理沙~転③夢の中にて~
いつの間にか眠ってしまっていたようで、私は慌てて体を起こした。
「あれ?」
とりあえず体を起こした私が最初に感じたことは、ここは一体どこなのだろうということだ。
なぜなら、辺りを見渡すと、一面が真っ白の世界だったのだ。
形容しているわけでも何でもなく、本当に何もない空間。
自分の足で立てているということと、一応、地面らしいものを踏みしめているという感覚から、しっかりと地面はあるようだが、濃い霧のようなものがたちこめているため、正確なことは分からなかった。
『あ、夢か。』
遅れながらも、これは夢だと認識した私は、再び現実に戻るべく、夢の中で立ったまま目を閉じた。
「やっと来た。」
目を閉じた直後、私のちょうど正面から透き通るような声が聞こえてきた。
不思議に思って目を開けてみると、さきほどまで誰もいなかった場所に、超がつくほどの美人が立っていた。
「あなたが理沙?」
その美人の雰囲気に圧倒された私は、ただ黙って頷いた。
しかし、目の前の美人は、表情が乏しいというか、ぼーっとしているのか、何を考えているのか分からなかった。
それに、どことなく神秘性を感じることができた。
「あ、あなたは?」
ここが夢だと分かっていても、いきなり知らない人が現れたとなると怖いものだ。夢に知らない人が登場するなどということは聞いたことがなかったが、実際に、目の前に知らない美人が登場しているのだ。そんな美人が、私の名前を知っているなんて、これはかなりの怖さだった。
そんな気持ちが伝わってしまったのだろうか。
「聞いてない?」
目の前の美人は、微笑みながら小首を傾げた。
その微笑みや仕草は、夢とは思えないほどのリアルさだ。
思わず触りたくなるほどの美人さんの微笑みに、自分にこんな想像力あったかなと、思わず自問してしまうほどのリアルさだ。
「聞いてないか……」
神秘を纏う美人はため息交じりにそう言った。
本当に、美人というのは困った顔をしても美人だなと思いながら、見惚れてしまっていると、再び美人が話し出した。
「あのバカは昔から説明不足。おかげでどれだけ振り回されたことか……。まぁ、いい。久しぶりの頼み。さぁ、聞きたいことがあるなら聞いて。」
突然話し出した美人さん。
いきなりそんなことを言われても、私としては美人さんが言ったことを理解するだけで手一杯だった。
しかし、そんな状態でも、私の思考は一つだけ『問い』を導き出していた。
「お兄ちゃん……いえ、私の兄は今どこにいるのか、教えてください。」
もう、甘えた自分ではいたくない。
そんな想いが、混乱の中でも目的を見失わない自分を生み出した。そして、少しだけ大人になった証明として、お兄ちゃんから、兄へと呼び方を変えさせていた。
強い女性になるために。
兄に、一人の女性として見てもらうために。
「兄?」
目の前にいる美人は小首を傾げていた。
「あぁ、あのバカの息子のこと?あのバカから、子どもができたと聞かされたときは本当に驚いた。こっちの世界で散々迷惑かけといて、子どもが出来たから大人しくしますとか……。」
「あ、あの!」
目の前にいる美人さんは、口数が少ないんだか多いんだかよく分からなかったのだが、愚痴モードに入ってしまいそうだということだけは理解できたので、とりあえず話を遮った。
美人さんは少し不機嫌そうな様子ではあったが、何かを諦めたような表情でこちらを見ている。
「あぁ、そうだった。ごめん。あなたの兄の話だった。あなたの兄なら、こことは違う世界にいる。こっちの世界で死にかけたせいで、魂の防衛機能みたいなものが働いて、とりあえずあっちの世界に送られちゃったみたい。」
矢継ぎ早に情報を入れ込んでくる美人さんの話に、頭が追い付いていないながらも必死に理解に努める。
普通の人であれば、こんな話は絶対に信じないだろう。しかし、兄のことならば、私は全てを信じる気でいるのだ。
そんな考えだからこそ、思考が停止することなく、全力で頭を働かせることが出来ているのかもしれない。
「あ、ついでだけど、あのバカはもともとあなたたちの世界の人間ではないの。そもそも、こっちの世界に行くってこと自体が無茶苦茶なのに、あのバカは世界を置き去りにして勝手に……」
「は、はい!質問いいですか!」
更なる新情報に加え、またしても愚痴っぽくなってきたので、ここで一度話を止めておく。
「うん?いいよ。」
「えっ……と。まず、お兄ちゃ……じゃなくて、兄はこっちの世界?で死にかけたんですよね?だから、違う世界?に連れていかれた。ということで合ってますか?」
相手の話と自分の認識にズレがないかを確認するように話す。
「うーん。連れていかれたっていうのは少し違うかな。そもそも、あのバカがこっちの世界に来るとき、魂の賢者が魔法を施したの。その魔法が、あのバカだけじゃなくて、あなたの兄にも適用されているみたい。もしかしたら、あなたにも掛かってるかもね。」
確認するだけのつもりだったのだが、美人さんが次から次に新しい単語を放り込んできたおかげで、余計に分からないことが増えてしまった。
しかし、こんなことでめげている場合ではない。
そう思った私は、とりあえず一度全てを受け入れてから、再度頭をフル回転させて、理解に努める。
『とりあえず、常識は捨てよう』
こんなことを平然とやってのけられるのが、理沙の強みなのかもしれない。
理沙は、頭の中にある常識を、一旦よそへ置いておいて、目の前の美人の話を整理することに努めた。
「えっと……あなたの言い方だと、お父さんは地球人じゃない?地球に来る時に、魂の賢者という人が何かの魔法を施した。その魔法が、お父さんだけじゃなくて、兄にまで影響を与えていると。お父さんにかけられた魔法って、どんな効果があるんですか?」
私は、この時の私の理解力を大いに褒めてやりたいと思った。
どこからどう見ても、ファンタジー溢れすぎる話だ。
一般常識を持っている人ならば、間違いなく笑い飛ばす内容だろう。それにこれは、幼い頃に兄が話してくれた内容に近いものがある。つまり、これは子どもが話をするような、荒唐無稽な話に近いのだ。しかし、私は幼子心に、世の中にはそんな不思議な世界があるんだと、胸をワクワクさせたことを覚えていた。そして、そこから割と長い期間、そんな世界が本当にあると信じていた。
私が違和感なくこの話を受け入れられたのには、こういう経緯も手伝ったからではないかと思う。
「魂の賢者は、あのバカに『帰還』の魔法をかけた。この魔法は、回復魔法も効かないような『死』が近づいてきた時にのみ発動する。らしい。」
「らしいって?」
全てを理解したわけではかったが、美人さんは次々に新しい情報を放り込んでくる。しかし、今の話は、珍しくはっきりとしない答えだったので、私はそこに疑問を抱いた。
「異世界に渡ろうとする試みはこれまでもあった。けど、どれも成功の兆しすらなかった。それをあのバカは……。魂の賢者とか時の賢者とか、器の聖人にマリオネットマスターまで巻き込んで……」
「えっ?え?」
なんだか周りが揺れている気がする。
いや、間違いない。揺れている。
「あのバカの才能だけは素晴らしかった。あの世界では、あのバカに並ぶ者はいなかった。そんな才能が、本気で異世界渡りに挑戦したの。我々のように、祝福された存在でもなんでもないただの人が、異世界に行くなんて、できっこないって思ってた。」
怒り心頭の美人さん。
どうやら周りが揺れているのは、この美人さんが原因のようだ。
それに、美人さんの顔に浮かんでいるあれは……昔、兄の漫画で見たことがる『怒りの四つ角』だ。
そんなことを考えている間も、美人さんの顔はどんどん怒りに歪んでいった。
「甘かった。あのバカは私にいろいろ質問してきたの。どうせ無駄だと思ってたし、手伝ってるわけじゃないと思って質問に答えてたら、あのバカ共はどんどん正解の理論を組み立て始めるし……」
「あ、あの……。」
そろそろ止めた方がいいんじゃないかなー。
なんて緩いことを考えていたのだが、どうやって止めればいいのか分からなかった。
それに、あのバカというのが、父のことだと分かっているので、一体、父はこの美人にどんな悪行をかましていたのだろうかということが気になる。
「邪魔したら邪魔したて、『あいつが邪魔するってことは、これ絶対正解だぜー。』とか言って、どんどん進んじゃうし……」
話を聞く限り、どうやら、父の精神年齢は相当低いようだ。
さっきから聞いていれば、好きな女の子をしまう小学生のように聞こえなくもない。
自分の父が昔こんなことをしていたなんて……穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい。
「そんなこんなで、ついに理論が完成しちゃって……。ヤバいとは思ったけど、どうせ私の魔力がないと動かないから大丈夫だと思ってたら……あのバカはいつの間にか私の魔力を結晶化してて……。」
『あ……れ?』
美人さんの言葉が途切れると同時に、さきほどまでの揺れがぴたりと止んだ。
周囲を見渡してから再び美人さんを見ると、そこには物悲しそうな美人の姿があった。
「異世界に渡った時に使う肉体の準備もすでに終えていたの。あのバカは実験だと言いながら、自分を実験台にして、そのままこの世界に渡っていったの。」
そこまで言い終わると、美人は盛大にため息をついた。
「あのバカの肉体は秘術満載の危険なもの。時の賢者とか、魂の賢者とか。あとはソードマスターなんかも面白がって術をかけてた。あのバカの肉体を研究されると、技術が盗まれちゃう。だから、あのバカには死ぬ時に、どこにいても決められた場所に戻ってくるような魔術がかけられてる。けど、実験も何もなく、理論だけの魔術だったから、実際に効果があるかどうかなんて分からなかった。それに、あのバカ死なないし。けど、異世界で産まれたあのバカの息子は世界を渡った。これは、あのバカにかけた魔術が、遺伝して発動したと考えるのが普通。」
よく分からない単語がたくさん出てきたが、話の流れはだいたい理解できた。
とにかく、兄は地球以外の世界にいったのだ。
それが分かれば、私の取るべき行動は一つしかない。
私は目を閉じて、大きく深呼吸をした。
私は再び目を開けて、目の前に佇む美人さんに、とびきりの決意を込めてこう言った。
「私を、兄がいる世界に連れて行ってください。」
それを聞いた美人さんは、小さくだが、確実に、微笑んでくれていた。
「ん、無理。」




