リサ~異世界㊴魔物の王~
~仲間たち~
理沙の魔力が衝撃波となって周囲に拡散されたことを知った悪魔とメタきちは、それぞれの場所で、主に起こった異変に気が付いていた。
「マ、マスター?」
「嬢ちゃん?」
捕縛魔法により、その場で足止めをくらっていた悪魔だったが、ようやく魔法使いたちが魔力切れを起こしてくれたことにより、なんとかその場から動き始めることが出来ていた。しかし、直後、狂戦士化した兵士たちに囲まれるという敵の連続攻撃に遭ってしまい、その対応に追われていた悪魔と、強制転移により、少し離れた場所に飛ばされ、これまた悪魔と同様に狂戦士化した兵士たちに囲まれていたメタきちが、突然雰囲気の変わった自分たちの主を見つめていた。
自分たちの主であるリサの変化にも関わらず、2人の周囲の兵士たちも、今までの戦闘がまるで嘘かのように、その場にいる全員が理沙から目を離せないようだった。
そんな状況の中で、辺り一帯に、自分たちの主の声が響き渡る。
『魔物の王として命令します。この地に眠る全ての魔物よ。私の剣として、そして盾としてこの地に復活しなさい。』
主がそう唱えた瞬間。
大地が大きく隆起し、立っていられないほどの揺れが大地を襲った。
「これは!ハーピィー!メタきちを!」
悪魔が今まで見せたことのない焦りの表情を浮かべ、ハーピィーの名を叫んだ。
その言葉に、今までがむしゃらに魔法を撃ち続けていたハーピィーが我に返り、メタきちの下へ全速で向かっていった。
「メタきち!」
空中から急降下してきたハーピィーがメタきちを乱暴に掴み、再び空中へと離脱する。
~王国軍~
「な、何事だ!」
突然の揺れに対して、後方の陣でなんとか踏ん張っていたハッシュも、さすがにこれほどの揺れや大地の隆起を目の当たりにしたことはなく、底知れない恐怖に襲われていた。
しかし、ハッシュはこの後、この恐怖がほんの序章であることを知るのだった。
「お、治まったぞ!」
兵士の誰かが叫んだ。
この時点で、大地の隆起に巻き込まれ負傷した者がかなりいて、辺りは地獄絵図のようになっていたが、生き残った兵士たちは、この後、本当の地獄を目にすることになるのであった。
「う、うわぁぁぁぁ!」
この戦場に、どこからか兵士の絶叫が響きわたる。
「な、何だー!」
「う……わぁぁぁ!」
それを皮切りに、戦場のあちらこちらから悲鳴があがる。
「な、何事だ!」
戦場全てを覆いつくすかのように響き渡る悲鳴の中で、王国軍のトップであるハッシュは、状況を把握しようと必死に声を出していた。
「おい!答えろ!」
陣の中で戸惑う兵士の胸ぐらを掴み詰め寄るハッシュだが、陣の中にいるだけの兵士に、状況が分かるはずもなく、兵士はただただ戸惑うだけであった。
「えぇい!埒があかん!」
ハッシュは掴まえた兵士をその場に投げ捨て、危険だと思いつつも、自ら陣の外へ出た。
「うわぁぁぁぁ!」
「く、来るなー!」
兵士の悲鳴がこだまする戦場に出たハッシュは、目の前の光景に思わず絶句した。
大地が揺れたのは知っている。その大地が隆起しているのも知っている。
だが、目の前の光景だけは、いくらハッシュといえども、理解の範囲を大きく超えるものだった。
「な……何なんだ……」
ハッシュの目の前で、次から次に魔物が誕生していた。それは、何もないところから魔物が現れているのではない。よく見ると、隆起した大地から、次々と魔物が現れているようだ。
そしてその数は、もはや大量という言葉では表現できないほどだった。
大地の揺れと隆起に加え、そこから突然現れた魔物を前にした兵士の恐怖は計り知れないものだっただろう。
だが、それはそれだ。
戦場で混乱するといことは死に直結する。それを分かっているハッシュは、あらん限りの声で叫んだ。
「ひ、怯むな!よく見てみろ!数こそ多けれど、すべて雑魚ばかりではないか!隊列を組みなおせ!この陣を中心として、魔物の攻撃を防ぐのだ!」
このような状況になっても、ハッシュは指揮官として優秀であった。
周りをよく見て、兵士たちの士気を保とうとしたのである。
実際、現れた魔物たちのランクはそれほど高くはない。駆け出しの冒険者でも、冷静に対処すれば苦戦しないレベルの魔物ばかりだ。訓練を積んでいる兵士ならば、敵にもならないだろう。
しかし、『数の暴力』とはよく言ったものだ。
いくら底辺レベルの魔物でも、視界を埋め尽くすほどの数が襲ってくれば、対処のしようがない。
「くそっ!」
実際、兵士の一人が剣を振るい、目の前の魔物を攻撃した。
目の前から、魔物が数匹姿を消すが、兵士の周りには数えきれない魔物が未だに存在しており、その全てがこちらを見つめていたのだ。
しかも、いまだに大地からは魔物が生まれ続けている。
頼りの狂戦士たちも、ハーピィーの魔法によって、ほぼ虫の息だ。
肉の壁程度にならなることはできるだろうが、互角にやり合えるかと聞かれれば、答えは否だろう。
目の前で次々と生み出される「魔物」
その魔物に蹂躙されていく「人間」
その恐怖に耐えきれず、かろうじて意識を保っていた兵士が、またも次々に叫びだした。
「おい!落ち着け!」
戦場に響き渡る人間の「恐怖」を収めようと、ハッシュは必死に声を出した。
しかし、いまやそれを聞く人間はいない。現に、魔物は今も発生し続けているのだ。
自分の身を守ることに必死な人間の中で、誰が他人の言葉に耳を傾けるだろうか。
戦場にこだまする人間の恐怖の叫びと、魔物により与えられる一方的な殺戮。
その全てが、今まさに、頂点を迎えようとしていた。
「だ、誰か!退却する!私を守れ!」
ついに、ハッシュは退却を選択した。本来であれば、この退却は許されるものではない。王に大見得をきって出陣したのだ。魔王の首を獲るどころか、自らの戦力を大幅に減らしたと知られれば、ハッシュの立つ瀬はないだろう。
しかし、指揮官としての判断力は優秀だ。
負けを悟り、いの一番に逃げだすことは悪いことではない。
何事も、命あっての物種ということを、ハッシュはよく理解していた。
だが、この極限の恐慌状態の中で、彼の命令を実行に移せるだけの人材は、残念ながら存在していなかった。
「た、退却だー!え……?」
退却しながらも号令を出し続けるハッシュだったが、目の前で戦っていた魔物たちの動きが突然止まったことに対して驚きの声をあげた。
さらに、ハッシュの視界に映る全ての魔物たちが同じ方向を向いたのである。
「な、何だ……」
その異様な光景を見て、ハッシュは足の震えが止まらなかった。
すると、魔物たちの視線の先に、傷ついた獣をその胸に抱き、神々しいまでの輝きを放ちながらこちらに歩いてくる人間の姿があった。
「ま、魔物の王よ……」
ハッシュの直感が、目の前の人間を魔王だと判断する。
そして、ハッシュは自然と膝を折り、目の前の魔王に言葉を発しようとした次の瞬間。
『……滅ぼしつくしなさい』
ハッシュは、最後の希望を抱き、理沙に交渉を持ちかけようとした。しかし、魔王はその言葉を最後まで聞くことなく、無慈悲に、そしてどこまでも慈愛に満ちた声で、魔物たちに命令を下した。
ハッシュは、その声に、我々「人間」を虫けらとしか見ていないことを知った。
同時に、自分たちの愚かさを思い知った。
我々はこれから命を奪われる。それこそ、我々人間が魔物にしてきたように。
ただ何も感じず。ただ何も思わず刈り取ってきたその「命」。
今なら分かる。
魔物にも心があったのだ。
しかし、それはあまりにも遅すぎるものだった。
周囲すべてをゴブリンに囲まれたハッシュは、抵抗することなく静かに目を閉じた。
『魔物の王よ。この命で償えるとは思えない。しかし、これで赦してもらえないだろうか。』
それが、傲慢であったハッシュの最期の願いだった。
~仲間たち~
そこから戦場はさらなる地獄へと化していった。
「ギャァァァ!」
「グ、グワァァァ!」
戦場に兵士たちの絶叫と大量の血が流れ、大地を赤く染めていった。
「こ、これは……」
悪魔が空中で驚愕の声をあげた。
「な、何なの?」
メタきちを掴んだハーピィーも驚きの声を漏らす。
その体は僅かだが震えていた。
それはそうだろう。
地面が大きく隆起したかと思ったら、そこから魔物の大軍が現れたのだ。
「マスターの……力……?」
悪魔が、信じられないという顔でつぶやく。
「でも……あの魔物たち……泣いてる?」
ハーピィーが魔物を指さす。
それは、兵士に止めを刺す瞬間の魔物だった。
その顔は、喜びに満ちているものではなく、両の瞳から涙を流していた。
この現象は、この魔物に限ったことではなかった。
戦場の全ての魔物が、それぞれに涙を流していたのだ。
「な、何なの……」
得体の知れない存在を前にして、ハーピィーは震えが止まらなくなっていた。
「馬鹿野郎!震えてる場合か!嬢ちゃんのとこに行くんだよ!!」
メタきちの怒声で我に返った2人は、全速力で理沙のもとへ向かった。




