Sequence‐3 ~深蘭の事情 ③~
「…畳の上だったし…落としたの…それほど高さはないから、大丈夫だと思ったんだけど…」
「…朝6時49分の鐘は…ならなかった…」
「うん…」
バスを降りた深蘭と凛音は、自身の賃貸マンション脇の小さな公園のベンチに腰を下ろしていた。
通学カバンを、両腕で強く抱えた深蘭は、さらに説明を続ける。
「ちょっと前に、ゲストでお世話になった“お宝HOW MACH”のプロデューサーさんに、天空の鐘のこと相談したくて…事務所経由で連絡取ってもらったのね…」
「え? 番組のプロデューサーに?」
「そう! そうしたら…日本で3人しかいない“独立時計師”の一人を紹介してくれることになって…」
「なんか、そのエピソードが “ザ・芸能人”でヤバいな…」
つい…チャチャを入れる凛音に…
「茶化さないでよ」
…少しだけ救われる深蘭。
「で、現物を見てもらうために持ち出したわけか…」
無言で頷く。
「で? 直る見込みは?」
今度は、無言で首を横に振る深蘭。
「そもそもハンドメイドの一点もので…しかも、六つの独立した仕掛けが同時に作動する懐中時計なんて、滅多に無いって」
「……」
深蘭の言葉に、深いため息を吐く凛音は、はたと思いつく。
「じゃあ、海外は?…あの時計、スイス製なんだから」
「仮にスイスの独立時計師にお願いできたとしても、費用も時間も途轍もなく掛かるだろうって…時計師さんが説明してくれた」
「なるほど…」
「……ごめん」
少しずつ日も長くなり、座るふたつの影が夕闇の中長く伸びている。
「約束を破ったのは…そういうことか」
凛音は、独り言のように呟いた。
一緒に時計を管理するにあたり、お互いの承認なくして勝手なことはしないという…ふたりの約束。
先週末に都内のスタジオでレコーディングがあり、久々に自宅に帰った凛音は、いち早く時計が無くなっていることに気が付いていた…。
だが、両親にはあえてそのことを告げず、まずは大切な妹の話を聞くことを優先したのだ。
深蘭の態度が不可解だった理由がやっと分かり、凛音は優しい表情で彼女の背中をポンポンと軽く叩く。
「わかった! まずは、父さんと母さんに話そう」
「…え!?」
思わず立ち上がった深蘭が、驚きの声を上げる。
「待って!…私のせいだし…まだ方法はあるかも…」
「だからだよ」
食い気味に、凛音が言葉を被せる。
優しくも強い眼差しを深蘭に向け、いつになく理路整然と言葉を紡ぐ。
「深蘭…責任感の強いお前が、自分でなんとかしなきゃ…って、突っ走る気持ちはわかる」
話を聞きながら、ゆっくりと座りなおして、凛音の横顔を見つめる深蘭。
「…でもさ、あの懐中時計は“高坂家の宝”だ。 だから…高坂家で…家族みんなで考えるべきだと思う」
「……」
いつの間にか、兄の顔になっている凛音が、やけに頼もしく見えた。
「大変なことも共有して、アイデアも出し合って…みんなで解決しよう」
「…凛音」
西の空に太陽の光がわずかに残るも、一等星は夜空に瞬き始め、夜の到来を告げている。
黙って凛音を見つめていた深蘭だったが…やがて“こくり”と静かに頷いた。




