理沙~設定①質問開始~
『転送されるみなさまへ』
『転送申請書』
『誓約書』
口頭ではなく、なんだかとても事務的な何かを感じさせるタイトルではあったが、私は渡された書類に目を通した。
「転送されるみなさまへ。みなさまはこれからあなたがいた世界とは別の世界に転送されます。転送に際して、裏面の注意をよくお読みください。また、その他必要な書類は、記入漏れのないよう、調停者にご提出ください。って……」
「今から4時間以内に書類を記入してこの子に渡して。この子は調停者。私たち天使が世界を管理する者なら、この子たちは世界のバランスを保つ者。」
ラファエルさんにそう紹介された目鼻立ちがしっかりと整った綺麗な黒髪の調停者さんは、私に向かって丁寧に挨拶をしてくれた。
「初めまして。今回、理沙様の担当をさせていただきます。ラファエル様が目をかけた方を担当できるなんて、恐悦至極にございます。」
「よ、よろしくお願いします。」
言葉遣いは多少堅苦しいものがあるが、ニコリと微笑みながら話しかけてくれる調停者さんを見て、その美しさに、私は思わず見とれてしまった。
「あの……?」
調停者さんの言葉にハッとした私は、軽く頭を振り、邪な気持ちを振り払った。兄に会う前に、こんなハニートラップがあったとは、恐るべきだ。
「大丈夫なようですね。では、説明を始めます。」
そこからの説明は、おそらく、兄ならば嬉々として聞いていたであろう内容であったが、私にとってはとてつもなく難解なものだった。
分かる範囲だけだが、要約するとこんな感じだろうか。
『転送にはいろいろな形態があり、容姿や異世界の記憶の保持だけでなく、世界指定など、ある程度任意で選択することが可能。要望は申請書に記入すること。』
『チートスキルの要求は可能だが、バランスブレイカーになりうるスキルは認められず、定められた「等級」につき1つしか与えられない。もちろん、スキルはここで与えられたもの以外も習得可能。等級は「特級」・「上級」・「中級」・「下級」を手にすることができる。これ以外の等級も歴史上でいくつか確認されているが、初期設定では入手することはできない。』
『スキルは「書いた」スキルが習得可能であれば、それが手に入るが、スキルレベルは1である。記入欄は5つで、3つまで習得できる。習得の優先順位は番号の若い順からである。』
『所持金や装備品はその転送状況に応じたものである。』
『転送後、こちらとの連絡をとる手段はない。情報を集め、自らの力で生きていくこと。ただし、チートを利用して、悪の限りを尽くしていると判断された場合、天罰がくだる』
『注意事項の書類に限り、転送後も確認できる。ただし、確認は月に一度のみで、複写や転写などはできない』
『この書類が手渡されてから、24時間以内にすべての処理を完了しなければ、元の世界へと送り返される』
「こんな感じで合ってる?」
答え合わせをしたがっている生徒のように、私は2人に尋ねたのだが、ラファエルさんと調停者さんはお互い顔を見合わせ、小さく頷いていた。なかなかに無表情な二人だが、ここまで美人が揃うと、なんとも目に優しい光景だ。
「ラファエル様。今回は、理沙様の言葉を私が書き留めるというやり方でいかがでしょうか?私には多くの禁止事項が設定されておりますが、その中に、相手の言葉を書き写すという項目はございません。それになにより、今回は時間がありません。」
それを聞いたラファエルさんが考え込む素振りを見せた。
どうやら、現状の私の理解では物足りなかったようだ。しかし、口頭で構わないというのは、私にとってはかなりありがたい。文章にすると、どうしても意味が間違って伝わってしまったり、抜けてしまったりする可能性がある。調停者さんが、私の言葉の意味まで考えて書き写してくれるのであれば、その可能性はほぼなくなったと言っても言い過ぎではないだろう。
それにしても、24時間もあるのに、私の文章では不安だと思われているのは何だか心外だが……あれ?
「あの……24時間あるんじゃないんですか?」
そう。24時間もあれば、さすがの私でも、きちんとした文章を書くことが出来るだろう。
調停者さんの言葉に引っ掛かりを覚えた私は、思いきって尋ねてみた。
「今回はいつもの転送とは違い、『同じ世界』であることが求められます。いくらラファエル様とはいえ、ある程度条件が整っていなければなりません。その条件が満たされている時間というのが、残りあとわずかなのです。」
調停者さんの話を黙って聞いているラファエルさん。
「ラファエル様。それに、ラファエル様がいろいろとご質問なされば、理沙様の目的達成に最適な条件が揃うと思うのですが。」
確かに、異世界転生を題材としたライトノベルはいくつか読んで来たものの、自由記述でいろいろと書きなさいと言われても、おおいに困ってしまう。しかも、今回は時間が限られているということであれば、兄を捜すために必要なものが手に入らないまま進まなければならない可能性だってある。
いくら兄と同じ世界に行けたとしてもそれでは困るのだ。
そんなことを考えていると、ラファエルさんがこちらを見てため息をついた。
「はぁ……。分かった。本当にあのバカと同じ。手間ばかりかかる。でも仕方ないか……。あのバカが私に頼み事なんて、よっぽどのことなんだから。」
文句を言いながらも、最後には優しい笑みを浮かべているラファエルさん。
その顔を見て、私はあることを察したのだが……
「理沙。そんな訳ないから。そんなオモロ勘違いするようなら、ここから追い出すけど?」
ラファエルさんの眼光が鋭く光った。いや、本当に光ったわけではないのだが、私からすると、光ったように見えたのだ。しかし、一体なぜ私の考えるていることが読まれたのだろうか。
『待てよ……そういえば……』
私はラファエルさんの言葉を思い出す。そういえば、ラファエルさんは、この空間は心に干渉するみたいなことを言っていた気がする……。
『まさか……』
本当に心を読まれたのではないかと、内心で焦りながら調停者さんを見ると、なんと笑いを堪えているではないか。美人は笑いを堪えていても美しいな!
「あの……調停者さん……?」
「あぁ、失礼致しました。ラファエル様にそんなことを考えられる方がいらっしゃるとは……まさに驚きです。」
そこまで話した時、調停者さんはラファエルさんの視線に気が付いたようだ。
ゴホンと軽く咳払いをして、雰囲気を戻そうとする調停者さん。
「ラファエル様。お時間もございませんので、粛々とお願いいたします。」
「あなた……あとで覚えておけ。」
どうやら、どれほど取り繕ったとしても、さきほど笑った事実は消えなかったようだ。
自分を笑った調停者さんに対し、どこぞの悪役もビックリのセリフを放ったラファエルさん。
それを聞いて、無言で固まってしまった調停者さんの姿が、ちょっとだけ面白かった。
「じゃあ質問する。まず、あなたはどんな世界を望む?」
「私の兄が行った世界。」
迷いなく答える。兄の下へ行くために、私は今ここにいるのだ。




