リサ~異世界④信じた先へ~
私は顎に手を置いて考えた。
打算的な人間だなとは思うが、悪くない話だ。
ここで情報を集められるだけ集めた方が、兄を探すための効率はよくなるはずだ。
それに、3人組との出来事があった時、あの人たちが話している言葉が分からなかったことも気がかりだ。
あれは多分、私がこの世界の言語を学んでいないせいだと思うのだが、スキルで言語を習得することが出来るにしても、そのスキルをどうやって習得すればよいのかが分からない。そんな状態で、この誘いを断れば、私は誰とも会話できずに過ごすことになる。
それは困る。
ならば、まずは言語を習得するところから始めるかと聞かれれば、きっと無理だと思う。
幼い頃から学んできたわけでもなく、教えてくれる人さえいない状態で、新言語を習得するということは不可能に近い。仮に、言語を学ぶ機会がを得られたとしても、それを習得するまでにどれくらいの時間がかかるか分からない。それならば、この魔物たちと一緒にいるべきじゃないか。
私はそう思った。
それに、話を聞くことで、目の前の魔物たちをもっと信用できるかもしれない。私が信用すれば、とりあえず死ぬことはなくなるのだ。
『でも、私に親切にしてくれても、返せるものなんて何も無いんだよね……。私でも何かしらの役に立てることがあるんだうけど……。命をよこせとか……ないよね?とりあえず、話を聞いてみよう。』
打算を含んだ思考に区切りをつけて、私は目の前の魔物たちを見た。
「分かりました。今の私は、正直に言って何も出来ません。だから、いろいろと教えてください。」
そう言って、私は深々と頭を下げた。
「よっしゃ!決まりだな。じゃあ、まずはこっちからだ。嬢ちゃんのスキルについて、俺たちが知っていることを教えてやるよ。」
表情を一切変えないままで、嬉しそうに話すメタきちさん。
それにしても、表情が変わらないのに、その話し方で嬉しそうだとか分かる私も、なかなかこの世界に染まってきているなと、改めて思う。
そんなことを考えていると、メタきちさんからとんでもない単語が聞こえてきた。
「嬢ちゃん。まずは、メニューウインドを開いてみな。」
私はその単語が出た瞬間に固まってしまった。
「ん?あぁ、なんで知ってんのかって顔だな。あいつから教えてもらったんだよ。記憶もなくなったりしねぇから安心しな。ほれ。早く開けてみろ。」
私は少し迷ったが、この魔物たちから情報を貰うと決めたのだ。覚悟を決めて視界端のアイコンに意識を向け、メニューウインドを開き、メタきちさんを見た。
「そんなビビらなくても大丈夫だって。な?なんの影響もないだろ?」
自慢げに話すメタきちさんだったが、私としては、言葉の抜け穴をすり抜けられたことによる安堵感で胸がいっぱいだった。
『ただ頷いただけなら、自分が使えるとバレたとはみなされないのか……』
こんなやり方をとってしまっている時点で、私はメタきちさんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。メタきちさんは、どこからどうみても、ただ純粋に私に情報を教えようとしてくれているだけだ。
それなのに、私は、どこまでも自分のことしか考えていない。
その証拠に、今も、記憶がなくなっていないことにホッとしてしまっているのだ。
「リサちゃーん!どう?これで信じてくれた?」
そんなことを考えていると、ハーピィーさんにいきなり後ろから抱きつかれた。
はちきれんばかりの胸が背中に当たる。あと、抱えられている羽がなんとも温かい。
「ちょっ!胸が!」
さきほどまでの悔恨など、あっと言う間にどこかへ吹き飛び、男子中学生みたいなリアクションをしてしまったことに後悔しながらも、私はハーピィーさんを振りほどくことに成功した。
すると、それを聞いたメタきちさんが大きな声で笑い出した。
「あっはっは!あいつと違ってずいぶんと可愛らしい反応だ!それに確信したぜ。嬢ちゃんのスキルはやっぱり魔物マスターだ。ほれ、メニューウインドからスキルページをイメージしてみろ。ステータス画面を飛ばして出てくるはずだ。」
そう言われて、私はメニューウインドに意識を向け、スキルページを見たいと念じてみた。
「あ!出ました。えっと……スキル名は、魔物マスターに時魔法。それと、魔力造形です。あっ!」
「ど、どうした!」
私は思わず自分でとんでもないことを口走ってしまったことに気が付いたのだが、記憶が失われてしまう様子は一切感じられなかった。
どうやら、いつの間にかメタきちさんたちを信頼していたようなのだが、一体、私はいつ、メタきちさんたちを信じたのだろうか。
「な、何でもないです。」
心配そうにこちらを見つめているメタきちに、何もないことを告げると、私はさきほどの続きを考え始めた。
『まさか……ハーピィーさんの胸のやりとりだけで……?』
そんな馬鹿なと思いつつ、それ以外にみんなとの親密なやりとりはなかったはずだ。
なんとも単純な性格だったんだなと思いながらも、記憶がなくならないことに対する喜びを感じていると、何やら考え込んでいる悪魔さんが視界に入った。
「どしたよ?」
私と同じことを思ったのだろう。メタきちさんが悪魔さんに不思議そうに尋ねる。
「いや……そのスキル構成……。どうしてそんな妙なものが混ざっているのかと思いましてね。リサさん。1つお尋ねします。こちらの世界に来た目的を教えていただけますか?」
その質問に、私は、さすが二百年も生きている悪魔さんだと思った。
調停者さんも言っていたが、このスキル構成はそんなにおかしいのだろうか?それよりも、やはりはっきりと異世界人だと告げてから話を聞いた方が、もっとすっきり話が出来るのではないか?
そんなことを思いながら、私は改めてみんなに話し始めた。
「私は、皆さんも知っての通り異世界人です。この世界にいる兄を捜しに来ました。」
「じょ、嬢ちゃん?言ってもかまわないのか?」
メタきちさんが不思議そうに尋ねてきた。さきほどまで、かたくなに認めようとしなかった私が、急に自分から異世界人だと告白したのだ。いきなりどうしたのかと思うのは当然だろう。
メニューウインドの件で、記憶がなくならないことが証明された私は、異世界人だと告げたとしても、この人たちなら本当に大丈夫なのだという確信を得たのだ。
もちろん、ハーピィーさんとのやりとりがダメ押しになったのかもしれないが、私は、メタきちさんに助けられたあの瞬間から、すでにメタきちさんのことを信じていたのだと思う。
まぁ、あれだけ打算的な思考を働かせていたのだ。いまさら何を言っても、後付けにしかならない。そんなことを思いながら、メタきちさんの質問に答えを返した。
「はい。私は、みんなを信じます。」
そう言った直後、ハーピィーさんが喜びを爆発させながら、再び私に抱き着いてきた。
抱き着かれた直後は、どうにかして振りほどこうと思ったのだが、なんだか心の底から喜んでいるようなので、とりあえず、私はハーピィーさんを抱きしめ返した。
その様子を見たメタきちさんと悪魔さんとは、お互いの顔を見合わせて、何やら小さく頷いていた。
キラー君は、話が長くなったせいか、すっかりと眠ってしまっていた。
そんなことをしていると再びメタきちさんから質問が飛んできた。
「嬢ちゃんの兄ちゃんがどうしてこの世界にいると?」
死なないと分かった以上、私の情報を隠していても仕方ない。
そう思った私は、とりあえず、私が知っていることを説明した。
「父の知り合いの天使様に教えてもらったんです。スキル構成なんかも、私は詳しくないから、全部天使様にお任せしました。」
「「「なっ!?」」」
そう答えると同時に、寝ているキラー君以外の声がハモった。そんなに驚くことかと思いながら、メタきちさんたちを見る。
「ちょっ!ちょっと待て!おい。お前ら!ちょい集合だ!」
メタきちさんが集合をかけると、3人は少し離れたところでなにやらヒソヒソと話し始めた。
『それにしても……変な後ろ姿。』
魔物3人の後ろ姿というのは、私の目にはどこか滑稽に映った。
その姿に、思わず笑いそうになる。
私は、ずっと立ちっぱなしというのもしんどいので、その場で腰を下ろした。
「ん?」
そして、私は待っている間の暇つぶしを見つけた。
一方。
3人の魔物は、笑いを堪える理沙から少し離れた場所で作戦会議を行っていた。
「どう思う?」
メタきちが問う。
「嘘……じゃないわね。あんな可愛い子が、嘘なんかつけるはずがないわ!」
意味不明な理由なので、メタきちはとりあえず無視することにした。
「ハーピィーとは理由は違いますが、意見そのものは同じです。しかし天使ですか……。伝説の存在ですね。そんな存在が、たかだか兄を捜しているだけの娘に手を貸すとは……。とても信じられるものではありませんね。」
「まぁ……そうだわな……。」
悪魔の理由に納得するメタきち。
神々の兵器として知られる天使が、兄捜しなんてくだらない理由をもつ娘を、わざわざ異世界に渡らせる意味が分からない。
何か深い理由があるのか、それともただの気まぐれか。
しかし、いくら考えでもメタきちにはその理由が思いつかなかった。
「嘘は言ってねぇ……と思う。しかし……天使様ってのは一体何を考えているのやら……。」
吐いた息が聞こえてきそうなほど、盛大なため息をつくメタきち。
理沙は嘘を言っていない。
断言はできなかったが、ほぼ確信しているメタきち。その昔、人間について旅をして、少なくない数の人間を見たメタきちの勘が、理沙の言葉をそう判断していた。
「とりあえず、天使がどうこうってのは置いておかない?大事なのは、リサちゃんが魔物マスターで、私たちと心を通わせられるってことでしょ?」
「その通りです。リサさんがいれば、魔物と人との争いを止められる。我々の代弁者として、力になってもらわなければなりません。」
ハーピィーと悪魔がそう主張する。
メタきちも、2人の主張はもっともだと思う。魔物マスターのスキルを持つ人物など、次はいつ現れるか分からない。そうなると、自分たちが考える目的のために、今、この瞬間を逃してはならないのだ。
「そうだけどよー……」
何故か渋い反応を見せるメタきち。
魔物にとって、理沙は本当に待望の人物なのだ。
魔物と心を通わせることができ、魔物と人との悲しみの歴史を清算する。
そして、共存とまではいかずとも、平和な世界への一歩を踏み出すことのできる人物。
理沙には伝えていないが、これがメタきちたちの最終目的。
この目的を果たすために、人間でありながら、魔物たちと心を通わせることの出来る人物が必要なのだ。
しかし、メタきちは「天使」という不安要素にひっかかった。
「味方」だとは思えない。天使が味方をするのは、あくまでも「人」の場合だ。もしかすると、理沙を使っていると、魔物に危害が加わるかもしれないと考えているのである。
しかし、その考えも、今、ここで考えてもあまり意味はない。そのことを、メタきちは十二分に理解していた。
「ともかく、これ以上嬢ちゃんを待たせられねぇ。まぁ、なるようになんだろ。」
理解しているからこそ、そんな風に締めくくられた作戦会議は、結局、何の結論も出ないまま終わった。




