トキヤ~異世界⑩フィガーの街の衛兵~
俺が興味深げに空を眺めていると、毛布にくるまったリーシュが不思議そうに尋ねてきた。
「そんなに空が珍しいの?」
「あぁ。自慢じゃないが、俺の故郷ではまずお目にかかれない景色だ。月と星だけの夜ってこんなに明るいのか。星の並びも違うのか?あぁ、くそっ。もっとちゃんと勉強しときゃよかった。なぁリーシュ。あの星の並びに、何か呼び名とかはあるのか?」
そう言いながら、俺は適当に星を指さした。
「星に呼び名?どうだろう……。あたしは聞いたことないけど、天文学者とか、召喚士なら詳しいんじゃない?」
またまた登場の新情報だ。
『天文学者と召喚士か……』
国民的2大ロループレイングゲームに出てきそうな職業だ。
黄色い不思議な鳥なんかも召喚できるのだろうか。もしそういったものを召喚できるのであれば、ぜひその背に乗って移動してみたいものだ。
『星の並びとかで召喚できるとかなら、どっかのラノベにあった気がするんだけど……』
そんなことを考えながら、俺はリーシュを見た。
「なぁ、リーシュのいたエルフの国ってさ、どんなところなんだ?」
「あたしの国……っていうか、故郷は戦争で焼けちゃって、今はもうないの。」
そう言って、リーシュは目を伏せた。
俺はまずいことを聞いてしまったと慌てるが、言ってしまったものは仕方なく、あたふたするしかなかった。
「あ、えっと……その……。」
そんな俺の様子を見て、リーシュがくすくすと笑っている。
「ふふ……。大丈夫よ。実はもうずいぶんと昔の話なの。あなたのせいじゃないし、気にすることないわ。あれから長い年月が経ったから、もしかしたら復興とかしちゃってるかもね。」
こちらを向いて笑うエルフ。
火の光照らされた部分しか見えないが、ここまで美しいものを、俺は見たことがなかった。
「綺麗だ……」
「え……?」
リーシュが驚いた顔でこちらを見る。
あ、声に出ちゃったのか。
まぁ、言ってしまったものは仕方ない。
「いや、リーシュが綺麗だなって。」
「なっ!?ばっ!」
火の光しかないのではっきりとは確認できないが、きっと顔が真っ赤になっているんだろう。毛布を頭からかぶってしまった。
何かまずいことでも言ったんだろうかと思いながら、俺は火に薪をくべる。
「そ、そんな恥ずかしいこと、よく平気な顔で言えるわね!」
少し落ち着いたのか、毛布から顔を出して叫ぶリーシュ。
確かに、以前の俺ならば、絶対に言わない台詞だ。この世界に来て、性格が少し変わったような気がする。まぁ、特に難があるものでもないので、これは良い変化だという風に受け取っておこう。
『怒っているように見えて、怒ってないんだろ?なんて言うと、どこのタラシだよってなっちゃうよなぁ……。』
そう言いたい気持ちを全力で抑える。
リーシュはからかい甲斐はあるが、あまりイジめてもかわいそうだ。
「そう思ったんだ。口から出たものは仕方ないだろ?」
「ば、バカじゃないの!!」
そんな甘酸っぱいやり取りを楽しみながら、夜は更けていった。
翌朝。
世間知らずから、余計な質問をしてしまい、変に身元を探られることを恐れた俺は、リーシュからロクな情報を引き出せずにいた。
異世界人とバレたら即死亡ってのは、なかなかハードな縛りプレイだと思う。とりあえず、リーシュが眠ってから確認したステータスからおさらいしておこう。
・名前 トキヤ
・性別 男
・年齢 15
・種族 ヒューマン
・職業 駆け出し勇者
・称号 なし
・レベル 10
・力 80
・素早さ 110
・体力 80
・賢さ 140
・運のよさ 5
・最大HP 170
・最大MP 257
・攻撃力 160
・守備力 5
・装備品 布の服 布のズボン 靴
・所持金 0
『上がり過ぎだ……』
とんでもない上がりかたをしているステータスを見て、盛大にため息をついた俺。
一目でチートだと分かる上がり方をしていた。
街道での戦闘で、止めを躊躇って良かったと今更ながら思った。あそこで攻撃していたら、魔物が果てまで吹き飛んだか、粉々になっていたかのどちらかだろう。そんなシーンを、ゴブリンナイト戦を共に戦ったリーシュに見られていたら、きっと不審に思っただろう。
『しかし……』
手加減を覚えなければ、本当に死んでしまう。
俺は心からそう思った。
その辺りの調整も夜中のうちにしておきたかったのだが、物音がしてリーシュが起きないともかぎらない。というより、調整に失敗して、何かやらかす映像しか浮かばなかったのだ。
『石を投げたら果てまで飛んで、着弾点がクレーターに……。なんてのはお約束だからな。』
しかし、これだけは本当に早く調整しなければならない。
どこかで適当な魔物を倒しに行くチャンスがあればいいのだが、なんて考えている時ほど、都合のいい展開は訪れないものだ。
そんな妙なフラグを立ててしまったせいか、俺たちは、途中、何のアクシデントもないまま街にたどり着いてしまった。
「これはまたずいぶんと大きな街だな。」
街が見えてからの、俺の最初の感想がこれだ。
遠目から見ても分かるほどの巨大な石造りの壁。あの壁が、魔物の攻撃を食い止めているのだろう。
「あの壁が街の生命線なの。街全体をぐるりと囲んでいるわ。出入口は2か所。上空から飛来する魔物には、石壁の上から対応するの。」
読者に優しいリーシュの説明を聞いて、俺は目を細める。
確かに、石壁の上に足場が組まれている。物見やぐらも備え付けられているようで、守りに関して、それなりに防衛力を備えているということになるのだろう。しかし、こういう街こそ、防衛ラインが破られると脆いものだ。
『頑丈そうな造りにはなっていそうだけど、こういうのって案外簡単にぶっ壊れるんだよな。しかも、ぶっ壊れたら大混乱に陥るやつなんだよ……。』
いかにも何かが起こりそうなフラグをとりあえず立てておく。こうしておくと、心積もりができて精神衛生上とても良い。
フラグを立てずに進んで、突発的なイベントが起こる方がなんだか疲れるからな。
そんなことを考えながら歩いていると、俺たちは街の入り口に辿り着いた。
「よく来たな。ここはフィガーの街だ……って、リーシュじゃねぇか!」
俺たちが街の入り口に辿り着くと、槍を背に装備しているハゲでマッチョな衛兵らしき人物が話しかけてきた。
ゲームでは、衛兵といえば単なるザコキャラだが、このハゲマッチョはそれなりに強そうだ。
「お疲れ様。何か変わったこととかあった?」
「いや、特に何も……。それよりも、その横の男は?」
ハゲマッチョは俺に目を向ける。
何だろう。
その視線に殺気のようなものがこめられている気がしなくもないのだが……。
その視線を受けて少し考えた俺は、ある結論を導き出し、それを立証すべく行動に移った。
「初めまして。リーシュの夫のトキヤと申します。以後、お見知りおきを。」
この挨拶でハゲマッチョの考えが分かるはずだ。
「「な!?」」
2人の声が重なった。
おいおい。リーシュさんまでそんな声を出すとは……。まぁ、それはある程度予想できたことなので、とりあえずスルーだ。ここで見逃してはならないのは、あくまでハゲマッチョの反応だ。
俺の自己紹介を聞いて、明らかに動揺しているようだ。俺とリーシュの顔を何度も見直している。
『やっぱりこいつ、リーシュに気があったな。』
俺の爆弾投下に対し、ハゲマッチョは魔王が襲来したかのような慌て方をしていた。
「リ、リーシュ?そこの男が言っていることは本当か?」
「……」
リーシュさん。顔を真っ赤にしてうつむいちゃうと、肯定してることになっちゃうよ?
という俺の心のツッコミが聞こえたのだろうか。ハゲマッチョが怒りを爆発させる。
「ぬぅぅぅぅ!許さんぞ!こんなみずぼらしい格好をした、どこの馬の骨とも分からん奴と一緒になるなど、断じて許されん!!」
怒りとともに、ハゲマッチョの筋肉がおよそ1.5倍ほどに膨れ上がった。
何かしらのスキルなのかと思ったが、この状況で相手にスキルを尋ねられるほど空気の読めない男ではない。
しかし、みずぼらしい恰好と言われるとやはり傷つくものだ。これは初期装備なので、好き好んで着ているわけではない。しかし、ハゲマッチョに「初期装備なんで」という説明をしたところで、余計に話がこじれるだけだろう。
そんなことを思っていると、ハゲマッチョは続きを話し始めた。
「リーシュは俺たちの女神なんだ!その女神を連れ去ろうとは、貴様、悪魔の使いだな!ここで俺が八つ裂きにしてくれる!」
『お前はお父さんかよ!』
ハゲマッチョの言葉に心の中でしっかりとツッコミを入れる。
しかし、よく見ると、さきほどよりも筋肉が膨れ上がっている気がする。最初に比べると、倍は大きくなっているのではないだろうか。
やはり、これはスキルのおかげなのだろう。
人の筋肉が怒りで倍になりましたなんてのは、いくらここが異世界だからといってもあり得る話ではないだろう。
『どうしたものか……』
そう思いながら、リーシュの方を見ると、リーシュはどこか遠いところを見ているようだった。
しかも、その表情はどこか寂し気で、ある意味絶望感が漂ってさえいるようにも見えた。
リーシュのこの反応は仕方ないものだろう。
突然まくしたててきたハゲマッチョに驚いたということもあるだろうが、いきなり女神だとか、悪魔の使いだなどと言われれば、こんな顔にもなるだろう。
『現実逃避くらいで済んでるだけまだマシだな。』
冷静に考えれば、ハゲマッチョの言葉はかなり気持ち悪い。
そう結論付けた俺は、乾いた笑みを浮かべ、再びハゲマッチョに目を向けた。




