裏5話 女王メリル
床を蹴る度、しんとした広場に靴音が高く鳴り響く。
城内に入ったにもかかわらず、マシロは今のところ、ここで人を一人も見かけていない。
城門を通った時もそうだった。
さすがに城の中に入れば誰かいるものと思い、最初は気にも止めなかったが今は違う。
謁見の間まで通されても、なお目撃者0。
明らかに変だ。
今、この場にいるのはマシロと猫のぬいぐるみのみ。
ただし、人以外のものは多く目にした。
幼稚園児ほどの大きさはあろうかという熊のぬいぐるみ。
手で抱き抱えれるほどのライオンのぬいぐるみ。
他、大小様々に鰐、梟、キリン、カバ……等々――、どれも可愛らしい姿をしたぬいぐるみだが、マシロの隣にいる猫のぬいぐるみのように話しかけてきたり、自立して動くわけではない。
それが当たり前なのだが、当たり前ではないのが、マシロの横で女王が来るのを今か今かと待っている。
マシロと猫のぬいぐるみの前にはカーテンが敷かれていて、先の様子が見えないようになっている。
ぬいぐるみが言うには、この場で女王が現れるのを待つとのことだ。
女王と言うからには女性であることは間違いないだろうとマシロは考えた。
やっぱり綺麗な人なのかしら?
きらびやかなドレスを着て、高価な装飾品を身に付けてたり?
――いったい、どんな人なのかしら。
女子高生らしく、ミーハー心を刺激されたマシロがワクワクしながら待つこと数分――
カーテンの中で何かが動く気配がした。
「女王様が来るよ」
猫のぬいぐるみが女王の登場が近いことを淡々と告げた。
中側からカーテンがもぞもぞと動く――が、いつまで経っても女王が出てくる様子がない。
かといって、カーテンが開かれることもなく――
「女王がこっちに来てって言ってるよ」
「え? 今、そんなこと言ってた? 私には何も聞こえなかったんだけど……」
マシロには女王の声がまるで聞こえていなかった。
そう、まるでだ。
聞こえにくかったのではなく、声を発していたことすら気付かなかった。
だけど、ぬいぐるみにはわかったらしくて――
「ねえ、今のどうやってわかったの?」
「さあ、早く」
「う、うん……」
ある程度、予想はしていたが、相変わらず会話が一方通行だ。
けれど、ぬいぐるみの言う通り、女王が待っているのなら行かないわけにもいくまいと、マシロは目の前のカーテンに手を伸ばした。
両手でカーテンを外側に開ける。
「……え――」
そこにいたのは、内股にして、ちょこんと座っている年端もいかない、おさげ髪の女の子だった。
肌は白く、歳は十歳にも満たないと思われる。
「――――」
否、違う……かもしれない。
耳が長く、上の方が尖っている。
もしかしてこれはファンタジーに定番の――
「エルフ……?」
この国が森にあったことを考えれば、森の民と呼ばれることが定番のエルフが女王であることに不思議はない。
ただ、強いて言えば、普通の森ではないのだが。
他に不思議なことがあるとすれば、どうして目の前の子が女王と呼ばれているかだが――
「ひょっとして、女王様のお子さんなのかしら?」
「違うよ」
猫のぬいぐるみが即行でマシロの疑問を短く否定。
「なら、この子が女王様なの?」
「うん」
女王様に向かって、この子呼ばわりはどうかと後になって思うが、この時のマシロは驚いていて、視覚情報のままに思ったことを口に出してしまう。
「あ、でもエルフって見た目よりずっと長生きしてるのよね? なら、思ってるほど幼いってこともないのかしら……?」
「…………」
「ねえ! 何か答えてよ!」
聞いているのに無言を通すぬいぐるみにマシロは声を大にして言うが、
「女王が名前聞いてるよ」
「あなた、心臓に毛が生えてるんじゃないかってぐらいに、恐ろしくマイペースよね……」
「生えてないよ」
「今のどうでも良いことには答えてくれるの……」
マシロは大きく溜め息をついた後、
「名前聞いてるって、それあなたが言ったんじゃない? この子、今、何も言ってなかったわ。これだけ目の前にいるんだもの。喋れば、さすがに気付くわよ」
今度もエルフの子から声は一切発せられていないはずなのに、まるで話したかのように言うぬいぐるみ。
マシロは正直、この手の冗談が嫌いだ。
だから、こういう時、つい口調が強くなってしまうことを自覚している。
これまで散々こっちの話を無視されてきたのだ。フラストレーションも溜まると言うもの。
なので、改める気もなかった。
だが――
「女王が名前聞いてるよ」
相手はマシロの想像以上に手強かった。
マシロが気分を害したことを察知できずに、再度、繰り返した。
「あなた、あのねえ――」
強く言わないとわからないなら、そうしてやろうとぬいぐるみに詰め寄ろうとしたマシロだが、ふと右手の袖がいきなり引っ張られてしまい、気が削がれてしまう。
何事かと自分の右手を見れば、エルフの子が必死そうな形相でマシロを逃がすまいと、両手で力強く袖を握っていた。
「どうかしたの? ……あ――」
そう言えば、まだこの子の声、一度も聞いてない――
そう思ったマシロの疑問に感付いたかはともかく、今度は珍しく、ぬいぐるみが答える気になったのか声を発した。
「声が出ないんだよ。耳も聞こえないよ」
「――――」
すぐさまマシロはエルフの少女へ顔を向けた。
幼いながらに整った顔立ちで、将来すごい美人になるだろうと容易に想像できた。
整ったパーツの一つである唇が上下に動いているのに、音がまるで漏れてこない。
そんな少女の姿にいても経ってもいられない気持ちになったマシロは、自然と少女の目線の高さにまで屈んだ。
エルフの少女の瞳にマシロが映っている。
「私の名前はマシロよ。キリサキ・マシロ。マシロで良いわ。あなたは――」
「女王メリルだよ」
応えたのはマシロの目の前のおさげの少女ではない。
中性的な声だったのですぐにわかった。
猫のぬいぐるみだ。
あ、そうか……
少女の代わりにぬいぐるみが答えた意味をマシロは思い出す。
声だけじゃない。
耳も聞こえない。
さっき、ぬいぐるみが言ってたではないか。
マシロは少女の背中に手を回して、優しく自分の胸へ引き寄せた。
「メリル……じゃあ、メルね。よろしく、メルちゃん」
抱き締めるマシロの手に熱が入る――
自覚しながらも、けれど、マシロはその手をしばらく緩めることはしなかった。




