リサ~異世界㊶ひとつの終わりと始まりの予感~
~リサ~
目の前の地獄と向き合ったのはいいが、一体どうすればいいか分からなかった私に、悪魔さんが止められるだろう方法を教えてくれた。
「マスター。いいですか?あの魔物たちは、マスターのスキルで目覚めたものたちです。マスターが命令すれば、必ず消えるはずです。」
「分かった!」
私は力強く頷いた。この方法で止まるかどうかは分からなかったが、何も分からない状況なのだ。とりあえず、何でもやってみるしかない。
そう思い、両手を胸の前で組んで、祈るようなポーズをとった。
『みんな……ごめんなさい。私が弱いせいで、みんなに辛い役割をおしつけちゃった……。』
私は心から祈った。
このポーズや、言葉にしなかったことに特別な理由はない。ただ、言葉にすると軽くなってしまうような気がしただけだ。
『う…あ…人間……死ね…』
『王……守る……』
『もう……許さ……い』
頭の中に、魔物の声が響く。
悲しみ……憎しみ……
この場に存在するすべての魔物の言葉が頭の中に入って来たのではないかと思うくらいだった。
「これは……」
「あいつらの声か……」
悪魔さんとメタきちさんが驚きの声をあげている。どうやら、皆にも聞こえているのだろう。
『ごめんなさい。もういいよ。あなたたちに嫌な役目を押し付けちゃった……。これは全部、私のせいだから……』
私は言葉を飾らずに、心から思ったことを語り続ける。
すると、魔物たちに変化が現れた。
「ま、魔物たちの動きが……」
「鈍ってる……?」
悪魔さんとハーピィーさんが信じられないという感じで話している。
私が目を開けると、さきほどまで人間を殺していた魔物たちの動きが、少しだが鈍っているように感じられた。
「嬢ちゃん……もう少しだ……」
「はい……」
もう少しで止まるという意味なのかは分からなかったが、メタきちさんは目の前の魔物たちを、ただ真っすぐに見つめていた。
『王……害する者……殺す……』
『人間……許さない……』
『恨み……怨……み……』
再び祈りを捧げた私の頭の中に、さきほどまでとは違う、魔物たちの強い怨念が流れ込んでくる。
平和に暮らしていただけの魔物が意味もなく殺された。
殺さなければ、殺されていた。だかこそ、生きていくために、仕方なく人間を殺した。
魔物の家族が目の前で殺され、バラバラにされていった。
生きていた頃の魔物たちの数えきれないほどの悲しい場面が、私の頭の中で再生される。
その全ての映像は、「人間」に対する憎悪を抱かせるには十分なものだ。
けれど、私はもう間違わない。
『あなたたちの苦しみは、私が全て引き受ける!憎しみに負けて、あなたたちを呼び出してしまった情けない私だけど……魔物と人間が共に笑い合えるだけの世界を作ってみせるから……。一度だけでいい……あなたたちの王である、私を信じて!』
強い決意とともに、理沙が心からの祈りを捧げた直後、理沙の体から光が溢れ、それが光の奔流となって、戦場全体に満ち溢れた。
「リ、リサちゃん!」
「マスター!」
理沙から溢れ出した光に驚くハーピィーと悪魔。
そんな驚く2人をよそに、ただひたすらに戦場を見つめ続けるメタきち。
少しして、戦場に溢れ出た光が消えていく。
「空気が……変わりましたか?」
悪魔さんの言葉を聞いて、私は目を開けた。
見える範囲にいる魔物たちは、その場に力なく立ち尽くしていた。
どうやら、この地獄を止めることに成功したようだ。私はほっと胸を撫で下ろした。
「お、おい!」
それまで、ただ真っすぐに戦場を見つめていたメタきちさんが、慌てたように声を出す。
また何か始まったかと思った私は、慌てて戦場に視線を戻した。
「消えていく……」
視線の先では、さきほどまで立ち尽くしていた魔物たちが、まるでその役割を終えたかのように、全て塵と化していった。
それを見ていた兵士たちは、一体何が起こったのか分からないという様子で、ただひたすらにその光景を眺めていた。
「止まりましたね……。これで、この戦いは終わります。」
悪魔さんはそう言って空へと飛び立った。そして、戦場の中心でピタリと静止した。
「聞きなさい。人間どもよ。この戦いは、今、終わりました。」
悪魔さんによる終結宣言だ。
悪魔さんのこの言葉を聞いた兵士たちは、次々に武器を手離していく。
静かな戦場に、武器が落ちる音だけが響いていた。
そんな中、悪魔さんはさらに言葉を続けていく。
「生きたことを喜びなさい。命あることをかみ締めなさい。そして、魔物にも命があることを知りなさい。」
戦場で生き残った兵士のほとんどが、膝を抱えて涙していた。
武器が落ちる音が聞こえなくなった戦場で、兵士の泣き声がこだまする。
「我々は、人間から手を出さなければ、むやみに人間に手を出すことはありません。そしてこのような悲劇を繰り返さぬように、それを伝えなさい。」
悪魔さんの声だけが、戦場に響き渡る。
もはや誰も涙を流してはいない。
誰しもがこの戦いを嘆いているようで、その瞳に映るのは、2度とこのような悲しみを繰り返さないという決意だけだった。
「それが理解できたのであれば、ここから立ち去りなさい。死した人間の亡骸は、我々が責任をもって弔うことを約束します。」
悪魔さんがそう告げると、残された兵士たちはそれぞれに立ち上がり、王国へと帰っていった。
ある者は親しい人の遺物を手に。
またある者は、その亡骸を抱え。
王国軍の人的被害は800にも及んだのだが、この争いは、どの歴史書にも記されることはなかった。
こうして、歴史に記されることのない、人間と魔物との争いが、ここに終結した。
~王国にて~
王城の1室にて、何やら怪しげな話をしている3人がいた。
その3人は、使い魔からの報告を受けて、大きくため息をついた。
「ふん……どうやらハッシュのやつはくたばったようじゃのう」
不満そうに話すのは、王国の要職に就いているうちの1人だ。
「これで、経済の中心は王に抑えられましたな。」
ため息を漏らしながら話すのは、王を蹴落として実権を握ろうとする勢力のうちの1人。
「なに……かまわんよ。これで魔王様が乗り込んできてくれれば、王は何らかの対応を迫られるはず。金にせよ土地にせよ、王の力が削がれることに違いはない。」
「仰る通りですな。」
そう言いながら、2人は下卑た笑みを浮かべている。
「では、魔王様がお越しくださった際、失礼のないように準備でもしておきますか?」
王国の要人である2人に向かって、対等に話しかけているこの人物も、2人に劣ることのない、王国に欠かすことの出来ない人物だ。今回の争いで、『魔王』として認識されてしまった理沙は、王国だけでなく、世界から狙われることになっていくのだが、それを本人が知るのは、まだまだ先の話だ。




