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リサ~異世界㊲分断される仲間たち~


~悪魔~


「ん?」


王国軍の右舷に待機している悪魔は、戦場の空気が変わったことに違和感を覚えた。

先ほどまでの空気が一変し、戦場全体に禍々しさが広がっていく。それは例えではなく、実際に瘴気のようなものが広がっていったのだ。


「毒……いや、幻惑系ですか?それにしても……兵士どもに変化がないですね。一体……」


長き時を生きる悪魔の知識でさえ、このような効果を持つ魔法やアイテムの類は知らなかった。しかし、見る限りだが、兵士に何の影響もないことから、作戦継続を決定する。

そしてその直後、兵士たちに暴風が吹き荒れた。

ハーピィーの魔法により、目の前の兵士500人のうち、前線の100名ほどが吹き飛ばされていった。


「よし。では私も……」


ハーピィーに続いて、魔法を放とうとした悪魔の手が止まった。

戦場の違和感に気が付いたのだ。



「悲鳴が……聞こえない?」



そう。

吹き飛ばされた100名だけでなく、それを目の当たりにした兵士たちの誰一人として、悲鳴を上げていないのだ。普通であれば、突然攻撃を加えられて、とんでもない数の味方が吹き飛ばされれば、悲鳴の1つや2つ聞こえてきてもおかしくはない。

そう思った悪魔は、戦場の兵士たちに注意を向けた。


「幻術……いや、吹き飛ばされている兵士は本物ですね。」


吹き飛ばされた兵士が地面に落下し、無惨な姿となっていることを確認した悪魔は、後方の兵士の表情を見て、意味が分からないというように、眉をひそめた。


「状況を理解していないのか?」


自分自身が出した答えに、まさかそんなはずはないだろうと自己否定をおこなう。

どこの世界に、真横の見方が吹き飛ばされて気が付かない人間がいるだろうか。

そんな可能性を考えるのであれば、もっと違う可能性を考えた方がまだ現実的だ。

そんなことを思いながらも、思考を止めることのない悪魔は、ある結論を導き出した。


「……狂戦士か。」


狂戦士という結論を導き出した悪魔であったが、この現状で、そんなことをしてもまるで意味がないのではないかとも思っていた。

狂戦士とは、死や恐怖、そして痛みをまるで感じることなく、ただひたすらに敵を倒すことだけに特化した者のことを指す。また、狂戦士となった者は、防御力が下がる代わりに、素早さと攻撃力が跳ね上がるのだ。


『この状況で、兵士を狂戦士にする意味が果たしてあるのだろうか……いや、まるでメリットがないだろうに……』


狂戦士となって、痛みや恐怖は消えるだろうが、狂戦士の効果が消えた後、その兵士は長い期間使い物にならなくなるのだ。そんな効果を考えると、マスターを含め5名しかいない我々に対して、500もの人間を狂戦士化させることは、まさに無駄の極致だ。


「そんなことをしなくても……ま、まさか!?」


悪魔が何かに気づいて、慌てて理沙のところに戻ろうとした時、体の自由が利かないことに気が付いた。


「なっ!捕縛魔法だと!」


通常、魔物に対する捕縛魔法は、自分より弱い者にしか効果がないとされている。

仮に自分よりレベルの高い相手の捕縛に成功したとしても、それは数秒から数十秒程度で外れてしまうのだ。

しかし、この魔法にはある例外が存在していた。

その例外を使ってきているということに気が付いた悪魔は、苛立ちを隠せなかった。


「こんな無駄なこと……私の足止めのためだけにこれほどのことをするとは……」


王国軍の採算度外視な小細工に、徐々に怒りが増してくる悪魔。

悪魔をイラつかせている要因は、狂戦士化という王国軍の小細工だけではない。

1番は、捕縛魔法によって自分が拘束されてしまっているという点だ。

捕縛魔法というのは、一度成功すると、どれほど力や魔力が優れていようとも、術者を倒さない限り外すことはできないのだ。

もちろん、捕縛魔法に対する耐性によっては、魔法にかかりにくくすることも出来るし、アイテムによって解除することも可能なのだが、すでに捕縛されてしまっている今の悪魔には、そのどちらの手段も取ることができなかった。

それを理解しているのか、王国軍は、悪魔に対して効果があろうがなかろうが、そんなことはお構いなしに次から次に捕縛魔法をかけ続けている。

これが、捕縛魔法の例外だ。

数による蹂躙と言えば聞こえはいいだろうが、実際には、魔法が成功するまで延々と魔法を掛け続けるという、まさにギャンブルのような戦法だ。


『ちっ……。相手を甘く見すぎましたね。今から耐性を上げるバフを掛けたところで、次から次に捕縛魔法をかけられている状況では意味はない……くそ!』


内心で悪態をつく悪魔。

その時、遠くから、人間の倒れる音が聞こえてきた。どうやら、魔力切れを起こして意識を失ったようだ。


『兵士が襲ってくるわけでもない……本当に足止めだけが目的か。となると、やはり狙いはマスターか。』


次から次に人間が倒れていく様を、ただじっと見つめる悪魔。

術者が全員魔力切れをおこし、この魔法から解放されるまで、悪魔はただひたすらじっとしているしかなかった。




~ハーピィー~


「さてと、あとはあいつが横から魔法を放ってくれれば、私の仕事は終わり……え?」


空中で魔法を放ったハーピィーは、目の前の兵士たちの様子がおかしいことに気が付いた。


「な、何なの?吹き飛んでるのよ?怖くないの?」


地上を進む兵士たちは、まるでその意思を全て消し去られたかのように、ただ真っすぐこちらに進んでくる。どの兵士も、その瞳は血走り、空中にいるハーピィーに向かって、ただひたすら剣を振っていた。


「き、気持ち悪い!」


得体の知れない恐怖に襲われたハーピィーは、2発目の魔法を放った。

魔法が直撃し、1発目と同じだけの数の兵士が空を舞った。


「ハァ……ハァ……」


2発の魔法を放っただけのハーピィーだったが、その息はすでに切れ切れだった。

ステータスの上がったハーピィーが、たった2発の魔法を放っただけで息が上がるはずがない。

ハーピィーの息が上がっていた原因。

それは「恐怖」によるものだ。


魔物は恐怖を感じない。


そう思っているのは人間だけである。

魔物にも感情があり、命に対して敬意を払うことだってある。

現に、狂戦士化した戦士たちを見て悪魔は苛立ちを覚えている。これは、空中からの攻撃に対し無防備になってしまう狂戦士化という選択が、あまりにも非人道的な行為だからだ。


今、ハーピィーの目の前にいる兵士たちは、命に対してまるで執着心がない。

ハーピィーをただの「獲物」として、本能だけで向かってきているように思える。


「な、何なのよ!」


この現象に心当たりのないハーピィーは、自身が感じた恐怖を、言葉にして吐き出すことしか出来なかった。しかしこの時、さらにハーピィーを恐怖に陥れる現象が起こった。


「う……嘘……」


吹き飛ばした兵士たちが起き上がったのである。

その手足はちぎれ、五体満足でいる者など誰一人存在していなかった。

なんとか命を繋ぎとめているだけの者が、次々と起き上がってきたのだ。

迫りくる不気味な恐怖はあったものの、「空中」という絶対的なアドバンテージを有しているということから、ハーピィーはさらに魔法を放っていく。


これこそが、王国軍の真の目的であるということに、ハーピィーが気付くことはなかった。




~王国軍~


「ハッシュ様。会議で報告があった魔物のうち、2体の足止めに成功しております。さらに、斥候からの伝令で、魔物の王を発見。我々の陣の目の前にいるようで、すでに残りの戦力によって、包囲は完了しているとのことです。」


側近の報告を聞いて、本陣の遥か西方の「本陣」にいるハッシュは満足げに頷いた。


「完璧だな。よし。手筈通り、魔物の王とそのシモベをさらに分断せよ。」

「はっ!」


500もの兵士を囮に使い、さらに狂戦士化を施すアイテムを使用したハッシュ。

反乱のために用意した軍と資金の7割近くを使い切ってしまったが、現状の成果にはおおいに満足していた。


「くっくっく……狂戦士化のアイテムを使ってしまったのは痛いが、これで、この国は私の物だ……。」


その瞳には、この戦いの後に自らが座るであろう玉座を映し出していた。

いや、ハッシュの瞳には、それ以外のものなど、最初から映っていなかったのである。

ハッシュの手元に残る500もの兵力が、静かに、だが確実に理沙たちに襲いかかろうとしていた。


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