トキヤ~異世界㉗借金生活突入~
「適当に座ってくれ。」
そう言われてソファに腰掛ける。
リーシュ、俺、ミューの順番だ。リンドウは立ったままでいいそうだ。護衛がしやすいのだろう。ミューの後ろにピッタリとついていた。
「どうぞ。」
目の前にはエルアさんが淹れてくれたであろう温かい飲み物が出された。
口をつけると、ほのかな甘みが口の中に広がった。
「紅茶だ……。」
「コウチャ?なんだそれは?これはシトラの葉を乾燥させて煮出したものだ。おまえさんの故郷にも、似たようなものがあるのか?」
あまりの驚きに思わず口走ってしまった。
「まぁ、そんなところです。」
努めて冷静に返事をする。しかし、今後似たような事がきっとあるだろう。
注意しなければと俺は気を引き締めた。
「そんなことより、説明してもらえますか?」
改めて俺はさきほどの件についての説明を求めた。
「そうだな。だが、まずは自己紹介からだ。俺はフィガー支部のギルド長で、小人族のレイガーだ。冒険者を引退したわけじゃねーから、ギルド長は片手間ってとこだな。」
そんな感じでいいのかと思ったのは俺だけではあるまい。現に、俺らの間に立っていたエルアさんの眉間にはしっかりとシワが寄っていた。
「で、お前は何者だ?資料にはエルフと獣人は冒険者とあるが、お前さんに関する資料はねーんだ。冒険者じゃねーのか?」
レイガーの発言で、わかった事が2つあった。
まず1つは、リンドウは普段から変身魔法を使っているにも関わらず、冒険者登録はきちんと獣人で行っている点だ。変身魔法を使用中のリンドウは、常にフードを被っていて、トレードマークの兎耳は見えなくなっている。
これは、食事の時でさえ脱がないという徹底ぶりだ。
本人曰く、女性で兎耳は目立つからだとのことだそうだ。俺としては、敵の目を欺くために変身しているものだと思っていた。どうやら、深読みしすぎたみたいだな。
『まぁ、敵の目を欺くってのもあるんだろうけどな。今度もっと詳しく聞いてみるか。それに、俺がいるんだから、もう変身する必要なんてないよな。元の姿の方が可愛いんだから、ぜひそうしてもらおう。』
一瞬でそこまで考え付いた俺は、自分の思考の冴えっぷりに恐怖を抱いた。頭良くなりすぎだな。
さて、2つ目だが、こっちはかなり重要だ。
レイガーの『君は何だ?』という言葉の意味が分かったのだ。
結論から言って、多分だが、俺を『異世界人』だと疑ったり、怪しんでいるわけではない。
本当に、どこの誰かが分からないのだろう。
『まぁ、異世界人なんて発想は無いわな。』
俺は心の中で安堵のため息をついてから、レイガーにはあらかじめ用意していた設定を答えた。森の中で、リーシュにした説明と同じものだ。
「なるほど。薬草をね。不治の病ね。ふーん。」
ダメだな。台詞が完全に棒読みだ。
リーシュと同じ説明で乗り切れるほど甘くないか。
仕方ないな。ここは話を強引に進めてうやむやにしてしまおう。
「それでですね、リーシュについて街に来たら、この二人に出会ってですね……」
俺は説明を続けた。納得させられたかどうかは分からないが、とりあえず筋の通った説明になっているので、変にツッコミにくいだろう。
「なるほど。最初以外に嘘はねーようだな。まぁ、俺はお前がどこの誰だろうが、この街でやんちゃしすぎないなら構わないんだよ。お前らも、あんまりオイタするんじゃねーぞ。」
そう言いながら、レイガーは軽い威圧を飛ばしてきた。
ギルサムも使っていたが、威圧というのは案外誰でも使えたりするのかもしれない。
「「は、はい!」」
左右から緊張を含む声が聞こえてきた。どうしたのかと思い左右を見ると、2人の額にはうっすらと汗が滲んでいた。
これくらいで緊張するのかとも思ったが、リーシュが緊張しているのだ。
俺も緊張しておいた方がいいのだろうか。なんてことを考えていると、レイガーの笑い声が部屋に響いた。
「ぶあっはっは!お前、マジで何者だよ!一応、Aランクの威圧なんだがなぁ。なぁエルア。俺の威圧どうよ?」
そう問いかけられたエルアさんを見ると、僅かだが呼吸が浅くなっていた。
「問題ないかと。まだまだ本気ではないにしても、並の冒険者であれば固まってしまうレベルです。」
「だよなぁ。」
エルアさんとレイガーのやり取り。そして、リーシュとミューの反応から、俺は自身のリアクションが間違っていたことを悟った。
ここは多少なりビビらなければならない場面だったようだ。
『知らねーよ……。』
まぁ、後悔しても仕方ない。鈍感なのでと押し通すにしても無理があるだろう。
ただただ苦笑いをするだけの俺を見て、これ以上は何も出ないと判断したのか、レイガーは続きを話し出した。
「さて、ギルド内で暴れたことについてのお仕置きだが、とりあえずは罰金だ。もちろん、修繕費も込みだ。金額はエルアから聞いてくれ。」
レイガーから続きを託されたエルアさんは、手帳から1枚の紙きれを取り出した。
「建物の修繕費が100万リムです。あ、これは相手と折半した金額です。あとは、罰金が1人当たり10万リムで、合計は140万リムとなります。見たところ、皆さんはパーティーのようですので、個別にお支払いいただけないのであれば、パーティーで払っていただいて構いませんよ。」
告げられた金額に対して、俺は二重の意味で驚いた。
まずはこの世界の通貨の単位だ。旅の途中やレストランの支払いなんかは、全てリーシュにお任せだったため、聞くことはなかったのだ。
なんとも情けない話だ。
きちんと確認しておけば良かった。
2つ目は金額の大きさだ。
日本円に換算していくらになるか分からないので、140万と言われてもいまいちよく分からないのだが、仮に、日本円と同等であるならばとんでもない金額だ。
大企業に勤めていた頃の俺の年収と同じくらいになる。俺が開けた穴を塞ぐだけならば、そんな金額は絶対にかかったりはしないはずだ。
「「140万リム……」」
リーシュとミューの声が重なった。その声はかなり弱々しい。
リンドウに至っては遠くを見つめたまま固まってしまっていた。
「ん?ああ、金額がちょっと高いだろ?ついでにギルドも直そうと思ってな。お前らに吹っ掛けてみたんだ。」
そう言って、高笑いするレイガー。
「あ、あの!ギルド長!こんな金額、とてもではないですが払えません!」
リーシュが物申した。確かに、一括で払えと言われても困る。
なにせこちらには、そんな大金はないのだ。
すると、今まで笑っていたレイガーの顔から笑顔が消え、先ほどとはまた違った質の威圧を放ちだした。
「小娘。ギルドのことは俺が決めるんだ。お前らの意見など聞かん。」
その言葉と威圧に、リーシュが少し泣きそうになっていた。
セリフだけ見れば、どこぞの闇金かとも思うが、レイガーの言うことも分かる。
金額が多少高かろうが受け入れよう。喧嘩を売ってきたのは向こうだが、それを買って、相手を吹き飛ばしてしまったのも、壁に穴をあけてしまったのも俺だしな。しかし、リーシュに威圧を放ったことは許すことができない。
「ギルド長。俺が全部請け負うよ。いいだろ?」
最後のセリフに、お返しとばかりにとびきりの威圧を込めてやった。恐慌状態になったりして…なんてことも思ったが、曲がりなりにもAランクなんだ。大丈夫だろう。
「わ、分かった。負担については任せる。ギルドとしては、金額が納められればそれでかまわない。」
レイガーの威圧の倍でお返ししてやったが、言葉が詰まるだけか。
Aランクってのは、伊達じゃなさそうだ。




