リサ~異世界⑨転~
メタきちさんが驚きの声をあげるが、悪魔さんはそれを思いきり無視して話を進めた。
「あ、あとキラー。あなたはリサさんを乗せて移動しなさい。それとハーピィー。あなたはリサさんの目になりなさい。あなたなら、冒険者に気取られることなく空から監視するくらい余裕でしょう?」
「うん!」
「え?」
悪魔さんの追加の提案にメタきちさんが心底驚き、キラー君が楽しそうで、ハーピィーさんが不安そうだった。とりあえず、私の意見も聞いて欲しいなとも思ったのはご愛敬だろう。
「ちょっ!ちょっと待て!俺がついて行く理由がないだろ!むしろ、ついて行くと狙われるだろ!」
メタきちさんの反論も理解できる。
メタきちさんは、メタルスライムという珍しい魔物なのだ。連れて歩いた日には、冒険者に攫われるかもしれない。
「それなら大丈夫なはずです。忘れたとは言わせませんよ。あなたは昔、あの若者たちについて行ったでしょうに。その時は狙われなかったでしょう?」
「む……。」
悪魔さんの言うことに、メタきちさんが言葉を詰まらせる。
確かに、メタきちさんは捕まることなく冒険を終えている。悪魔さんの言うことが正しいのであれば、メタきちさんがついて行った人と同じスキルを持つ私と一緒にいれば、メタきちさんが攫われてしまうことはない。
「当時はどんな力が働いているのかまでは分かりませんでしたが、おそらくリサさんが仲間だと認識した魔物には保護がかかるのでしょう。まぁ、これも検証が必要ですが、大人しくしていれば大丈夫だと思いますよ。」
「リサちゃんのスキルには、隠れた力があるってこと?」
悪魔さんたちのやりとりを聞いて、私はもう一度スキルページを開いた。
この1ヶ月で、だいぶこちらの世界にも馴染んだので、メニューウインドの扱いもずいぶんと慣れたものだ。
「見てみたけど、やっぱりそんな能力はないよ?」
改めてスキルを確認したが、以前と変化はなかった。
「検証が必要だと言いましたよね。先程も少し言いましたが、リサさんのスキル保護下に入ると、もしかすると、悪い魔物という認識が取り払われるのかもしれません。あるいは、飼い主とペットのように認識されるのかもしれませんね。どちらにせよ、悪さをしなければ大丈夫でしょう。」
「ふーん……。」
なんとなく納得する私の横で、メタきちさんはまだ何か言いたそうだったが、最後は諦めたようだ。
「さて、話はここまでです。ん……」
締めの言葉を言った悪魔さんの様子が急におかしくなった。まるで何かに気付いたかのようだ。
「どうしたの?」
「いえ……メタきち。ハーピィー。外の様子がおかしいです。見に行きますよ。」
悪魔さんがそう言うなり、2人の空気が変わった。それと同時に、キラー君が立ち上がり警戒を強めている。
その様子を見た私は、ただただ狼狽えることしか出来なかった。
「キラー。あなたはここにいてリサさんを守りなさい。リサさん。そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。」
それだけ言うと、メタきちさんたちは森へと向かって行った。
それから少しして、私がキラー君に時魔法をかけて遊んでいると、ログハウスの扉が勢いよく開けられる音がした。
私が驚いて玄関に向かうと、そこにはボロボロになったハーピィーさんの姿があった。
「ハ、ハーピィーさん!どうしたの!」
「リ、リサちゃん……。に、逃げて……。」
私の目に飛び込んできたハーピィーさんの姿は、この短時間で一体何があったのかと思うほどにボロボロで、ハーピィーさんの美しい羽は、あちこちが黒く煤けていた。
「だ、大丈夫!?」
そんな状態のハーピィーさんに、私は慌てて駆け寄り、ケガがないか確認していく。
幸いにも、ケガはしていないようだ。羽が黒く煤けているのは、灰を被ってしまったからだそうだ。
「灰って……燃えてるの!?」
私は扉を開けて外に出た。
ログハウスの周辺に変化は無いが、辺りには焼けた匂いが立ち込めていた。
「そうよ……。どうやら、冒険者が私たち魔物を追い込むために燃やしたみたいね。具体的に何が目的かは分からないけど、人間にとっても資源であるこの森を燃やしてくるなんて、思いもしなかったわ……。」
悲しそうな表情を浮かべるハーピィーさん。
「そ、そうだ!メタきちさんと悪魔さんは!?」
「大丈夫。魔物たちを誘導しながら、ここにたどり着きそうな冒険者の相手をしてるわ。私も相手をしたかったけど、リサちゃんに知らせて来いって言われて……。今回の冒険者たちは本気ね。ここにたどり着くのも時間の問題よ。キラー。リサちゃんを連れて逃げなさい。」
メタきちさんも悪魔さんも、それにハーピィーさんも、おそらくかなり強い。そんなハーピィーさんがそう言うくらいだから、この森がピンチだということは間違いないだろう。それだけ、冒険者が本気だということも理解できた。だが、ハーピィーさんの最後の言葉だけは、何を言っているのか全く理解できなかった。
「わ、分かった!リサ。行こ……」
キラー君も、ハーピィーさんがそこまで言うとは思わなかったようで、かなり狼狽えていた。王者の血を引いているとはいえ、まだまだ子ども。ハーピィーさんの勢いに押されて、尻込みしてしまっている部分もあるのだろう。
ハーピィーさんに言われるまま、私を連れていこうと服の裾を咥えて歩き出した。
「何で……」
「リサちゃん?」
私の裾を引っ張るキラー君を振りほどいて、私はハーピィーさんを正面から見た。
「嫌だよ!森が燃えてるんでしょ?みんな大変なんでしょ?私にだって、何か手伝える事があるかもしれないでしょ!私だけ逃げるなんてできないよ!」
私が逃げなければならない理由はなんとなく理解できる。しかし、私だけが逃げるということが、どうしても許せなかった。
ここで、僅か1ヶ月だけだが、みんなにいろいろなことを教えてもらって強くなれた。だからこそ、何の役にも立てないということもないはずだ。それに、そこまで冒険者が迫っているならば、私だけが逃げたところで、いずれ捕まってしまうのではないだろうか。それならば、ここにいようが、メタきちさんたちと一緒にいようが関係ないはずだ。
「私も何かする!みんなを置いて、1人だけ逃げるなんて嫌だ。」
強い決意を込めて、私はハーピィーさんに宣言した。すると、ハーピィーさんは優しく微笑んで、私の手を取った。
「聞いてリサちゃん。あなたはね、私たち魔物にとって、本当に守らなきゃならない希望なの。メタきちも悪魔も、あなたを守るためなら命だって惜しくないはずよ。」
「守ってもらわなくてもいい!私も一緒に戦う!」
私はハーピィーさんの手を振りほどいた。
この時の私は、自分には何もできないという事実が許せなかった。
兄を失って……失意の底から力を手に入れてここまでやってきた。
その力も、ようやく使えるようになった矢先の事だ。
『また……私は失うの?みんな、私から奪って行くの?』
力が欲しいと願ったのは、これで3度目だ。
1度目は母親を失った時。私に何かを変える力があれば、母親は死なずに済んだのではないだろうかと思った。
2度目は兄を失った時。もっと早く、兄の変化に気づいていれば、こんなことにはならなかったのではないかと思った。
そして3度目。
『誰かを傷つける力じゃない。みんなを守るための力が欲しい。』
そう思った私は、拳を力一杯握りしめていた。
すると、ハーピィーさんが、強く握られた私の手を、自分の手でそっと包んできた。
「リサちゃん。落ち着いて。私たちは何も死ぬわけじゃないわ。あなたが逃げるまでの時間を稼ぐだけよ。あなたが逃げてくれれば、その分だけ私たちも早く逃げられるんだから。ほら、急いで。」
子どもに言い聞かせるように私に逃げるよう促してくるハーピィーさん。
『嘘だ……』
私はハーピィーさんの顔を見てそう思った。確かに、メタきちさんも悪魔さんもかなり強いと思う。
そこにハーピィーさんが加われば、そうそう負けることはないだろう。
しかし、それはあくまでも『普通』ならだ。
今回のように、地の利を奪われ、後手に回らざるをえない状況を『普通』とは言わない。
「嫌だ!私は、みんなを助けに行く!もう、失う悲しみなんて、味わいたくない!」
私は再びハーピィーさんに宣言する。
キラー君はどうすれば良いか分からず、おろおろしていた。
「ちょっ!ダメよ!言うことを聞きなさい!」
「あなたのマスターは私。言うことを聞くのはハーピィーさんだよ。さあ、私を2人のいる場所に案内して。」
語気を強めたハーピィーさんだったが、私の言葉を聞いて、体を2度、3度震わせた後、黙って頷いた。
『仕方ない……よね』
ハーピィーさんが突然、私の言うことを聞いたのには理由がある。
今まで、魔物マスターというスキルを特に意識して使ったことはなかった。というよりも、私のこのスキルをパッシブスキルだと聞かされていたので、意識するとかしないとかの問題ではなかったのだ。
しかし、今回は違う。
『言うことを聞くように』言葉を発したのだ。
強制的に従わせるというのはやはり気持ちのいいものではないが、緊急事態だ。
「って、キラー君は何やってるの?」
少し考えて顔を上げると、ハーピィーさんの横でなぜかキラー君がひっくり返ってお腹を出していた。
服従のポーズのつもりかな?
「じゃあ、行きましょう。」
力強く言葉にして、私たちはメタきちさんのもとへ走った。




