トキヤ~異世界㉟出発の朝~
いよいよクエスト当日。俺は宿の入り口で念入りに準備運動していた。
天気も良くて絶好のクエスト日和になるはずなんだが、リーシュの機嫌がすこぶる悪い。
「リーシュ?どうしたんだよ。」
「知らないわよ!」
この態度ならば原因は間違いなく俺なのだが、思い当たる節がまるでない。
いや、何だろう。何かが喉に引っかかっているこの感じ。
そういえば、リーシュと何か大切な約束を……
「あー!!」
俺の絶叫に、準備を済ませたミューとリンドウが飛び出してきた。
ちなみに、ミューもリンドウも今日は戦闘がメインなので変装などはしていない。
「ど、どうしました?」
「いや、何でもない。リーシュ。ちょっといいか?二人はここで待っててくれ。」
俺はとんでもないことをやらかしたという自覚のもとで、リーシュを少し離れた場所に呼び寄せた。だが、何をどう話せばいいか分からない。まさにノープランだ。
ぶっつけ本番だがやるしかない。男には、やらねばならん時があるのだ。
「な、何よ?」
「リーシュ。突然だけど、君に聞いてほしいことがあるんだ。昨日は、勝てなかったなんて曖昧な事を言ったけど、本当は昨日、俺は刺客二人に負けたんだ。」
リーシュは何も言わなかったが、その表情は驚きを通り越して泣きそうになっていた。
「絶対に勝てると思ってたんだ。いや、そんな事は言い訳だな。ギルド長が助けに来てくれなきゃ、死んでたと思う。」
いきなりの告白にも関わらず、リーシュは黙って聞いてくれている。
「前も言ったけど、俺は自分の能力で、リーシュに言えてないことがまだあるんだ。それを使えば、多分どんな奴にも負けたりはしない。けど、今はまだ使えないんだ。それを使いこなすまでは、リーシュを守りきれないかもしれない。」
「馬鹿にしないで!私は守られるだけの弱い存在じゃないわ!」
リーシュが激昂する。
「分かってる。だから、リーシュに助けてほしいんだ。俺が君を、いや、大切な人たちを守れるようになるまで、君に背中を預けたい。」
剣士として、冒険者として、これほど誉なことはあるまい。
現に、リーシュの瞳にはさきほどまでの不機嫌さはまるでなく、その瞳には新たな使命を宿していた。
「それでさ、昨日なんだけどさ、それを考えてて頭がいっぱいになって‥リーシュとの夜だったのに、ごめん。」
「い、いいわよ!って、その言い方だとまるであたしが期待してたみたいになっちゃうじゃない!そ、そんなくだらないことで怒ってないわよ!」
慌てるリーシュ。間違いなく怒っていたのだが、何とかなったようだ。
「じゃあ、何で不機嫌だったんだよ?」
「な、何でもないわよ!」
「ふーん……」
これ以上の深追いは厳禁だ。何とかなったという安堵から、俺は大きく息を吐いた。
「じゃあ、行こうか?」
そう言って、俺はリーシュの手を取った。
リーシュは照れ臭そうにしながらも、素直に繋ぎ返してくれた。
「お話は終わりましたか?」
宿前に戻ると、微妙にトゲのある話し方のミューが出迎えてくれた。
間違いなく嫉妬だ。リーシュと手を繋いでるのが気に入らないのだろうけれど、一応俺たちは夫婦なのだから、何の問題もない。とはいえ、ミューもデレてきたな。いい傾向だ。
「さて、一応確認だが、今回はギガントオーク討伐だ。場所はここから3日ほどの洞窟。討伐状況によってはそこで数日過ごさなきゃならない上に、戻りも同じだけかかっちまう。」
3人が頷く。
急ごしらえではあるが、そのための準備は出来ている。
「俺が心配してるのはギガントオークを倒せるかということじゃなくて、逃げられた刺客が増援を連れてくるかもしれないってことだ。」
俺の言葉に3人に緊張が走る。
「一応、このバッグには二週間分の蓄えと、回復薬なんかがかなり余分に入ってるわ。出費は痛かったけど、死ぬよりマシよね。」
そう言って、リーシュは魔法のポーチを叩いた。ミューとリンドウも、それぞれ自分のポーチを確認している。
このポーチについてだが、今更ながらこの世界には『魔法』と呼ばれる便利なものが存在する。
対象を攻撃する攻撃魔法や、対象をサポートする補助魔法や支援魔法。傷を癒す回復魔法や、生活を充実させる生活魔法なんてものもある。
これだけ便利な魔法だが、全ての人が使えるわけではない。
ならば、魔法を使えない人々は、その恩恵をどのようにして受けるのだろうか。
例えば、『収納』の魔法が使えるならば、魔力を消費してしまうが、いつでもどこでも荷物の出し入れが可能だ。
だが、先ほども言ったとおり、魔法は全ての人が使えるわけではない。
それに魔力も無限にあるわけではない。そこで、リーシュたちの持つポーチの出番だ。
仕組みはよく分からないのだが、ポーチの内側に『収納』の魔法が組み込まれているらしい。
容量はさほど多くはないが、魔力消費なしで、いつでもどこでも手軽に使用できるということで、大人気商品になっているという。
しかも、売れている割に値段が下がらないらしい。
『まぁ、独占商売だからな。値段操作くらいしてるだろ。それにしても高すぎだな。素材と作り方が分かりゃ自作するんだけど……。』
実は昨日、俺にもポーチを買おうという話になったのだ。『収納』が使えるからと断ったのだが、後から値段を聞いてひっくり返りそうになった。
『1つ2万リム。日本円で20万って、サラリーマンの初任給並みじゃねぇか。』
加えて分かったことなのだが、この世界の貨幣である『リム』の価値は、日本円に直すと10円程度だったのだ。
日本の棒状のお菓子の値段と、こちらの世界の似たような商品の値段がほぼ同じだったことで分かったのだ。
さらによく調べてみると、街中では『リム』以外は使われていなかった。
このことから、この街中では、これより下の価値の通貨単位はは存在しないのだろう。金額の大きい取引なんかはどうするのだろうかと思ったが、とりあえず、それが分かっただけでも御の字だ。
『でもまぁ、大量のリムを持って動くわけにゃいかないから、このポーチは絶対に売れるんだよなぁ。よく出来た商売だ。』
しかも、このポーチには盗難対策の魔法が組み込まれているのだそうだ。なんでも、購入していない物や他人の物はポーチに入らないらしい。
どんな魔法がかかっているかは、秘匿技術なので分からないようだが、技術を漏らした場合、家族や友人、その工房の家族や友人に至る関係者全てが死刑になるらしい。
『漏らした本人が少しでも接点のある人間まで全て消すってのは、徹底しすぎだな……。』
そこまでの技術なら、是非手に入れてみたい。幸い、俺には超絶スキルである『創造者』があるので、『解析』でもかければいける気がするんだけどな。
「トキヤ……ダメだからね。」
何もしていないのに、リーシュに釘を刺されてしまったのは良い思い出だ。




