理沙~転⑥転送準備~
薄明かりが照らす中、私は目が覚めた。
カーテンから漏れ出る光を見る限り、今は明け方といったところだろうか。
そう思いながら、私は枕元にある時計を確認する。
時刻は朝の6時。
不思議な夢を見た。
それだけでは済ませられない内容の夢。そしてそれは、あまりにもリアルなものだった。
だからこそ、私はあれを夢だと切って捨てることは出来なかった。
それに、今まで手掛かりすらなかった兄の行方が分かったのだ。
たとえ夢だとしても、私にとっては信じるに値するものだ。そして、今から6時間後、私はまた夢の中へと赴く。
そこから、兄のいる世界へと旅立つのだ。
「勉強しなくちゃ。」
夢ではないと確認してからの私の行動は早かった。
まず、兄を捜すための準備をしなければならないと思い、それについて何をしなければならないのかを考えた。
まず、夢の中から出発するということであるならば、持ち物の類はまったく意味をなさないだろう。それならば、知識を蓄えなければならない。
父とラファエルさんの話を思い返してみると、どうやら兄が向かった世界は、魔法というものが存在するファンタジー溢れる世界のようだ。
「えっと……確かこの奥に……」
そう言いながら、私はベッドの脇にある兄の本棚から本を取り出していく。
手前にある本は誰に見られても問題ないとばかりに置かれた文学作品たち。しかし、今はこれらに用はない。
用事があるのは、その奥に隠された兄の趣味の本たちだ。
「異世界もの……。魔法……。妹?これはちょっと違うかな。」
私は次々に本を手に取っていく。
どれもこれも兄の秘蔵の品々だ。本にはしっかりとカバーがしてあり、日焼け対策もバッチリ。本の中にはしっかりと栞が挟まっており、折り目などどこにも見当たらない。
兄としては隠しているつもりなのだろうが、毎日掃除をしている人間からすれば、気づかないはずはない。
まぁ、最初に目にしたときはかなり驚いたが……。
私は、今の自分が置かれている状況に最も近いものが描かれている作品を探した。
「えっと……異世界転……。あとは、異世界はスマート……。それに、転生したらスラ……。ふぅ。とりあえずはこれくらいかな。」
その全てを呼んでいる時間がないので、タイトルだけで当たりをつけ、一巻だけを手に取っていく。それに、全部読む必要なんてない。最悪、異世界に行くための心構えやら準備やらが分かるだけでいいのだ。
幸いなことに、読書は嫌いではない。
このくらいの文字量ならば、流し読みで1冊1時間程度で読み終わるだろう。
そう思い読み始めたが、結局、異世界の準備部分や、異世界に行ってから何をするかくらいで読むのをやめてしまった本なんかも含めると、10種類もの本を読むことができた。
中には、続きがかなり気になるものもあったが、ひとまずは我慢だ。
「よし!次は……」
時計を見ると、すでに3時間が経過していた。
夢中になりすぎたのかと反省をするが、この知識はいずれ必ず役に立つだろう。そして、知識を頭に入れた私は、軽く朝食を摂りながら身支度を済ませる。
さきほどの本の中では、異世界に転生する際は、こちらの世界で死亡し、新たな生命として生まれ変わるということがほとんどのようだ。前世の記憶を持っているということが、なんともご都合主義に思えるが、そういうものなんだろう。
しかし今回はおそらくこの姿のままで世界を渡るはずだ。
この姿で兄に会うから意味があるのであって、違う姿で兄に会ったって意味がない。
『こっちの世界と、あっちの世界の行き来が出来ればいいのに。』
知識も準備も足りないなかで、そんなことを思ってしまうあたり、すでに異世界ものに毒されているなと思ってしまうが、今はそんなことを考えるだけ時間が惜しい。
朝食を終えた私は、着ていく服を選ぶことにした。
本の中で、人間以外に転生しない限り、服装はそのままという設定があったので、クローゼットからジャージを取り出した。異世界には存在しないと思われる服装だが、これが一番動きやすいのだ。
次に持ち物だ。
これが最も悩ましい。
今回は、まず夢の中へ向かう。そこから、何かしらの方法で異世界へと向かうはずなので、当然、持ち物などは持っては行けないだろう。もし、スマホなんて物を持っていけるのであれば、現代知識を携えての異世界旅となる。知識を持っていけるというのはかなり心強い。バッテリーは太陽光充電器を持っていけばなんとかなる。電波なんてあるわけはないが、その辺りは魔法でどうにかなったりすることを期待しよう。
「とりあえず、ポケットに入れて眠ってみようかな。」
それから、なんだかんだと準備をしていたら、残り1時間をきっていた。
思いつく限りの準備を整え、やることがなくなった私は、異世界に渡るための勉強の続きをおこなうことにした。というのは建前で、実はさきほどから物語の続きが気になっていたのだ。
『転生して、魔力を増やして……なるほど。現代科学の知識を基にして魔法を使うのね。あとは……あっ。』
物語の途中で時間がきてしまった。と言っても、7巻くらいまで読むことができたので、そこそこの知識は得られた気がする。しかし、いくら知識を仕入れたからといっても、その知識を十全に活用することのできる世界かどうかは分からないのだ。
とりあえず、行ってから考えるしかない。
そう思いながらベッドに潜り込むと、すぐに眠気に襲われた。
そうして、私は夢の中へと誘われていったのだった。
「ちょっと遅れたけど、まぁ時間通り。」
夢の中では、ラファエルさんともう1人の美人さんが私を待っていた。
「お父さんは?」
「あれからすぐに出ていった。成長したあなたに会えて嬉しかったと。あと、一応禁断の恋だから、ほどほどにしとけって。」
それを聞いた瞬間、耳まで真っ赤になったのが自分でも分かった。
自覚したのが最近なので、父は絶対に知らないはずだ。どうして分かったのかと不思議に思っていると、ラファエルさんが答えをくれた。
「この空間は相手の心に干渉する。本来なら、天使しか使えないはずの能力なんだけど、あのバカはなぜか使い方を理解している。だから、ここで隠し事をするのは無駄。」
もはや開いた口が塞がらなかった。
そんなデタラメ空間アリなのだろうか。
人権とかは無視なの?
「さて、時間にも限りがある。さっさと手続きを済ませる。」
そう言って、ラファエルさんは用紙を複数取り出して、私に手渡した。




