トキヤ~異世界㉞目覚めた能力~
そんな決意と共に、俺は身体中の細胞から魔力をかき集め、その魔力を無駄なく全身に巡らせた。
『魔力に「再生」のイメージを乗せて全身を巡らせるんだ……』
再生のイメージを与えられた魔力は、次々と細胞を再生し、傷を癒していく。
「おー。適当に言ってみたが、本当に回復魔法を使いやがった。しかも、見たことねー魔法だぞ。だが……。」
「えぇ。やはり体力までは戻っていませんね。彼ならば、そういった魔法も使えるのではないかと思いましたが。」
空中からはレイガーが、そして、隣からはエルアさんの声が聞こえる。
確かにこのままだと体力までは回復しない。だからこそ、俺は最後の魔力を振り絞って新しい魔法を発動した。
『自分で回復出来ないなら、周りにいる奴らから少しずつ貰えばいいんだよ!』
この世界にそんな効果をもたらす魔法があるかどうかは分からない。この魔法を見られることで、自分は異物として処理されるかもしれないし、最悪、死んでしまうかもしれない。
しかし、俺はそんなことはどうでもよくなっていた。
『目の前の人を守りたい』
その想いが、体力と魔力だけでなく、折れかけていた心までをも満たしていった。
「へぇ。これも見たことねーな。体力と魔力を貰って……違うな。周りから奪ってんのか。」
「そうですね。ごく少量ですので、これだけの人の数であれば、奪われた方は何も感じないでしょう。何も感じないということは、まだまだ奪えるということ。つまり、人の数だけ体力と魔力を回復できる……。かなり極悪な魔法ですね。」
2人が考察している間に、俺はすっかり回復することができた。
「待たせた。もう大丈夫だ。威圧も解いてくれ。あそこの2人を逃がさないようにしてくれてたんだろ?」
レイガーとエルアさんは、それぞれの場所から2人に向けて威圧を放ち続けていた。その威力はなかなかのものだったらしく、刺客の2人は迂闊に動くことが出来ずにいたようだ。
「生意気言ってんじゃねぇぞクソガキ。やられかけた上に、さっきまでピーピー言ってたくせによ。半分だけやらせてやる。逃がすなよ。あいつらには、聞きたいことが山ほどあるんだからな。」
「……分かった。」
そう答えると同時に、俺たち3人は刺客に向かって突撃をかけた。
「「テレポート」」
あと少しで攻撃が当たろうかというその時だった。
2人が手を繋いで魔法を唱えた直後、その場から姿を消したのだ。
「なっ!消えた!?」
エルアさんが驚愕の声をあげながら屋根に着地する。
レイガーも、声には出していないが、その表情を見ると相当に驚いたようだ。
エルアさんの隣に着地すると、警戒しながら辺りを見回している。
「お前は驚いていないみたいだな?」
2人のそばに着地した俺は、警戒を最大にしながら質問に答えた。
「十分驚いてるよ。ただ、あの魔法に聞き覚えがあったおかげで、2人ほどじゃないかな。」
そう。俺はあの2人が唱えた魔法を知っている。
あれは、国民的ロールプレイングゲームでお馴染みの魔法だった。
『ただ、ゲームだと洞窟から脱出するだけで、屋外で使っても効果はなかったはずなんだけど……。いや、まてよ。確か、戦闘からの離脱もできたっけかな。』
しかし、離脱してくれたのであれば、俺としては特段問題ない。
これが短距離転移の魔法とかで、ミューとリンドウを直接狙える魔法だったとしたらもっと厄介だっただろう。
ミューとリンドウの周囲はかなり意識を割いて警戒しているが、攻撃してくる気配はなさそうだ。
そう思いながら、俺は即座に魔力スキャンを実行したが、探れる範囲内であの2人の魔力を察知することはできなかった。
やはり、さきほどの魔法で戦闘から離脱したのだろう。
「あと、この辺りにはもういない。多分だけど逃げられた。まだかあんな魔法が使えるなんて思ってもみなかったな。」
俺はお手上げだと言わんばかりに両手を挙げた。
「あんな魔法は見たことがありません。一体あれは何ですか?」
エルアさんが尋ねてくるのだが、なんだか怒られているようにしか思えなかった。美人秘書に尋ねられるというのは、こういう弊害もあるわけだ。
「トキヤさん。あなた今、何か失礼なことを考えていませんでしたか?」
しかも、こちらの秘書さんにはエスパー能力まで備わっているときた。だがまぁ、そんなどうでもいいことは置いておいて、真面目な話をするとしよう。
「そんなことないですよ。あれだけの動きで、スキルではなくて魔法だと分かったんですから、凄いなと思っただけです。」
「下手な世辞は結構です。それで、あれは何ですか?心当たりがあるようでしたが。」
お世辞も通じないとはこれまた厄介だ。しかし、どうやら恍けようとしても無駄なようだ。
レイガーが視線で続きを促してきた。どうやら、かなり気になっているようだ。
『エルアさんはお世辞が嫌い』
俺はそれだけを心に深く刻み込んで、続きを話し始めた。
「あると言えばあるし、ないと言えばないんですよ。」
地球にいた頃のゲームの魔法名ですなんて言えないので、こんな曖昧な表現しかできないのが残念だ。
「出し惜しみすんな。ここには俺らしかいないんだ。早く話せ。」
焦らしていると思ったのだろう。レイガーがイラついた様子でせっついてきた。
「いや、もったいぶっているわけじゃないんだ。正直、俺も聞いただけだから確証なんてないんだけど、あれは多分『転移魔法』だと思う。」
そう告げた瞬間、レイガーの表情が明らかに変化した。
「エルア。Sランクの緊急クエストだ。内容は、さっきの2人の捕獲。必ず生きて捕まえろ。報酬は1千万。有力な情報には10万出す。捕獲に繋がる情報は100万だ。」
「承知しました。ただ財源がありませんが、どういたしますか?」
どこに隠し持っていたのか、いつの間にか手帳を取り出したエルアさんは、レイガーの指示を書き込んでいった。
「本部のジジイ共に伝えろ。『お前らのご所望の1つを発見した』ってな。他にないなら行け。」
レイガーにそう言われたエルアさんは、手帳を閉じてギルドの方向へと駆けて行った。
「さて、トキヤ。あの魔法を聞いたことがあると言っていたな。お前はあれをどこで聞いた。」
レイガーの表情は、今までとは明らかに違って余裕のないものだった。
そんな顔を見せられれば、教えてやりたい気持ちも湧いてこないこともないが、向こうの世界のネタなので、言ったところで信じてもらえるはずがない。それに、そんなことを言ってしまったら、俺が死んでしまう。
「旅の魔法使い様の書物に書かれてたんだよ。転移魔法『テレポ』。効果は名前の通りで、あいつらはもうこの辺りにはいないはずだ。」
あまり詳細に説明してやる必要もない。本当に地球の魔法と同じかどうか分からないのに、ペラペラと話しても、怪しさが増すだけだ。
「また旅の魔法使い様ときたか……。まぁいい。この辺りにはいないってことは、すでに街から出た可能性が高いな。それにしても、なかなか派手にやらかしてくれたな。そこんところに関しては、何があったか説明してもらうぞ。」
レイガーに威圧込みで凄まれた俺は、刺客との戦闘から魔力弾発射までの経緯を隠すことなく説明した。
「自爆……いや、解除できないと判断しての口封じか。刺客とはいえ、あれくらいの年頃の女にはなかなか出来ることじゃない。まったく、面倒極まりない案件だな。」
俺としても、情報を得られるチャンスが一気に潰れてしまったのだ。面倒だが、当初の予定通り、クエストをこなしながら地道にやっていくしかないだろう。
「で、お前はどうすんだ?あいつらに逃げられたとなると、情報が手に入らなくなったってことだろ。」
「地道にやるよ。とりあえず、あんたがくれたクエストからだな。それに、今日みたいな連中がわんさかいるなら、俺だけじゃ話にならない。色々と強化しなきゃ、ほんとに死んじまうよ。」
俺は素直に自分の考えを伝えた。油断や慢心があったとはいえ、正直な話、自分だけならば何とかなる。だが、今のままで、パーティーを守りきれるかと聞かれれば、答えは否だ。
「さてと、まずは下に降りて2人を宿に連れて帰るよ。もう1人にも話さなきゃならないんでね。」
それだけ言うと、俺は律儀に建物内の階段から下に降りた。その場から飛び降りても良かったが、いまだに野次馬だらけの状況で、これ以上目立つのは良くないだろう。
「ト、トキヤさん!大丈夫ですか!」
合流するや否や、2人は俺の無事を確認するかのように体を触ってきた。嬉しいハプニングだが、ゆっくりと楽しんでいる余裕はない。
明日からさっそくクエストに向かわなければならないのだ。
早く宿に戻って作戦を立てなければならない。
「あぁ、大丈夫だよ。心配かけてごめんな。まさかあんなに強いとは思わなかった。でも、もう負けたりしない。ちゃんとみんなを守ってみせるよ。」
俺はミューとリンドウを見つめて宣言した。ミューもリンドウも変装・変身中なので、なかなか妙な光景になってしまっているが、とりあえず今はそんなことお構いなしだ。
そこから宿に戻った俺たちは、改めて敵の強さを確認し、クエストに向けて連携の打ち合わせをおこなった。
「えっ!トキヤが負けたの!」
リーシュは、俺が勝てなかったということに対してかなり驚いていたが、深く聞くことはしないでくれた。
まったくもってよくできた嫁だ。
『あれ?ギルサムが街を出る前に来いとか言ってた気がするけど、まだ街を離れるわけじゃないから大丈夫だよな?あとは……何か大切なことを忘れてる気がするけど、何だったかな。』
そんなことに施行を割きながら、俺は明日のクエストに向けて休息をとることにした。
この時の俺は、敗北と後悔で心がいっぱいだった。
だから気づけなかったんだ……リーシュと約束した、甘い甘い夫婦の夜のことに。




