Sequence‐3 ~深蘭の事情 ②~
高坂家には、唯一無二の“お宝”があった。
その名も、【仕掛装置付懐中時計「天空の鐘」】
19世紀中頃のスイス製。
作者はフランス系スイス人の名も無き時計技師だ…。
朝6時49分・昼11時24分・夕方5時39分の計3回。
時を知らせる鐘の音と共に、文字盤にモールドされた三層の雲と空中に浮かぶ三つの鐘それぞれが、別々に動くカラクリ懐中時計である。
鐘が鳴るタイミングが微妙に不揃いなのは、長い年月で設定が狂ったのか、元々のプログラミングなのか…は、わからない。
ただ、3回の鐘は、一秒もズレることなく作動し続けていた。
深蘭・凛音の父親の祖父…つまり双子の曽祖父にあたる高坂伊利彌の形見である。
幼い頃から深蘭も凛音もこの懐中時計が大好きだった。
伊利彌の息子である祖父が、丁寧に時計を磨く様を…祖父の愛犬マルと一緒に、飽きることなく見ていたものだ。
祖父が亡くなってからは、父親がその役目を担っていたが…揃って律専高等学院合格のご褒美にと、その懐中時計を自分たち双子に譲り渡して貰えたのだった。
凛音がいない今、時計磨きの任は当然…深蘭の独り占め状態である。
床の間の脇にある飾り棚の引き出しから、濃紺の皮で誂えられた時計ケースを取り出し、そっと蓋を開く。
「…相変わらずキレイね…女の子なのも頷けるわ」
深蘭は愛おしそうに時計を手に取ると、クロスで丁寧に磨き始めた…。
部屋のライトに照らされた金色の時計は、まるで光の玉のように煌めいて見える。
意気揚々と、クロスで包みながらリューズを磨こうとした瞬間…
「!!」
…手元から懐中時計がするりと抜け落ちてしまった。
トン…と鈍い音が響く。
深蘭は慌てて拾い上げ、真っ先に針を確認した。
注意深く凝視する中…長針も短針も、問題なく時を刻んでいる。
「…よかった」
ほっと息をつき…懐中時計をケースに戻す。
《動いてるから…大丈夫だとは思うけど…》
夜の8時を回った今では、仕掛けの作動までは確認できない。
深蘭は明日の朝に改めて確認しようと、一旦時計をしまったのだが…?




