トキヤ~異世界⑬街への入場~→理沙~転①始まりの物語~
ハゲーンを見事に蹴り飛ばした俺は、リーシュと共に、急いで街へと向かっていた。
「ん?」
街へ到着した俺たちは、門の前にできた人だかりに目をやった。20人はいるだろうか。その人だかりの中心に誰かいるようだが、状況から考えてハゲーンで間違いないだろう。
街の人たちからすれば、急にいなくなったと思ったら、突然吹き飛ばされて戻ってきたように見えるのだ。何があったのか気になるのは当然だろう。
そんなことを考えながら、自身の推理に満足して頷いていると、横にいるリーシュが話しかけてきた。
「ねぇトキヤ。手を繋ぐのは百歩譲ってかまわないんだけど……あれにどうやって説明するの?」
状況の説明をすると、現在、俺とリーシュは手を繋いでいる。しかも、ただ手を繋いでいるだけではない。
カップル繋ぎというやつだ。
そんな状態で街に近づいたらどうなるか。当然、俺たちはカップル扱いを受けるだろう。しかし、ハゲーンの台詞の中に、「俺たちの女神」などという言葉があった。これは、リーシュのファンクラブがあることを示唆している。
それに加えて、今、ハゲーンに群がっているのは野郎ばかり。さらに、その全員がこちらを睨みつけているとなると……答えは簡単だ。
「あぁん!テメー!何してやがんだこのやろー!」
これが答えだ。
どうやら、ハゲーンを取り囲んでいる全員が同じ気持ちのようで、今にも襲いかかって来そうなほどの殺気を放っていた。
『チンピラか?』
俺の第一印象はまさにそれだ。
まぁ、チンピラと違い、俺たちが見ていたから威嚇しているわけではなさそうだ。
リーシュと手を繋いでいる俺に気がついて威嚇しているのだろう。
その証拠に、繋いいでいるリーシュの手を高々と持ち上げると、その全ての視線に込められた殺気が、一段階強さを増した。
この世界に来る前の俺ならば、脱兎のごとく逃げだしていたことだろう。しかし、今の俺なら何の問題もない。
『ん?』
繋いだ手に力が込められた気がして、リーシュの方を見る。
「……」
ゴブリンナイト戦でも、最後は気丈に振舞っていたリーシュが、目の前の連中から放たれる殺気に怯えていた。
なるほど。
一人ひとりはたいしたことはなくても、20人分の殺気だ。しかも、魔物から向けられる殺気ではなく、なんだか異質というか……本当に殺す気というか……形容しがたい殺気が、自分に向けられていないと分かっていても怖いんだろう。
『さて、どうしたもんかな。』
リーシュを怖がらせた罰として、全員地平の彼方まで吹き飛んでもらってもかまわないのだが、これだけの人数をぶっ飛ばした場合、街から出禁をくらってしまいそうで怖い。
何かいい方法はないものかと考えていると、人垣が割れてハゲーンが登場した。
しかし、その顔色は未だに悪く、ようやく立ち上がることが出来るようになったという感じだ。
「お前の強さはよく分かった!とりあえず、街への入場は許可しよう!だが!だがっ!!リーシュと結婚することだけは許さーん!!!」
フラフラのハゲーンが、地の果てまで響き渡る咆哮を放ったかと思ったら、次の瞬間に豪快に倒れた。
『おぉ!この死に方はどっかで見たこと……ん?死んでねぇのかよ!』
慌てて駆け寄る男たちの様子を見るに、どうやら気を失っているだけのようだ。
まぁ、傷は全部塞いでるんだから当然だな。血が足りないだけなんだから、少し眠れば治るだろ。
『そういえば、震えてたリーシュはどうなって……』
俺はリーシュに目を向けた。
そこには、さきほどまでとは打って変わったような顔をしたリーシュがいた。
『あ、これ完全にアカンやつや。』
慣れない関西弁になってしまうほど冷たい目をしているリーシュ。
信じていたものが崩れたんだろう。人間不信にならなければいいが……。
そんな心配をしながらも、ハゲーンの許可を得たということになったようで、ハゲーンの取り巻きたちは、俺をしぶしぶ街へと入れてくれた。
話変わって、ここからの話はもう1人の主人公へと変わっていく。
絶対に自分の傍からいなくならないと信じていた兄を失って、失意の底にいる理沙。
そんな理沙が、果たして前へと進んでいけるのか……。
「お兄ちゃん……」
ここはお兄ちゃんの部屋。
お兄ちゃんがいなくなってから1ヶ月が経った。
あれから私は学校にも行かなくなって、食事をろくにとることもなく、一日中家に閉じこもっていた。
最初の頃は、お兄ちゃんと一緒に撮った写真や、お兄ちゃんが大切にしていた本なんかを読んで過ごしていたのだが、そんなことをすればするほど、余計な寂しさだけが増していった。
お父さんにも連絡したのだが、大丈夫の一点張りで、もう何をどうすればいいのか分からなくなってしまったのだ。
「もう、いいや……」
そう呟いて、お兄ちゃんの布団で眠り、お兄ちゃんがいる夢の世界へ逃げ込もうとした時、不意に玄関の鍵が開く音がした。
「お兄ちゃん!」
その音に反応して飛び起きた私は、玄関で再び絶望に落とされる。
見慣れたその姿は、お兄ちゃんではなく、お兄ちゃんの幼馴染である彩夏さんだ。
「こぉーら!彩夏さんが来てあげたんだから、そんな残念な顔しないでくれる!」
彩夏さんはこんな状態になってしまった私を心配して、毎日のように顔を出してくれていた。
それだけではない、炊事や洗濯などの家事も一手に引き受けてくれていた。
私を無理やりお風呂に入れたこともあった。
「お兄ちゃんが帰って来て、泣きはらした顔とお風呂に入っていない体で出迎える気?それに、こんなやせ細った妹を見て、あのバカが喜ぶと思ううの?」
そんなことを言われると、嫌とは言えなくなってしまった。
しかし、外に出る力は結局湧かず、そんなこんなで、家から出ないということ以外、私は案外普通の日常を送っている。
「すいません。」
彩夏さんに謝ると、私はまたお兄ちゃんの部屋へ戻る。
『お兄ちゃんの匂いもなくなってきちゃった……』
そんなことを思いながら、布団を強く抱きしめる。
「う……うっ……ひっく……」
きっと、お兄ちゃんはもういない。
1ヶ月だもん。
これ以上、期待しちゃいけないんだ。
そんなことは、頭では分かっていた。けれど、心がそれを理解しようとしない。
そう思うたびに、次から次に涙が溢れてくる。
この1ヶ月、とにかく泣いた。
どこからこんなに涙が溢れてくるのかが不思議だったが、涙が枯れる気配は一向になかった。
「お兄ちゃん……」
携帯電話の待ち受け画面が目に入った。お兄ちゃんと買い物に行った時に撮った写真だった。
そこに映る自分の姿は、大好きな兄の隣で、眩しいほどに輝いていた。
『なんて幸せそうに笑ってるんだろう……』
考えれば考えるほど涙が溢れだす。
京子にブラコンだなんだと言われたときは、あまりそうは思わなかったが、お兄ちゃんがいなくなって初めて認識することができた。と同時に、自分の中で、お兄ちゃんの存在の大きさを知った。
大切な家族としての「お兄ちゃん」。
そして、家族ではなく、一番近くにいてくれた「男の人」。
これは多分、ずっと昔から育んできた想いだ。けれど、その気持ちに気が付いた時、より大きな絶望を味わった。
伝えるべき相手はもういないのだ。
「お兄ちゃん……」
幾度となく呟いた言葉が、空しく消えていった。
そして、生きる意味を失ったかのように眠りにつこうとしたその時。携帯電話にメッセージが届いた。
「お父さん……?」




