理沙~転②自覚した妹~
普段、お父さんからメッセージが送られてくることはまずない。
お父さんは、お兄ちゃんがいなくなったこんな状況でも、日本に戻ってくることなく世界中で宝を探し回っているのだ。
そんなお父さんからのメッセージに、少なからず興味を抱いた私は受信ボックスを開いた。
『バカ息子の居場所が分かった。ただ、俺はそこに行けない。お前が、全てを捨ててもいいと言うなら、迎えに行ってやれ。』
それを見た瞬間、お父さんが何を言っているのかを理解することができなかった。
しかし、そのすぐ後、自分の中に、僅かだが確実に火が灯ったことを理解した。
『お兄ちゃんが見つかった?でも、迎えに行けないって何?お父さんは忙しいから?全てを捨てるってどういう……』
そこまで考えて、私は思考を放棄した。
『違う!お兄ちゃんがいるんだ!私が迎えに行くんだ!』
大好きなお兄ちゃんが見つかったのならば、それを迎えに行くのは絶対に私でありたい。そう思った瞬間に、私の中に灯っていた僅かな火は、瞬く間に大きな炎へと姿を変えた。
『行く!どうすればいいの?』
それだけ返信すると、私は立ち上がって旅立ちの準備を始めた。
どこへ行くのかも、どれくらいの日数がかかるのかも分からないのだが、備えだけはしておくべきだろう。
尊敬し、愛している兄を迎えに行く。
『会ったら伝えよう……』
私はこの気持ちに気づいてしまった。
同時に、絶対に伝えられないことも知った。
しかし、今は違う。
兄が見つかったのだ。
この気持ちを伝えられるのだ。
ふられてしまうかもしれない。後悔するかもしれない。
けれど、何もしないまま、再び目を閉じるようなことだけはしたくない。
悲しみに暮れるだけの自分ではいたくなかった。
このわずかな時間で覚悟を決めた理沙の瞳には、もう、さきほどまでの悲しみは映っていなかった。
『今夜、俺の知り合いを送るから、そいつに話を聞け』
お父さんから送られてきたメッセージにはそう書かれていた。
誰が来るのだろうかと疑問に思ったが、兄に会うためなら誰でも良かった。
「そうだ……」
そこまで考えて、私は旅立ちの前に別れを済まさなければならない人を思い出した。
彩夏さんと京子だ。
彩夏さんにはたくさん迷惑をかけた。
腑抜けてしまった自分を振り返ると、心からそう思う。
京子も、毎日メッセージをくれている。
家にも来てくれたのだが、誰にも会いたくなかった時期だったので、会わずに帰してしまった。
他にもたくさんの人に心配をかけてしまったのだが、この2人にだけは、きちんと話がしたかった。
「彩夏さん」
台所で夕食を作ってくれていた彩夏さんに声をかけた。
彩夏さんは驚いた顔をしていたが、こちらの雰囲気を察してくれたようで、料理の手を止めてくれた。
「どうしたの?何かあった?」
私は、お父さんからメッセージがあったこと。そしてそのメッセージは、兄が見つかったという内容だったこと。そして、私が兄を迎えに行くことを告げた。
もちろん、兄を迎えに行くために全てを捨てて行くことも。
「うーん……。どうにもよく分からない話なんだけど……。とりあえず、今晩ここに誰かが来て、その人と一緒にあのバカを迎えに行くのね?」
彩夏さんは、突拍子もない私の話を一生懸命に聞いてくれていた。
私は黙って頷いた。
「それって何日くらいかかるの?旅費とかは?学校は……って、もう今更ね。」
彩夏さんは、質問している途中に、私が全てを捨てると言った意味に気がついたのだろう。
諦めたかのように大きく息を吐き、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「迷いはないのね?」
「うん!あたしはお兄ちゃんが好き。だから、絶対にここに連れて帰るの!」
彩夏さんの目が大きく開かれた。
迷いがないかどうかの返事だけで終わると思っていたのだが、まさかお兄ちゃんに対する恋心まで告げられるとは思わなかったのだろう。
しかし、彩夏さんが驚いたのは本当に一瞬だけだった。そしてその次の瞬間、わたしの方を見てニヤニヤと笑っていた。
「へぇ~~。理沙ちゃ~ん。ついに自覚したのね~。ずっと見てきたお姉さんとしては嬉しい限りだわ!」
彩夏は笑いながら理沙を見た。
そんな彩夏に対して、頬を赤らめながら、こくりと頷く理沙。
もう、変に隠したり慌てたりすることはない。私は、この恋を自覚して、必ずお兄ちゃんに伝えるのだ。
「ふぅ……。分かった。気を付けてね。この家のことは任せなさい。ちゃんと維持しとくから、気にせずに行ってきなさい。」
「彩夏さん……ありがとう。」
私は心からお礼を告げた。
次に会う時は、良い報告ができればいいな。
それから少し経って、彩夏さんが帰った後、京子に電話をした。
「もしもし、京子?うん……心配かけてごめん。実は、お兄ちゃんが見つかったの。うん。それでね、お兄ちゃんを迎えに行くから、またしばらく学校休むね。」
電話口で、呆れたようなため息が漏れた。
京子には全部説明するつもりだった。
けれど、親友と言える友達は、たったこれだけの説明で、何も聞かずに送り出してくれた。
私は、それがとても嬉しかった。
電話を切って時計を見ると、22時を少し回ったところだった。
知り合いを送ると言っていたが、一体何時ごろ来るのだろうか。
とにかく待つしかない私は、兄の部屋でぼうっとして過ごしていたのだが、いい加減待ちくたびれた私は、お父さんにメッセージを送った。
『誰も来ないよ?』
そんなすぐに返事が来るとは思っていないが、とりあえずやることはやった。
「ふぁ……」
兄が見つかったと聞いて、久しぶりに高揚感を味わったせいか、一息つくと眠くなってきてしまった。
心の中では眠ってはいけないと思いつつも、私は眠りの世界へと誘われていった。




