第5話 イレイナとの思い出
第五章 前書き
激しい戦いを終え、黒田雅人を生け捕りにしたイア。
しかし、満月を見上げたその瞬間、彼の心に蘇ったのは復讐ではなく、大切な人との穏やかな日々だった。
名前を与えてくれた少女。
初めて「幸せ」を教えてくれた少女。
これは、白い死神になる前の、イアとイレイナのかけがえのない思い出の物語。
工場を出ると、夜空には満月が浮かんでいた。
僕は思わず空を見上げる。
「月が綺麗だな……」
その光景を見た瞬間、懐かしい記憶が蘇った。
あの日も、こんな満月だった。
◇◇◇
夜の路地裏。
僕はいつものように一人でイレイナを待っていた。
しばらくすると、灰色の髪を揺らしながらイレイナがやって来る。
「今日も朝からずっとここにいるの?」
僕は黙ってうなずいた。
イレイナは少し呆れたように笑う。
「本当にここが好きなんだね」
そして僕の隣に腰を下ろした。
しばらく二人で月を眺めていると、イレイナがふと口を開く。
「ねえ、イア」
「なに?」
「イアは将来の夢とかないの?」
僕は少しだけ考えた。
そして正直な気持ちを口にする。
「僕はイレイナと一緒に過ごせれば、それでいいよ」
イレイナは目を丸くした。
「どんなに貧乏でも、どんなに辛くても」
僕は満月を見上げながら続ける。
「イレイナがいてくれるなら、僕は幸せだ」
イレイナは少しだけ顔を赤くした後、優しく笑った。
「うふふ」
その笑顔は月明かりよりも綺麗だった。
「嬉しいこと言ってくれるね」
そして彼女は胸を張る。
「じゃあ私の夢を教えてあげる」
「夢?」
「うん」
イレイナは力強くうなずいた。
「私、大金持ちになるの」
僕は思わず吹き出した。
「なんだよそれ」
「本気だもん」
イレイナは頬を膨らませる。
そして真っ直ぐ僕を見た。
「大金持ちになって、イアをこんな暮らしから抜け出させてあげる」
その瑠璃色の瞳は本気だった。
まるで未来を信じて疑わないかのように。
そんなイレイナは、まるで天使みたいだった。
僕はそんな彼女が大好きだった。
◇◇◇
それから数日後。
イレイナの誕生日がやって来た。
僕は大好きなイレイナに喜んでほしかった。
だから数週間前から少しずつお金を貯めていた。
空き瓶を拾い。
雑用を手伝い。
必死になって集めた。
そして買ったのは一枚のハンカチだった。
白い生地に、小さな青い花の刺繍が入っただけの安物。
それでも僕にとっては宝物だった。
約束の場所へ向かうと、イレイナはいつものように笑っていた。
「どうしたの?」
僕は少しだけ緊張しながらハンカチを差し出した。
「誕生日だから」
イレイナは驚いたように目を見開く。
「え……私に?」
僕は小さくうなずいた。
「気に入らなかったら捨ててもいい」
するとイレイナは慌てて首を横に振った。
「そんなことしないよ!」
彼女はハンカチを胸に抱きしめる。
まるで宝物を抱えるみたいに。
そして少しだけ泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう、イア」
その笑顔を見ているだけで、僕は嬉しかった。
それだけで十分だった。
あの頃の僕は、本気でそう思っていたのだから。
第五章 あとがき
第五章を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は戦いから少し離れ、イアとイレイナが過ごした幸せな時間を描きました。
普段は感情を表に出さないイアですが、イレイナの前では年相応の笑顔を見せていました。
夢を語り合い、小さな贈り物を交換し、何気ない時間を大切に過ごす二人。
だからこそ、その幸せが突然奪われたことが、イアの復讐心の原点となっています。
白い死神は、生まれながらの復讐者ではありません。
一人の少女との出会いが彼を救い、その少女との別れが彼を復讐者へと変えました。
次章からは再び物語が大きく動き始めます。
黒田雅人が握る情報、そしてイレイナを殺した政治家へと繋がる新たな真実。
イアの復讐は、まだ始まったばかりです。
これからも『白い死神は瑠璃色の夢を見る。』をよろしくお願いいたします。




