裏6話 ぬいぐるみ
「ねえ……メルちゃんって、いつから……その……口と耳が?」
女王メリルとの謁見終了後、マシロは城内にある一室を宛てがわれたので、有り難く今日はここで泊まることにした。
今はその一室から廊下に出た先にあるテラスに出て、猫のぬいぐるみと夜の風を浴びていた。
日中は虹色だった空も、夜になればマシロの知っている夜に近いものとなっている。
微妙な言い方なのは、虹色だった空の代わりに、星が虹色になったのだ。
これはこれで綺麗だからありね――
そう思って、普段とは違う夜空をマシロはぬいぐるみと堪能していた。
「生まれた時からだよ」
重要な部分をマシロが濁して言ったにもかかわらず、猫のぬいぐるみにしてはあっさりと、すんなりと、素直に、答えた。
そのことにはマシロは触れずに、
「そう……まだあんなに小さいのに……」
見た目通りの年齢じゃないとわかっていながらも、マシロは少女の身の不幸に胸を締め付けられた。
自分がもし少女の立場だったら、どうだろうか?
声が聞こえず、喋りたいことも喋れない――
老いていけば、その状態で八十歳、九十歳と生き続ける――
今時は百歳生きることも珍しくはない。
考えただけで辛い。
長寿のエルフにとっては、マシロが想像した辛さよりも長く、数百年単位で続いてしまう。
国の女王だからマシロが思っているより簡単ではないのかもしれないが、本当なら年頃の少女らしく友達といっぱいお話ししたりしてたはずだ。
マシロがメリルぐらいの外見的年齢の頃はそうだったし、弟のイラハといっぱい喧嘩をした。
そういった心と心のぶつかり合いは割りと貴重だとマシロは思っている。
立場的にマシロの方が強いから言えることかもしれないが、それでもやっぱり本音で言い合えることは素敵なことのはず。
だから、それが思うように出来ないことは、とても悲しい気がした――。
目は見えているのだからコミュニケーションの取り方はいくらでもある。
ただし、どうしてもお互いにどこかで遠慮が生まれてしまう気がするのだ。
「治せないの?」
治せるようなら、とっくにやってる。
わかっていながら、聞かずにはいられなかった。
「今はムリ」
覚悟していた答えと違った。
時間が経てば、まるで治療の可能性があるような言い方だ。
奥歯に物が挟まったようなぬいぐるみの言い方に、マシロは首を傾げた。
「どういうこと? 後でなら治療の当てがあるの?」
「あるよ」
「どうやって?」
「マシロはヴェルカリナの七公国って知ってる?」
初めて聞く名前だった。
公国と言うからには、国なのだとは察するが。
「私のこと、やっと名前で呼んでくれたわね。……だけど、ごめんね。残念だけど、知らないわ」
「七つの公国にはそれぞれ『姫』がいるのも知らない?」
「国ならお姫様がいても、それほど不思議なことじゃなくない? 男の子しか産まれなかった国があるかもしれないけど」
「マシロ、勉強しようよ」
「なっ――」
知らなかった自分が悪いと思いつつ……思うんだが、そんなに有名な国なんだろうか?
ヴェルカリナなんて公国は少なくともマシロは聞いたことがないし、世界地図でも見覚えがなかった。
と言うことは「自分が知らない世界に来てしまったかもしれない」と思いつつあったマシロの予想に真実味が増す。
だから、ぬいぐるみに言われるのは、なんだか釈然としないわけで。
「七公国は古くから伝わる伝承魔法を各国の代表とも言える『姫』に継承する習わしがあるんだよ。『姫』は自分の国で一番優れた人の証。国を統べるのもこの姫が努めてるんだよ」
「姫って言うより、国王みたいなものかしら。それにしても……」
「……何?」
「あなたって、こんなに長く喋れたのね。ちょっと驚いちゃった」
「…………」
直立した猫のぬいぐるみに、口角を釣り上げたまま無言を貫かれると不気味だ。
そもそも、ぬいぐるみは言葉を口にしないものだが、目の前の猫型ぬいぐるみがそうでないことをマシロは既に承知済みである。
「ちょっと怒らないでよ。冗談じゃない。魔法っていうのは……私が思っているような魔法で良いのかしら? ファンタジーによくある。その魔法と姫がどうかしたの?」
「……伝承魔法の中には、願い事を何でも一つ叶えれる魔法があるらしいよ」
「何でも一つ?」
なんだか、物凄く眉唾物な話だとマシロは即座に思った。
そんな都合の良い、曖昧な話を信じるには根拠が必要だが……、根拠があっても、信じられないかもしれない。
それほどに「何でも一つ願いを叶えれる」という言葉は、夢に満ち過ぎていて、逆に胡散臭い。
「信じられない?」
「ん……。まぁ、ね」
マシロは正直に首肯した。
「でも、それしかないよ? 女王の身体を治すには」
「……わかったわ。とりあえず魔法はあるものとして、どうやって見つけるの? 七人の姫様一人一人にお願いでもする?」
「それはムリ」
「……でしょうね」
何でも願い事を叶えれるような魔法をノーリスクでほいほい使えるとはマシロも思っていなかった。
使えたら、世の中みんなが幸せになれる。
けど、実際はそうじゃないはず。
マシロを軟禁して人買いに売ろうとした者たち。
人売りの村なんて呼ばれてるぐらいだから、エイヴァ村の住民の中には他にもマシロを売ろうと近寄ってきたような連中がいるはず。
他者を陥れて、自分が幸せを掴もうとするのを、マシロは本当の幸せだとは思わないし、許せない。
妖精の国の女王――メリルもそうだ。
見た目通りの年齢ではないにせよ、あんな小さな子供が国王を務めるというのはどれほどの苦難があるのだろうか?
子供らしく思うように遊んだり、友達と会ったり自由に出来ないのではないか?
その上、生まれた時から口と耳に治るアテのないハンデを背負っている……。
目の前の猫擬きは考えていることも、その存在も不透明なので除くとして、いつの間にか知らない平原で寝ていたマシロが目を覚ましてから、まだ幸せそうな人とは出会ってはいない――。
「だから、攻略を開始するよ」
日常からあまりにも掛け離れたぬいぐるみの言葉に、最初何を言われたのか、マシロは理解できなかった。
だが、耳には残った。
脳裏で何度もぬいぐるみの言葉が復唱され、理解が意味に追い付いていく。
「攻略って……? 戦争をするってこと? そんなのダメよ!」
「どうして?」
「どうしてって……、戦争は人が大勢死ぬわ……悲しむ人も出てしまう……」
「だったら半分は大丈夫」
半分の意味がわからない。
戦場に出た人たちの半分だけは助かると言っているのか、この城の兵士の半分なのか、まさか相手側のことを指しているのか……
毎回、説明が足りていないから、ぬいぐるみの言葉はわかりにくい。
それにこの城に入ってからマシロは、疑問に感じていたことがあった。
「半分って、どういうこと? 第一、私、お城の中で一人も兵士を見かけてないわ。メルちゃんって、女王様よね? 女王の側でさえ見張りの兵がいないなんて変じゃない? この城の兵はどこ行ったのよ?」
「いたよ」
「? どこに? 城中ぬいぐるみだらけで、人なんて一人もいなかったわよ? ……ん……まさか……ぬいぐるみ……?」
ここにきてマシロは自分で口にした言葉に一つの可能性に行き着いた。
マシロが自分で言った通り、城内には人がまったくいなかった。
代わりと言ってはなんだが、いろんな種類の動物のぬいぐるみが至るところにあって……
目の前には、動いて、会話する、猫のぬいぐるみが一匹(一体)?
「まさかよね……」
夜の帳の中で猫のぬいぐるみの翡翠色の瞳が光った……ような気がした。
途端、周囲の壁際にもたれるように置かれていた各種ぬいぐるみが一斉に立ち上がる。
見回すとどこを見ても、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ――
「ええ――っ!? ウソ! 何よ、これ!?」
マシロは目前で起きた信じられないホラー的な状況に何度も目を瞬きした。
思うところはこれまでも何度かあったが、今になってマシロは確信する――。
ここ、絶対に現実の世界じゃないわ――




