強風にイラハの足が浮きそうになり、地面への踏ん張りが利かなくなる。
今、襲われれば、背中から転倒しかねないほどに身体の重心を崩されてしまった。
目の前の騎士がそれを見逃す道理なんてない。
この状況を生み出したのは他でもない、目の前の金属尽くめの騎士なのだ。
実剣と違い軽い木剣とはいえ2メートル以上の長剣を易々と振るった重騎士の手腕に、イラハは心の内で舌を巻く。
――だが、イラハとて感心して見ているだけじゃない。
武器に鎧に兜にと、弱点である重さを活かした重量を乗せた騎士の突撃。長剣を前に突き出した一撃がイラハに届く――
「やった!」
兜に閉ざされた口から初めて聞こえた騎士の声。
兜の中で反響してくぐもった声音は中性的なもので、意外と年若く聞こえた。
喜びのあまり声に出たのだろうが、それは最初の一言だけ。すぐに起き始めた目の前の変化に、周囲で二人の模擬戦を見ていたギャラリーも同じように息を呑み、言葉を失う。
――たった一人を除いては。
突かれたイラハの胸元に穴が空くと、外側に大きく広がり散り散りになっていく。
無論、ただの模擬戦用の木剣に本来なら人を木っ端微塵に吹き飛ばすほどの威力なんてない。
あくまでも練習用に殺傷力を限界まで削り落とした武器なのだ。それは両手用になったって変わらない。
使い手の腕によるものだとしても、それほどの破壊力を生み出す剣技に、木を加工しただけの木剣程度が耐えられるわけがなく――
自分の力量など当に知っていて当然。それでも重騎士は自分の手元の両手木剣を確かめずにはいられずに――
「――なんともなってない……どういうことだ?」
今の一言で、重騎士に普段は木剣で人を吹き飛ばせるような剣技がなかったことがわかる。
「幻視の衣」
答えたのはシーン姫だ。
そして答えに対して正解を言い渡す者がいる――。
「さすがに姫様にはバレたか」
いきなり背後から聞こえてきた声に、重騎士の両肩が跳ね上がる。
反射的に後ろを振り向こうとして……けれど目の端に映ったある物によって、それは叶わなかった。
首の部分……兜と鎧の隙間に、自分の物ではない木剣が宛がわれていたからだ。
「幻影だよ。マナで作った自分の分身が身代わりになってくれたってわけ。マナの燃費が悪いのがネックだから、ここぞって時にしか使えないけどな。……で、勝負ありで良いんだよな?」
「……くっ」
イラハの勝利宣言に、頭を覆っていて表情まではわからないが兜の隙間から漏れ聞こえた重騎士の悔しそうな声。それを肯定と見做してシーンがイラハの勝ち名乗りを上げる。
「ええ。イラハの勝ちよ。それで良いわね、あなたも」
「…………はい」
返事するまでの沈黙の長さが、悔しさの大きさを周囲に想像させる。
時間は一瞬――、けれど、だからと言って勝負の内容が薄かったなんてことは決してなかった。
短い時間ながらも高レベルな攻防が確かにあったのだ。
それを裏付けるかのように重騎士が敗北を認めると、それまで試合の行方を一挙手一投足見逃すまいと静まりきっていたギャラリーが、静寂していた時間を取り戻そうとするかのように一斉に沸いた。
「いつもこれぐらい盛り上がってくれたら、こっちもテンション上がるんだけど……あ、そうしたら、緊迫した勝負ばっかりだと俺がすげぇ疲れてしまうか。でも、あんたとはまたやってみたいな。楽しかったし」
そう言って目の前の重騎士に握手を求め、右手を差し出すイラハだが、
「――っ!」
乾いた音と共に、イラハの右手は重騎士の手によって払い除けられてしまった。
今回も例の兜のせいで重騎士の表情は読み取れないが、その行為の意味するところはわかりやすい。
――それは明らかな拒絶。
何も言わないで重騎士が背中を見せると、足早にこの場から離れて行こうとする。
「あ、ちょっ……!」
「呼び止めても無駄だと思いますよ。随分と負けず嫌いなようですし。それとも嫌われてしまったり?」
「……嫌われるほど接点があった覚えがないんだけど。それ、女の勘ってやつ?」
「ん~……」
わざとらしく首を傾げて考えている仕草をイラハに見せるシーン。
その姿は小悪魔的にイラハの瞳に映り、場違いにもドキッとしてしまう。
「勘もありますが……私、これでも洞察力には自信があるんですよ?」
そう言って満面の笑顔を向けるシーンに、イラハ本人の意思とは関係なく胸の動悸が活発になる。
そんな恋愛経験少ないイラハの感情を置き去りにして、シーンが声のトーンを少し落として言葉を紡ぐ。
「ところでイラハ」
「ん?」
「こう言ったら失礼かもしれませんが、先程の《幻視の衣》……あまり多用しない方が良いですよ」
シーンが言わんとしてることは、イラハがこの魔法を取得した時から――、いや、ラグマギをプレイ中にも考えていたことだ。
だから、すぐに気付いた。
この魔法は便利ではあるのだが、穴も多い。
そのことを解って使っているのかと、姫は心配して言ってくれているのだろう。
「マナの燃費が悪過ぎるってことだろ? あとは……同じ相手に通用しにくいってとこかな。手品の種を明かした相手に、同じネタが通じないのと同じで。警戒されると効果は見込めない。相手を倒したと思って油断した時が一番効果が見込めるからな」
「75点」
「え?」
「基本的には今イラハが言った通りですが、それだけだと不十分です。そしてこの残りの25点は数字以上に致命的で大きいです」
会話の内容は真剣なもののはずなのに、いつの間にか声のトーンが普段のシーンのものだ。シーンの顔や仕草からはそうは感じさせてもらえないのでどうにも緊張感に欠ける。ついにはどこか楽しげに人差し指を突き立てて言う姫様。
「もっと根本的なことですよ。いいですか、イラハ。これは――……いえ、私から言うのはやめておきましょう。イラハなら、きっと気付くでしょうし。甘やかすだけが愛情じゃありませんから。あっ、でもイラハから甘えてくる分にはいくらでも構いませんよ? むしろ、どんとこいです!」
やはり、緊張感に欠ける。
胸を張って言うものだから、シーンのただでさえ形の良い胸が強調されて、イラハは目の置き場に困った。
「嬉しい申し出だけど、それを実行しようものなら、痛い視線を周りから頂戴しそうなんで遠慮しとこうかな」
「私は気にしませんよ? むしろ見せつけてやりましょう! あ、でもさすがに私もそれは恥ずかしいかも……」
さっきイラハと対戦した金属尽くめの騎士は去ったが、周囲には他の騎士たちが大勢いる。
そのことにシーンも気付き、思い止まってくれたかに思えたが――
「そうか! 私の部屋に行けば問題ないですね!」
「頼むから、そういうことは人前では控えような!?」
さらなる爆弾を放り投げたのだった。
二人のやり取りを見ていた周りの騎士たちから笑いが漏れる。
笑いの元となった片割れのイラハは、照れ臭くもあるが周囲に温かな雰囲気が生まれたことに悪い気はしなかった。むしろ、こういう雰囲気は好きな方だ。
だからだろうか?
離れたところからイラハたちを見ている視線に気付いたのは。
視線を追うと、そこにいたのは――
「さっきの奴か……」
模擬戦後、この場からいなくなっていたはずの金属尽くめの重騎士……。
相変わらずのフルフェイスの金属兜のせいで表情がわからないので、感情だって当然の如く読み取れない。
だというのに――、
対戦後に握手を拒まれた時のような嫌悪を含んだものではない。
どこか寂しげな雰囲気を、こちらを見る重騎士から印象として受け取った気がした。
感情が読めないので、あくまでイラハがそう感じただけ。
思い違いかもしれないが。
だけど、その時の重騎士の姿が妙にイラハの脳裏に焼き付いて離れてくれない――。
この時は気付いていないが、後になってイラハは知ることになる。
姫の小悪魔的行動はともかく、女の勘……もしくはシーンが言うところの洞察力だろうか。それらが思わぬ形で現実になってしまうことに……。




