第6話 神崎夫婦
黒田雅人との死闘を終え、満身創痍で家へ帰ったイア。
彼を迎えたのは、血の繋がりはなくても、本当の家族のように温かく見守ってくれる神崎夫婦だった。
そして二年間、誰にも話せなかった過去を、イアはついに打ち明ける。
これは、一人で抱え続けた悲しみが初めて誰かに受け止められる、大きな転機となる物語。
僕は家へ帰った。
玄関を開けると、お義父さんとお義母さんが迎えてくれた。
「イア、そんなにボロボロになって……大丈夫だったの?」
詩織さんは僕の姿を見るなり、心配そうに駆け寄ってきた。
「イア、すまん。今回の依頼はきつかったな」
恒一さんも申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「大丈夫だよ。寝ればすぐに治ると思うから」
僕は笑って答えた。
「そう……。なら今日は早く休みなさい」
詩織さんは優しく微笑んだ。
僕は部屋へ戻ると、そのままベッドへ倒れ込んだ。
黒田雅人との戦いで張りつめていた緊張が一気に解ける。
まぶたが重い。
そのまま深い眠りについた。
◇◇◇
リビングでは神崎夫婦が話していた。
「恒一さん……どうしてあの子は、あんなにボロボロになるまで頑張るのかしら」
詩織さんは不安そうに呟く。
「見ていて苦しいわ」
恒一さんは腕を組み、小さく息を吐いた。
「この二年間、ずっと一緒にいた。でもイアは自分のことをほとんど話さない」
しばらく黙った後、静かに続ける。
「明日、ちゃんと話を聞こう」
「ええ」
二人はそう決めると、それぞれ眠りについた。
◇◇◇
翌朝。
僕がリビングへ向かうと、詩織さんが朝食を作っていた。
「イア、おはよう。よく眠れた?」
「おはよう、詩織さん。うん、ぐっすり眠れたよ」
そんな会話をしていると、恒一さんもやって来た。
「おはよう、イア。昨日は本当にお疲れ様だった」
「おはよう、お義父さん。また依頼があったら言って」
三人で食卓を囲み、静かな朝食を終える。
食器を片付け終わると、恒一さんが真剣な表情で僕を見た。
「イア」
「今日、お前に聞きたいことがある」
僕は静かに頷く。
「どうして、お前はそこまでして俺たちの依頼を受けるんだ?」
「命を懸けてまで戦う理由を知りたい」
僕は少しだけ目を閉じた。
そして、全てを話した。
親に捨てられたこと。
貧民街で暴力を受け続けていたこと。
路地裏でイレイナと出会ったこと。
名前をもらったこと。
幸せだった日々。
そして――イレイナを政治家に奪われたこと。
裁判で無罪になったこと。
僕が復讐を誓ったこと。
全部。
二年間、一緒に過ごしてきた二人だからこそ話そうと思えた。
「これが僕の頑張る理由」
「そして……僕が生きている理由なんだ」
部屋が静まり返る。
重い沈黙が流れた。
やがて恒一さんが小さく口を開く。
「……そうか」
「だから、お前は自分を犠牲にしてまで戦うんだな」
俯く恒一さんの隣で、詩織さんの頬を涙が伝っていた。
「辛かったね……」
震える声だった。
「悲しかったね……」
涙は止まらない。
「今まで、一人でよく耐えてきたね」
僕は笑おうとした。
「別に大丈夫だよ」
そう言いかけた。
「僕は……別に……」
最後まで言葉にならなかった。
涙が溢れそうになる。
必死に堪える。
泣きたくない。
泣いたら弱くなる。
そう思っていた。
そんな僕を、二人はそっと抱きしめた。
「もう、一人で背負わなくていい」
詩織さんの温もりが伝わる。
「これからは俺たちも一緒だ」
恒一さんの声が耳に届く。
その瞬間だった。
今まで堪えていた涙が、一気に溢れ出した。
僕は子どものように泣いた。
イレイナを失ってから。
初めて、人前で泣いた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この章では、イアが初めて自分の過去を誰かに打ち明け、涙を流す姿を書きました。
復讐だけを支えに生きてきた彼にとって、神崎夫婦の「もう一人で背負わなくていい」という言葉は、心を少しだけ救う希望になったと思います。
しかし、イアの復讐はまだ終わっていません。
彼がこの先どんな選択をし、どんな運命を歩むのか、ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。




