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誓(制)約者と七姫と獣の異世界婚約物語  作者: リトナ
第2幕 踊る生者と笑う死者
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第2話 模擬戦

 ――ラングルズ城がモンスター・パレードに襲撃されて二週間が経った。


 元の世界に戻るには、ヴェルカリナの七つの公国家の『姫』にのみ代々伝わると言う異界干渉魔法に手掛かりがあると考えたイラハは、シーン姫に頼んで他の公国家との接触の機会を設けてもらうことにした。

 今はシーンが各国の姫に送った書面の返事待ちである。


 そういうわけで現在のイラハは暇を持て余しているわけだが――



 夕陽を浴びて煌めく光と見紛う肩まで伸びた金髪が、白く細い腕を振る度に上下左右へと跳ねる。

 シーン・ファム・エルブライトの宝石のような碧い瞳に映っているのは、金属鎧に全身を包んだ自国の騎士が今にも自分に飛びかかる寸前の様だ。

 稽古で用いられる木剣が、シーン姫の右肩に触れようかという瞬間、流れるような動きで姫はそれを難なく躱した。

 すれ違い様に騎士の首を鎧の隙間から手刀を一発――

 地面に顔から突っ伏し、動きが止まる。


 イラハが目の前で同じような光景をこの練兵場で見るのは、これでちょうど百回目――

 つまり、百人の騎士が姫によってのされたところだった。


「……俺の認識違いか? シーンって魔術師だったと思うんだけど……この世界の魔術師って、こんなに近接強いものなのか? これじゃまるで魔法戦士みたいな……」


 稽古で始めたはずの模擬戦が、いつの間にか目の前で百人斬り(実際には斬ってはいないが)を華奢な体でやってのけたシーンに、どこにそんな体力あるんだとイラハは呆れ半分に声をかけた。


「私たち魔術師は距離を詰められれば一貫の終わりですからね。護身の為、必要最低限の近接戦闘も出来ないといけないのです。まぁ、得意な方ではありますけどね」


「騎士百人抜きした魔術師に必要最低限なんて言われたら、近接専門の騎士らはどれだけ頑張らないといけないんだよ……立つ瀬ねぇ」


 シーンとのこの会話も、実はイラハが練兵場に来るようになってから、ほぼ毎日のやり取りとなっていた。

 イラハがボヤく度に、姫が律儀に答えてくれる。


 己の戦闘スタイルを忘れたかのように白兵戦で戦う魔術師……細かく言うと結界魔術師だが――の姿に、イラハは二週間前にシーンと戦った時のことを思い出す。

 正確には鬼と化したシーンとだ。


 この時のシーンは自己の意思を持たずにイラハと戦っていた。鬼らしく力強い筋力から繰り出される攻撃はどれも当たれば致命傷となるし、瞬発力まで兼ね備えており、到底イラハ一人では手に負えなかった。

 城の地下牢に幽閉されていた、イラハが命名したアルという名の白い魔獣との共闘でようやく押さえ込むことに成功したのだ。


 だが、その時に鬼として暴れていた姿と、騎士に稽古をつけれるほど何故か近接戦ができる魔術師の姿とではまったく強さの質が違う。


 鬼化してイラハと戦った時の強さは、人間の筋力を遥かに凌ぐほどの「力」で相手を蹂躙できるまでに秀でていた。

 一方、自国の騎士に稽古をつけていた時の姿は、巧みに攻撃を流して流して、相手の隙を作り出す「技」に精通したもの。


 真逆の戦い方と言えた。


 それはシーンが鬼化から解放された証左である。

 類い稀な戦闘技術を持って戦うやり方こそが、本来のシーンの姿なのだろう。

 だからイラハは、のされた騎士たちには申し訳ないが、安心して模擬戦を見ていられたわけだが。


「今頃、あいつ、どうしてるんだろ……悪さしてなきゃ良いけど…………はぁ……」


 喉の奥から大きく息を一つ吐き出したイラハ。

 シーンの百人斬りならぬ百人稽古を終えた後のことを考え、憂鬱な気分になるが、それはここ一週間繰り返されたシーン・ファム・エルブライトの公女としてのお務めのスケジュールをイラハが把握していることに起因する。


 午前も午後もシーンに連れられ、城中や街中のあちこちを巡察し、人々の不平不満を聞き取り歩き回った。時には治水の現状を確認、不十分であれば施工に取り掛かり自ら指揮も取るし、こうして練兵場に顔を出して、若い騎士たちを盛り上げようと稽古に付き合ったり。

 結果、否が応にも姫のこの頃のスケジュールを覚えたわけだが、連れ回されること自体は嫌ではなかった。

 ゲームで見たことのある街並みを実際に自分の目で見て回れるというのは、聖地巡礼をしてるみたいでテンションが上がる。

 そのうえ、一国の姫様と一緒にいられるのだから贅沢と言うものだろう。


 だが、例え周りに我儘(わがまま)と罵られようがイラハは思う。


 お務めの最後の時間である練兵場での締めのやり取りさえなければと……。


「それじゃイラハ、今日もラストお願いします」


「お願いされなきゃダメ?」


 気だるそうに姫を見るイラハの顔は心底嫌そうだ。

 けれど、イラハに応えたのは姫ではなく――


「「「「お願いします!!」」」」


 ついさっきまでシーンにのされて寝そべっていた騎士たちが、ゾンビのように身体をゆらゆらと揺らしながら立ち上がると、イラハに一斉に深々と腰を折った。

 姫に挑んだ五十人目ぐらいからは、倒されてから回復するまでの時間があまり経っていないせいか、まだ起き上がれないでいる。そうでない残り半数ほどの者の中にはリタイアするのが先だった分、復活してる者がちらほらといた。


「ほら、イラハ、お願いされてますよ。イラハの実力が皆にもわかってもらえて私も嬉しい限りです」


「嬉しくねぇ……」


 最初の頃はイラハも自分の稽古の為になるからと、喜んで騎士たちとの練習試合に付き合っていた。


 そう、付き合っていたのだ――、十人目までは。


 十一人目で体力の限界を迎えた辺りから状況が変化する。


 そもそもイラハに何戦も戦えるほどの体力なんてない。

 ――なにせイラハはレ(・)ベ(・)ル(・)1(・)の(・)ま(・)ま(・)なのだから。


 地下牢でいきなり襲ってきたアルと戦い、自分より身長の遥かに高いトロールを倒し、鬼化したシーンとも戦った。ラングルズ城襲撃の主犯だった老魔術師姉弟の弟の方も倒した。さらには一週間の騎士たちとの模擬戦――

 これでレベルが上がらないのはあんまり過ぎる。

 普通、レベルが低ければ低いほど上がりやすいというのがお約束というもの。


 もちろん、必要経験値は確認済みである。

 ステータス画面を開くと『100/47031』

 左が次のレベルアップに必要な経験値。

 右が現在の経験値。

 一つどころか、二つも三つも余裕でレベルが上がりそうだ。


 ――となると考えられるのは、レベルアップに必要な経験値が貯まったら自動でレベルが上がる定番ではなく、経験値が貯まってから誰かに上げてもらうという、もう一つの定番方法が考えられた。

 ゲームでは前者であったが、この世界では違うらしい。


「まさかレベルが一つ上がったら、残りの経験値がリセット……なんてことにならないだろうな……?」


 最近のゲームには少ないが、昔のゲームには割かしよくあったことだ。

 そんなことになろうものなら、全てとまでは言わないが努力の大半がパーになるのは明白。


 不安も相まって、即レベルを上げに行きたいというのが心情というもので、イラハも例外ではなかった。

 だからそれについて三日前にシーンに聞いたわけだが、どうやら、ただ行けば良いというわけではないらしく、そのへんの説明も兼ねて明日なら時間を作れそうなシーンが案内してくれることになっている。

 この世界でイラハが頼れる相手はシーンしかいなかったので、忙しい姫様には悪いが同行してもらうことにしたのだった。


 ――そういう事情で、今のイラハは一撃でも命中すれば危うい。


 あと、騎士たちが剣を振る度にイラハに伝わってくる連度の高さも上げられる。

 百人もいてシーン姫一人に勝てなかったのは、なにも騎士たちが弱いわけではない。


 シーンが強過ぎた――。


 一言で言ったものの、強さにもいろいろな種類がある。

 馬鹿げたパワーで力押しできる強さ。

 どんな攻撃も避けるほどの速さを持った強さ。

 幾ら攻撃を受けてもビクともしない頑強さを誇る強さ。

 多彩な魔法で相手を翻弄できる強さ。

 鎧の隙間を縫うように針のように鋭い一撃を正確に通すことができる強さ――など、様々である。


 そんな中でこの一見華奢な少女が持つ強さとは、技に精通した動きに見えて、実はそれだけじゃない。攻撃を捌ききるだけの技もさることながら、相手の動き、状況を計算し尽くした卓越した戦術眼があってこそなのだと、先の百人を相手にした模擬戦での姫の戦いっぷりを見て、イラハは後半になってようやく気付いた。

 相手が動く先にシーンが次々と待ち構えている。ペースを握られた相手は焦り、思うようにいかず、姫の手のひらで踊らされて終わる。


 騎士たちの実力を肌で感じることができたからこそ知り得たことだが、知れば知るほど姫の規格外さを思い知る。


 スタミナの尽きたイラハにとって、十一人目以降の模擬戦はまさに地獄。それでもイラハとの模擬戦を望む騎士は休ませてはくれない。

 二週間前のモンスター・パレードでの活躍以来、首都ラングルズの街中でイラハはちょっとした人気者になっていた。それは騎士たちにも共通していたようで、これは姫にこの練兵場に連れてこられて初めて知ったことだ。

 そして訓練時間は有限なのだ。

 我先にと騎士たちがイラハと剣を交えることを切望する。


「限界を超えろっ!」


 と、イラハは自分を鼓舞し、尽きたスタミナをさらに絞り出す。

 そうすることで、あと3~4戦継続することができたのだが、引き出しの底は浅かったらしく、それが本当の限界。身体を動かすと筋肉が軋むような感覚があった。


 順番待ちをしている騎士の数――、残り三十強。


 絶対にこれ以上は無理だ――


 イラハがギリギリまで心身をすり減らしたところで、いつもタイミングを見計らったかのように待ったが掛かる。

 声を掛けるのは姫だ。


「イラハが強くなりますし、騎士たちの良い刺激にもなりますし、一石二鳥ですね」


 などと最後に可愛らしく舌を出す仕草でお茶目に姫は言う。どうやら癖らしく微笑ましくもあるが、実は他の者に自分が負けるところを見たくないという理由が多分にあることをイラハは気付いていた。


 イラハが自分でも理解していなかった、限界を超えた限界を見極め、シーンが制止してくれるというのが今までのパターン。

 大した洞察力だと思うが、これが本気で辛い。


 イラハが乗り気でないのはそういった理由からであった。

 

 そして今日も憂鬱な模擬戦が行われ――



 ――早くも十一戦目を迎えた。



 そろそろイラハの身体的パフォーマンスが落ちる。


 見計らったわけではないだろうが、次の騎士がイラハの前に立つ。


「――――」


 皆、似た鎧姿なので見分けはつきにくいが、使う剣の刃の長さや装飾の違い、体格などから、まだ相対したことのない相手だと、抜け目なく観察していたイラハは思った。

 全身金属鎧(フルプレートアーマー)にフルフェイスの金属兜……要するに全身を金属で完全武装した姿だ。

 全身の防御力を高めることで安心を得ることができるが、余程鍛えていないと重さで身動きなんて取れないだろう。

 これで盾があれば、騎士に人気の装備として完成されるが、盾は持ってはいない。

 代わりに両手で長剣(バスタードソード)を模倣した木剣を構えており、身のこなしからして、先に戦った十人とは比べ物にならないのは一目でわかった。

 警戒を深めるイラハと同様に、シーンも同じ考えだったらしく、前のめりになって真剣な視線をイラハと十一番目の騎士に飛ばすのを感じた。


「この勝負、俺、ヤバいんじゃないかな……。いや、負けたら楽にはなるか。そろそろ疲れてきたし、タイミング的にはむしろ良い……」


「イラハ」


 弱音を吐くイラハとは対照的に場違いに弾んだ声で姫が呼ぶ。

 美人からの応援を予感し、悪い気はしなかったイラハが声のした方を振り向こうとし……


「負けたら許しませんよ? あ、そうだ。明日の案内、延期になってしまうかも?」


 ぱちん、と両手を合わすと顔はニッコリ微笑んだまま、痛いところを無情にも突いてくる姫からの応援?を頂戴したイラハは、頬を引き攣らせて逃れられない戦いに挑むことになってしまったのだった。


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