第94話行き詰まりの打破と、悔いなき決断
「ウェイン様のところへ行って、相談してみるのが一番手っ取り早いかもしれないな」
確かに、ジョーの言う通りだ。この大量の道具の保管場所については、改めて話し合う必要がある。このまま放置して道具が傷んでしまえば、ここまで進めてきたプロジェクトが水泡に帰すことになりかねない。
「ここは私が掛け合ってこよう。君はどこにも行かず、ここで待っていてくれ」
「ああ、助かるよ、ジョーさん。悪いが任せた」
ジョーは言葉を返さず、短く頷くだけで背を向けた。そして、村の肥料小屋の前に俺を一人残し、足早に去っていった。
◇◇◇
今回の街への訪問において、サンドラは市場に到着する前からケイトとヴィオラに指示を与え、布地探しのタスクを割り振っていた。
布地を扱う店が立ち並ぶ区画の交差点に到着すると、三人はそれぞれ別行動を取り始めた。ヴィオラは左へ、ケイトは真っ直ぐに、そしてサンドラは右へと足を踏み入れる。
ヴィオラにとってこの場所は完全に不慣れな土地だったが、彼女は臆することなく、通りすがりの客に声をかけた。
「あの……すみません」
服選びに夢中になっていた三十代後半くらいの女性が、弾かれたように振り返った。
「はい、どうしました? 何かお手伝いしましょうか?」
彼女の声は、とても落ち着いていて柔らかかった。
「ちょっとお聞きしたいんですけど……一番良い服の生地って、普通は何でできてるんでしょうか?」
「ああ、それなら。もし自分で服を仕立てようと思っているのなら、おすすめの選択肢が二つあるわ」
「二つ、ですか?」
ヴィオラはきょとんとした。サンドラから聞いていた説明とは、布地に詳しいこの人の意見は少し違うようだ。
「それは、どんな生地なんですか?」
「一つ目は、標準的なコットン生地ね。着心地が良くて、柔らかくて、汗をよく吸う服を作りたいなら、この生地がぴったりよ。そして二つ目は『モリ生地』。これも綿がベースなんだけど、手作業で模様や色をつける服を作る時によく使われるの」
(それだ……!)
実際に詳しい人に聞いてみて、ヴィオラは百パーセント確信した。今、自分たちが求めているのは間違いなく『モリ生地』の方だ。
「お姉さん、その生地を売ってるお店がどこか教えてもらえませんか?」
「ええ、いいわよ」
「本当ですか!? ご迷惑じゃありませんか?」
「全然。今日はたまたま暇にしてたし、お店まで案内するくらいお安い御用よ。それに……あなた、この街の子じゃないみたいだしね」
「はい」
ヴィオラは照れくさそうに頭を掻きながら、無邪気な笑顔を見せた。
「私はヴィオラ。ヴェリア村から来ました」
「あら、ヴィオラちゃん。ヴェリア村から来たのね。私はサントリよ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします……サントリお姉さん!」
「それじゃあ、早速そのお店に行きましょうか」
「うん!」
一方、ヴィオラとは対照的に、ケイトは人に尋ねるよりも完全に己の直感だけを頼りにしていた。布地屋に足を踏み入れるや否や、品質など一切考慮せず、迷うことなく無地の布を引っ掴む。
「おじさん、これ!」
ケイトはレジのカウンターに布を叩きつけるように置いた。
「全部でいくら?」
「一万三千ルピアだ」
そして……この計画の首謀者であるサンドラはといえば。彼女は布を探すどころか、完全に自分の都合を優先し、かつての職場の旧友と話し込んでいた。
「へぇ、そういうことだったのか! お前があの仕事を辞めた理由がやっと分かったぜ」
「まあ、そういうわけ」
「でもよ、本当にいいのか? 一生あの村で暮らすって決断して、後悔しねぇのか、サンドラ」
「ええ。自分の決断に一切の迷いはないわ!」
「お前の立場も大変だったんだろうな。毎日現場を駆け回って、こんなにストレス抱え込むまでになっちまうなんてよ」
「大変だったかどうかって言われると微妙だけど……でも、仕方なかったのよ。他に選択肢なんてなかったし。もしあそこで私が折れてたら、自分自身を殺すのと同じだったから」
友人は言葉を失い、サンドラの揺るぎない決意に感嘆の眼差しを向けた。この厳しい世界において、親族からの援助だけに頼っていては生きていけない。だからこそ、自立の道を歩み始めたサンドラの選択は、間違いなく正しいものだった。
「すげぇよ! お前のこと、見直したぜ、サンドラ!」
「え? な、何よ急に改まって……」
「あーあ……パンジー兄貴がお前と結婚してりゃ最高だったのになぁ」
「ちょっと、キドゥン! ふざけたこと言ってんじゃないわよ!」
しかしキドゥンは意に介さず、サンドラの警告を無視してニヤニヤと続ける。
「そしたら俺、毎晩あんなことやこんなこと――」
――バシッ!
サンドラは手に持っていたパンを、キドゥンの顔面に勢いよく投げつけた。せっかくの気分を台無しにされた彼女は、友人を見捨ててその場からさっさと歩き出した。
「いってぇ! おいサンドラ、どこ行くんだよ!?」
「もう戻るわ。私を待ってる人がいるのよ」
(待ってる人? 彼氏か? それとも未来の旦那か? ……いや、そんなこたぁ今はどうでもいい。一番重要なのは……!)
「おい……サンドラ! この飲み食いしたお代は誰が払うんだよ!?」
足を止めることなく、サンドラは肩越しに飄々と答えた。
「キドゥン、私の分もまとめて払っておいて! 次に会った時、必ず返すから!」
「て、てめぇ……!!」
ギリッと歯を食いしばり、キドゥンは怒りで両拳を握りしめながら、人混みへと消えていくサンドラの背中を猛然と睨みつけた。
◇◇◇
最初の集合場所に戻ってみると、すでにヴィオラとケイトが待機していた。サンドラが姿を現すなり、二人の表情は不機嫌そうに歪み、勝手に姿を消した彼女に対してジト目を向けてきた。
「……何よ?」
サンドラはきょとんとした顔で、ケイトとヴィオラを交互に見比べる。
「『何よ』じゃないわよ、気楽なもんね!」とケイトが噛みつく。「『あたし、全然悪いことしてませんけど?』みたいな顔しちゃってさ」
「あー……そのことね! ごめんごめん、勝手にいなくなっちゃって。急にキャンセルできない用事が入っちゃったのよ」
本当はヴィオラも文句の一つでも言ってやりたいところだったが、サンドラの言い訳を聞いて、ケイトのように怒りをぶつけるのはやめておくことにした。
「まあ、いいです。こんな些細なことで揉めても仕方ないですからね」
そんなやり取りの最中、サンドラはふと気がついた。どうやらケイトもヴィオラも、それぞれ無事に必要な布を調達するというミッションを完遂したようだ。
「二人ともよく頑張ってくれたみたいだし、このままカフェにでも行かない? ご褒美に、私がコーヒーを好きなだけ奢ってあげるわ!」
「え? 本当ですか!?」
「でも……コーヒーを飲みすぎると、胃に負担がかかるんじゃありませんか?」
「ヴィオラの言う通りよ。コーヒーは体の調子を整えたり、集中力を高めたりするのにはいいけど、飲みすぎると逆に体調を崩す原因になるわね」
「だったら……なんで『好きなだけ奢る』なんて言ったのよ。そんなこと知ってるくせに」
ケイトがすかさずツッコミを入れる。
「ケイト、貴様……!」
ヴィオラは思わず言葉を詰まらせた。ケイトの発言があまりにも空気を読まないド直球だったため、どう反応していいか分からなくなったのだ。
「何よ?」
「……あなたって人は、建前とか社交辞令って言葉を知らないんですか?」
「どういうこと?」
「要するに、あなたは『大人がAをしろって言ったのに、あえてBをやっちゃうような聞き分けのない子供』だって言ってるんですよ」
ケイトは一瞬黙り込み、ヴィオラの言葉を頭の中で処理しようとした。数秒後、ようやくその皮肉の意味を理解する。
「つまりそれって……あたしのこと馬鹿にしてるってこと!?」
「そう感じたのなら、わざわざ説明しなくても理解してもらえてよかったです」
「こンニャロォ……!!」
ギリッと歯を鳴らし、ケイトは怒りで右の拳を握りしめた。
ケイトとヴィオラのこの小競り合いを見て、サンドラは思わずクスリと笑った。彼女にとって、このドタバタ劇は頭の中に溜まっていたストレスを吹き飛ばすには十分すぎるほど面白かったのだ。
「ほらほら、あんたたち。こんな所で意味もなく喧嘩して時間を無駄にするくらいなら、お店が閉まる前に行きましょうよ?」
「そうですね!」
ヴィオラはキリッとした表情に戻り、サンドラの提案に賛同した。
「よし……それじゃあ、今から出発よ!」




