第93話戦う理由、過去の郷愁、そして動揺する少女
照りつける太陽の下、この村には怠けている者など一人もいなかった。全員がこのプロジェクトを完成させるために手を動かしている。その情熱は、まるで火山の噴き出すマグマのように絶えることがなかった。
作業を開始してから随分と時間が経ち、完成度はすでに九十九パーセントにまで達していた。俺たちは出来上がった道具から順に運搬を始めることにした。
ジョーが俺と一緒に七輪を運んでくれ、他の連中は一人で運べる道具をそれぞれ持ち出していく。
「あのさ、タカヒロくん……ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「どうして君は、村の経済を立て直すためにそこまで尽力してくれるんだい? 私から見れば……君はこの村の人間じゃないし、兵士のように滅私奉公する必要なんてないはずだろう?」
(……確かに、ジョーの言う通りだ)
時々、俺自身もそう思うことがある。なぜ俺はここまで必死になっているんだ? 元の世界での俺は、部屋に引きこもって怠惰な日々を送っていただけの人間じゃなかったか?
なのに、なぜこの異世界に叩き落とされてから、あの無駄で不毛な性格が跡形もなく消え去ったのだろう。まるで、清廉な世界に生まれ変わったかのように。
「さあな、俺にもよく分からないよ! ……ただ、今の俺には妻がいて、子供もいる。だからかもしれないな。『村の経済を助けるのも悪くない』って思えるのはさ。村が豊かになれば、巡り巡って俺の家族の暮らしも良くなるわけだしな」
筋の通った説明を聞いて、ジョーは感心したように目を細めた。俺の考え方が思っていた以上に成熟していることに感銘を受けたらしい。
「もしケイトが君と同年代で、君と結婚できていたらなぁ……。タカヒロくんのような婿を迎えられたら、私やベリンダもどれほど幸せだったか」
ケイトと俺が結婚……? うぐっ……! あいつと同じ屋根の下で暮らすなんて、想像しただけでゾッとする。ケイトどころか、クトリと暮らしているだけでも、彼女の予測不能な感情の波に翻弄されて寿命が縮みそうなのだから。
「だが幸いなことに……ケイトと結婚しなかったとしても、君の運命は私の想像以上に素晴らしいものになったようだがね。そういえば、君の結婚式の時は申し訳なかったな。私とベリンダ、ケイトの三人は、ちょうどケイトの忙しい仕事を手伝っていて出席できなかったんだ」
過ぎ去った過去を思い出すと、なんとも言えない懐かしさが胸に込み上げてくる。あの頃、右も左も分からない俺を、ベリンダとジョーがどれほど手厚く介抱してくれたか、今でも鮮明に覚えている。
特に強く印象に残っているのは、ベリンダが俺をまるで自分の本当の子供のように接してくれたことだ。まあ、思い出すのも恥ずかしい間抜けな事件も山ほどあったが……。
もし彼女たちの助けがなかったら、俺はあの不気味な森の中で餓死していたに違いない。
「この七輪は、どこに置くのがよさそうかね?」
そうだ、忘れていた! 昔話に花を咲かせていたせいで、ブリックに七輪を保管するための小さな東屋を作ってもらうよう頼むのをすっかり失念していた。
だが……仮にブリックに頼んで小屋を作らせたところで、資材の無駄遣いになるかもしれない。それならいっそ、後で本格的なバティックの工房のような建物を建てた方が良いだろう。
「とりあえず、そこに置いておいてくれ」
他に選択肢はなかった。現時点でこの道具を保管するのに一番マシな場所は、屋外の隅くらいしかなかったのだ。
「本当に大丈夫かい、タカヒロくん?」
「背に腹は代えられないさ」
道具一式をしまっておける空き部屋がまだない以上、後で皆に連絡して、主要な道具だけは各自の家に持ち帰ってもらうことにしよう。盗難防止や、子供たちの悪戯を防ぐためにもその方が安全だ。
◇◇◇
日の高い昼下がり、テロヴィアの街の通りは大混雑を見せていた。政府の公式行事があるわけではない。食料の輸送隊が一斉に帰路に就いたためだ。
この街の建物は壮麗で、実に目を楽しませてくれる。高層建築こそ存在しないものの、十七世紀のクラシックな美学を取り入れた広大な横長構造が特徴的だ。上に積み重ねるような建物がないため、どの邸宅も広い中庭を抱え込むように横へと広がり、青空を遮ることなく優美な街並みのシルエットを描き出していた。
今日、サンドラはタカヒロやウェインにも黙って、自分の街へと戻ってきていた。ケイトとヴィオラが同行してくれたおかげで、今回の道中は退屈せずに済んでいる。小屋の裏庭で一日中植物の世話をして疲れ果てていたサンドラだったが、ケイトの突拍子もない行動や破天荒な振る舞いのおかげで、その疲労もいつの間にか吹き飛んでいた。
「ねぇ、サンドラお姉ちゃん。布は何枚必要なの?」
ケイトが控えめな声で尋ねた。
「ムダ使いを減らすためにも、二、三枚にしておいた方がいいんじゃないでしょうか」
この道のりのリーダー役を務めるサンドラに、ヴィオラも隣から提案する。
だが、サンドラは未だに明確な答えを出せずにいた。買い出しのメモも持たずに勢いだけで飛び出してきたため、己の軽はずみな行動が生んだジレンマに頭を悩ませていたのだ。
「ねぇ……もしタカヒロのあの小さなプロジェクトが本当に成功したら、ヴィオラはどう思う?」
「それはもう、神様のお恵みだと思って感謝しますよ! タカヒロお兄ちゃんが考えたプロジェクトなら、きっと私たちの村はネット村よりもずっと発展するはずです」
ケイトは反論することなく、ただ自分の足元を見つめながら歩いていたが、やがて顔を上げて空を仰いだ。彼女の胸中には、ヴィオラには上手く説明できない言葉にならない感情が渦巻いていた。
だが、意を決した彼女は、ついに親友へとその思いを口にする。
「ねぇ、ヴィオラ……。あの日、森で助けたあの男の人が、まさかこんな風になるなんて想像できた?」
その言葉に、アロエを使ってタカヒロのアザの手当をした過去の記憶が、ヴィオラの脳裏に鮮やかによみがえった。彼女もケイトと同意見だった。自分たちが救ったあの男が、まさか村の英雄のような存在になるとは思いもしなかったのだ。
それだけではない。彼がこれほど早くクトリ姉さんと結婚するなんて思ってもみなかった――特に、皆が寝静まった夜、二人がいちゃついている現場を自らの目撃してしまった後となっては、なおさらだ。
「へぇ……。タカヒロの命を救ったのは、あなたたちだったのね」
突然、サンドラが割り込んできた。ヴィオラが言いかけた言葉は遮られ、タカヒロとの出会いを懐かしむ空気は一瞬で吹き飛んでしまった。
「うん、私たちがタカヒロを助けたんだよ」
ケイトは迷いなく即答した。
「あのアサハラなスケベ男を助けさえしなければ、こんな事態にはならなかったでしょうに」
ケイトとヴィオラは顔を見合わせ、言葉を失った。サンドラが一体何を言いたいのか、さっぱり理解できなかったのだ。
場に気まずい沈黙が流れたが、やがてサンドラは静かに言葉を付け足した。
「……けどね。人を口車に乗せるようなアイツのことは大嫌いだけど、それでも……知り合えたことには感謝してるわ。アイツのおかげで、今の私があるんだもの。頭を悩ませる重苦しい仕事から解放されて、こうして自由に生きられてるんだから」
ケイトは、サンドラのその言葉の裏にある真意を察した。彼女にとって、それは本気の悪態などではなく、素直になれない気持ちの裏返しに他ならなかったのだ。
「サンドラお姉ちゃん……。本当にタカヒロのことが嫌いなの? それとも……本当は好きなの?」
ケイトはいじわるな笑みを浮かべ、追及するように問い詰めた。
それを聞いた瞬間、サンドラはあからさまに狼狽し、赤くなった顔をフードで覆い隠した。
「ば、バカ言わないでよ! 既婚者のことなんて、す、好きになるわけないじゃない!!」
だが、ケイトの目は誤魔化せなかった。サンドラがタカヒロに特別な感情を抱いているという疑惑は、この目に見えて取り乱した反応によって確信へと変わったのだ。
「へぇ~~! 本当にぃ~?」
「信じようが信じまいが、勝手にしなさいよっ!」
道中、ケイトはサンドラに本当の気持ちを吐かせようとしつこく弄り続けた。一方、二人のやり取りを黙って聞いていたヴィオラは、姉とその子供の未来に思いを巡らせ、ぼんやりとしていた。
もし万が一、タカヒロがクトリ姉さんを裏切って愛人でも作ろうものなら、新婚早々のあの睦まじい夫婦生活は一瞬で崩壊してしまうだろう。
姉の身にそんな不幸な未来が訪れるなんて考えたくもないヴィオラは、頭を振って嫌な思考を振り払い、声を上げた。
「ねぇ……ここからの帰り道、カフェに寄っていきませんか? この近くに、雰囲気が良くてゆっくり休めるお店があるって聞いたんです」
その提案のおかげで、ケイトのイジりもようやく止まった。この街の出身であるサンドラは、ヴィオラの言うカフェの場所を一番よく把握していた。
「いいわね! 実は私、前からずっとそこに行ってみたいと思ってたのよ。ただ、当時は仕事に追われて全然時間が取れなくて、結局行けずじまいだったんだけどね」
サンドラの賛同を得て、三人はヴェリア村へ戻る前に、そのカフェで少し羽を休めていくことに決めたのだった。




