Prologue ~ 或る部活動のEpilogue ②~
音のする方を、一斉に注目する四人の前に現れたのは…
物々しい機械を背負った…雑種の中型犬だった。
「うわぁ…謙ちゃん!」
珍妙な出で立ちの犬にもかかわらず、動物LOVEの和人は迷いなく抱きつきに行く。
“わふわふ”と甘えた声を出し尻尾を振り…当の犬も嬉しそうだ。
事象解析PC・マルチカメラ・マイク・通信装置等精密機器を背負い、それら機器を胴体に固定するハーネスには、
“律専大学物理工学部量子工学科 リエゾン研究室 実験中”
との文字が書かれている。
その犬は…
齢17にして律専大学物理工学部の名物准教授であり、寄託部の顧問でもあるシルビア・キース・リエゾンが3年前に開発した、律専七不思議解析装置搭載実験犬1号「謙」である。
「和人、観測の邪魔だぞ!」
「お絹ちゃん!(×3)」
白衣を着てPADを操作しながら悠然と現れた、開発者本人であるシルビアの叱責が飛ぶ。
「おかしい…確かに、ここで磁場の歪みを感知したのだが…」
謙に搭載された観測機器から送られて来たデータを、自らプログラムした事象解析AIの分析プロトコルに当てはめてみるのだが…
的外れな解析結果に、小首を傾げる。
「ん~ただの外れ値か…? もしくは…」
「?(×3)」
謙とのふれあいになると“能動的蚊帳の外”状態に陥る和人を除いて…この場にいる三人には、シルビアの研究も呟きも…理解が追い付く訳がない。何せ、彼女はIQ301の頭脳の持ち主なのだから。
「ああ…すまない。気にするな」
「お絹…七不思議の解明は、進んでるの?」
「正直、手強いかな。故にまだまだ楽しめそうだよ…そー兄」
“お絹”“そー兄”と親しく呼び合うシルビアと颯一郎は、高校入学以前からの古い知り合いだ。この関係のお陰でシルビアが顧問を引き受けることになり、結果…寄託部は創部することができたのだった。
「お絹ちゃん…3年間、寄託部の顧問…お疲れさまでした」
シルビアの前に進み出た凪咲が、深々と頭を下げる。
凪咲の行動に気付き、続いてお辞儀をする颯一郎・和人・ゆう子。
「そして、本当にありがとうございました!」
四人の心からのお礼の声は見事に揃った。
「……」
突然の感謝の言葉にシルビアは、照れ臭そうにPADで顔を隠す。
「どこかの詩人が、“終着点は、出発点である”って言葉を残している」
…声が、少しだけ震えている。
「3年間…私も十分楽しませてもらった。ありがとう! この終わりが、皆にとっての新たな始まりであることを、心から祈っている」
一筋の涙が頬を伝いそうになるのを、慌てて拭う。
「とはいえ…寄託部には、始まりは無いけどな」
「…はい」
四人は同時に返事をし、思わず笑い出してしまったのだが…
部室に広がる笑い声は、少しだけ哀愁の色を帯びていた。
・
「みんな お待たせ!…って、あれ?」
卒業式後の連絡会議を終えた佑梨が、部室に飛び込んで来る。
「リエゾン准教授、どうして? 打ち上げ会場に直接行くって…」
「お・絹・だ!サクマリ… 何度言わせれば気が済む?」
「いや、それ慣れないし…一生無理ですって」
“また、始まった”と、顧問と副顧問のノリツッコミ漫才会話を苦笑しながら見つめていた凪咲たちは、急いで窓の戸締りを始めた。
「さっ! 寄託部最後のミーティング&打ち上げ、行きますよ!」
言い合い継続中のシルビアと佑梨をなだめながら、皆で部室を出る。
凪咲は、賞状筒と式次第を脇に挟むと、制服のポケットから鍵を取り出し、愛おしそうに見つめた。
鍵に取り付けられた、オールドイングリッシュ書体のローマ文字“K”があしらわれたキーホルダー。
寄託部創設記念に、凪咲自ら購入し、付けたものだ。
《3年間…ありがとう》
感謝の気持ちを込めて最後の施錠をし、丁寧に一礼をする。
ふっと息をついてから、凪咲は颯一郎たちの後を追いかけた。
談笑する六人と…一匹の足音が遠ざかっていく。
一つの役目を終えた部室は、静寂に包まれていた。
陽も沈み、薄暗くなった部室。
その天井から、突然…
煌めく光の粒子が、まるで砂時計の砂のように、室内の真ん中にある整理棚の上に降り注ぎ始める。
ゆっくりと時間をかけて棚の上に積もってゆく、光の粒子たち…
やがて…
時を経て集まった粒子は、眩い光を放ち…
その光の中から、美しく細密な蒔絵が施された“小箱”が…姿を現した。




