裏7話 ぬいぐるみの王国
ここは現実の世界ではない――
これは最早、確信だ。
妖精の森に入った時からわかってはいた。
木の枝に成るキャベツに、虹色の空、女王がエルフだったりと、これだけ常識外のことが続けば、夢でもない限りマシロがいた世界と異なるのは疑いようがない。
わかってはいたが、次から次へと波のようにやってくる常識外の出来事の連発に頭の整理が追い付いていなかっただけ。
よくよく考えてみれば、猫のぬいぐるみの存在も本来なら信じられないようなもののはずだ。
それが何十……いや、何百にも増えてしまい、言葉で言い表せないほどの衝撃がマシロの全身を駆け巡った。
――恐過ぎる!
あっという間にぬいぐるみの大群にマシロは囲まれてしまった。
ぬいぐるみたちは見た目が様々で、共通するのは全てが動物だということだ。
それは直前までマシロと話していた猫のぬいぐるみも含むことで――
「ボクたちはマシロがいたら怪我をしてもすぐに直るよ。だって、ぬいぐるみだからね」
「私がいたら?」
怪訝な顔をマシロが見せるのも一瞬。すぐに猫のぬいぐるみの意図に気付き、自分の上着のポケットに手を突っ込んで、ある物を手に取る。
現在のマシロの持ち物は――
電波もネットも繋がっていない役立たずと化したスマホ。
外出時の必須アイテム、ハンカチとポケットティッシュ。
各種味が違うフルーツ味の飴玉が四つ。
激しく動く度にブラウスの胸のボタンが外れることから、常時持ち歩くようになったソーイングセット。
この四つのうち、上着のポケットに入っているのは後半の二つだ。前半二つはスカートのポケットに入っている。
そしてマシロが手に取ったのはソーイングセットである。
「私が縫うこと前提なのね……。だいたい私が裁縫できるとは限らないじゃないの」
「できないの?」
「……できるけど」
マシロが答えると、猫のぬいぐるみがニタァっとギザギザの歯を見せて笑んだ。
相変わらず、見る者にマイナス評価を与えるだけのスマイルなのだが、本人は気付いていない。笑顔のつもりかもしれないが、マシロからするとやっぱり不気味である。と言うより、勝ち負けなどないのだが、なんだか負かされた気がするのだ。
だから言うわけではないが――
「やっぱりダメよ。大丈夫なのは、あなたたちだけであって、相手の方が傷付いてしまうもの。戦争はダメ!」
「……ケンカ?」
「スケールが小さくなったような言い方だけど、結局は戦うんでしょ? 喧嘩もダメよ」
「…………」
マイナススマイルのまま、思考モードに入ったらしく、ぬいぐるみの無言の時間が始まった。
――続くが正面から、このままの顔を向け続けられてもマシロも対応に困り果ててしまう。
何か話してくれていた方が気が紛れる。
今も変わらず、大小、種類、様々なぬいぐるみに囲まれたままで、視線を少しでも猫のぬいぐるみから逸らせば目に入ってくるのだ。
気分的には会話が通じる分……通じないこともあるが、意志疎通できることがわかっている分だけ、猫のぬいぐるみの方が相手していて気が楽だと思えた。
「……じゃあ――」
「待って! あなた、どうせまた、ろくでもないことを言いそうだわ。話し合いで済むことにしましょう」
猫のぬいぐるみが何か言い掛けたところで、マシロが割って入った。
「…………」
出鼻をマシロに挫かれ、再度、猫のぬいぐるみの沈黙が続く――と思われたが、すぐに次の案が鮫牙の口から出た。
「城に乗り込んで『姫』と話をするのは?」
「前半部分はかなり怪しいけど……でも、後半部分はオッケーよ。私もあの子を助けてあげたいし、話し合いは良い方法だと思うわ」
「助けてくれるの?」
「私が出来るところまでよ。無理はしないわ。……それで良い?」
無理はしないと言いつつも、実のところマシロは何が何でも無理をしないといけない立場になったことを知っていた。
ここがマシロのいた世界ではないとわかった以上、元の世界に戻れる方法が必要である。
そしてその方法は意図せずとも猫のぬいぐるみが提示した中にあった。
何でも望みを叶えれる伝承魔法があるのだと――
メリルを助けたいと言ったマシロの言葉に嘘はない。
ただ、メリルと自分と両方を助けてもらいたいだけだ。
望みを一つに絞らず、二つ求めるところが自分らしいところだと自己分析したマシロが思う。
弟のいっくんがここにいれば、きっとそう言うだろうなぁと、マシロはふとイラハの存在を懐かしんだ。
笑顔のつもりらしい猫のぬいぐるみのマイナススマイルの口の端がいっそう釣り上がる。
これを見たマシロは、勝手に肯定と受け取ることにしたのだが、当のぬいぐるみも答えを返す。
「うん」
不気味な口許はそのままに、作り物の瞳は無感情を決め込んでいる。
それでも猫のぬいぐるみの素朴な返事は、マシロにとって悪い気はしなかった。
マシロと猫のぬいぐるみが言葉を交わしている間も、他のぬいぐるみは静観したまま。
異論が出ない以上、特に反対されているわけではないのだろう。
だからと言って、賛成しているかと言われたら、猫のぬいぐるみ以上に何を考えているのか感情を読むことができない……感情というものがあるのかさえ疑問だった。
良くも悪くも無なのだ。
「ねえ、周りのぬい……子たちも賛成で良いのかしら?」
「…………」
返事は返ってこない。
代わりに応えたのは、猫のぬいぐるみだ。
「ボクの意は他のものたちの意でもある。だから問題ないよ」
「そうなの? ……あなた、意外と偉い人……じゃなかった、偉いぬいぐるみだったのね……凄く意外だわ」
「……マシロって正直者だよね」
「あら、わかる?」
「…………」
まさか、ぬいぐるみ相手に皮肉を言われるとは思わなかったマシロだが、そこはマシロの方が一枚上手。軽くかわして除ける。
猫のぬいぐるみが他のぬいぐるみ同様に沈黙してしまったので「まるで人間みたい」とマシロは苦笑してしまった。
「ねえ、名前がないと不便だから名前教えてくれる? というか、ある?」
「あるよ。ネコ」
「それは総称ね。あ、でも、あなた、ぬいぐるみだから総称がネコっていうのも可笑しいのかしら?」
肩をわざとらしく上げて、マシロが話す。
「ネコじゃダメ?」
「ダメ。それだと他の猫のぬいぐるみもいるし、ややこしくなりそうじゃない。廊下で見かけたんだから、私、知ってるのよ……良いわ。私が決めてあげる」
紅の瞳が宙を泳ぐこと1分――
「――宗次郎にしましょう」
「――――」
変わるはずのないぬいぐるみの表情に影が射したような気がした。
あくまで気がしただけだ――
「……女王の名前は3文字しかないのにマシロは略したけど、どうして今回は長くしたの?」
猫のぬいぐるみの疑問はもっとも。
「聞きたい? 子供の頃から猫を飼ったら「宗次郎」って名前にしようって決めてたのよ。その頃の私、時代劇にハマっててね。弟のいっくんは何故か反対してたけど。反抗期なのよ、きっと。あ~、良かった。これで私の夢が一つ叶ったわ」
「夢が叶ったなら、あとは女王の願いを叶えるだけだよね?」
「良い? 宗次郎。よく聞いててね。――それはそれ、これはこれ、よ」
ご満悦のマシロはさておき、猫のぬいぐるみ――改め、宗次郎の方は沈黙。
表情は変わっていないはずなのに、何故かマシロは宗次郎の顔がどこか引きつっているように見えた。
少しして宗次郎が重くなった口を動かす。
「……名前、無くても良いよ?」
「ダ~メ。素直に私の夢を一つ消化させてあげなさい。そういうことだから、よろしくね、宗次郎」
「…………ヨロシク」
こうしてマシロは猫のぬいぐるみと共に、メリル女王と自分の為に、何でも叶えれるという魔法を求めて、ヴェルカリナ公国の七姫に会いに行く決心を固めるのだった……が――
三ヶ月後――
戦争反対派だったはずのマシロの身に何があったのか……
七公国からなるヴェルカリナの一国が、突如現れた動くぬいぐるみの軍勢に攻め落とされたと、ヴェルカリナに住む誰もが耳を疑う衝撃となって、世界を駆け巡ることになる――
「第1幕裏 転移者と夢の国」 了




