第91話新たな手仕事への第一歩
赤シソとスイバでシャングリーが肌をかぶれるという騒動から、一週間が経過した。
すでに収穫期は完全に終わり、田畑の農作業もすっかり落ち着いている。そんな今朝、俺は村の住民たちを長老の館の前に集めていた。
この村の人々の未来のため、事前にウェインとは綿密な計画を練り上げてきた。この世界に放り出されて以来、俺がひそかに続けてきた観察は、やはり間違っていなかったのだ。
結論から言えば、農業の収入だけでは到底やっていけない。農作物は時に不作に見舞われ、加工すらままならないと嘆く農家も多い。だからこそ、村の経済を底上げするための新たな策を、俺はウェインに提案したのだ。
「皆、集まったかな?」
来客の整理をしていたクィディッチに向かって、ウェインが尋ねた。
「あと一人だけ残ってます」
クィディッチがウェインに渡した名簿によれば、まだ姿を見せていないのは一人だけ――サンドラだ。
「まあいい、そのまま進めよう。日が昇りきる前に、この計画を皆に発表してしまわなければならないからね」
小さな壇上に立ち、先ほどから黙って彼らのやり取りを見つめていた俺は、内心で首を傾げた。
(……あいつら、あそこで何をコソコソやってるんだ?)
好奇心が勝り、俺は二人のもとへ向かおうと足を踏み出した。だが、三歩進んだところで、ヴィオラと同じくらいの年頃の、ショートのオレンジ髪をした小柄な少女が立ち塞がった。
「あの、タカヒロさん……」
モジモジと恥じらうような表情を浮かべる少女を見て、俺の口から反射的に淡々とした声が出る。
「なんだ?」
「その、私……」
ここはドラマの撮影現場か何かなのか? なぜ目の前の少女は、悲劇のヒロインめいた演技がかった態度をとっているのだろう。彼女は頬を染め、肝心な用件を言えずに躊躇っているようだった。
「言いたいことがないなら、そこをどいてくれないか?」
俺の言葉は少し冷たすぎたかもしれない。だが、どうしようもない。俺はそういう性格なのだ。無駄な社交辞令や遠回しな言い回しは大嫌いだった。
「ま、待ってください! まだ話は終わってません」
「終わってないなら、さっさと――」
幸いなことに、俺が苛立ちに任せてキツい言葉をぶつける前に、ウェインさんが彼女の後ろにスッと立っていた。俺の不穏な空気を察知したのだろう。彼は少女の右隣に並び立つと、穏やかに声をかけてきた。
「タカヒロくん、そろそろ時間だよ!」
その短い一言を聞いて、俺はそそくさと元の立ち位置へと戻った。
実のところ、一つだけ心に引っかかっていることがあった。あらかじめ設定していた時間になれば、この村の重要な人物の一人がここに来ているはずなのだ。だが、いくら見渡しても彼女の姿はどこにもない。尋ねようかとも思ったが、結局は呑み込んだ。今はあえて触れない方がいい気がしたのだ。
壇上に戻ると、ウェインが口火を切り、俺たちが合意した計画の目的と詳細について説明を始めた。
「皆、今日は集まってくれて感謝する。単刀直入に言おう。これから皆には、この村の『未来』のための計画について話したい」
村人たちの間にざわめきが広がった。『村の未来』という聞き慣れない言葉に、誰もが興味と不安を抱いたようだった。
「二日前のことだ。我々は慎重な議論を重ね、ある結論を出した。
長く長老を務めてきた者として、私はこれ以上、君たちの生活が農作物の収穫にのみ依存する状況を見過ごすわけにはいかないのだ。だからこそ――」
ウェインの話し方は、あまりにも迂遠で回りくどく、ひどく時間を食う。たまらず、俺は彼から言葉を奪い取った。
「大規模なプロジェクトを立ち上げる!」
しんと静まり返った。先ほどウェインさんが『未来』と口にした時のざわめきとは違う。おそらく全員が、俺の言葉を頭の中で必死に咀嚼しているのだろう。誰一人として声を上げる者はおらず、ただ戸惑った顔でお互いを見合わせていた。
「まだ説明してないから、混乱してるのは分かってる。だが、実際に手を動かして見せれば、俺が何を言いたいか必ず分かるはずだ!」
村の連中も、俺が前置きや長話を嫌う人間だということは重々承知している。そのため、俺の言葉を合図に、クィディッチがすぐに指揮を執り、この突発的な集会を解散させて実作業へと移らせた。
ゲビスとクィディッチの二人が先導し、村人たちは俺たちが求める主要な材料の調達へと一斉に動き出した。
ゲビスは村人たちを二つの班に分けた。A班には、チャンティン(蝋引き用のペン)を作るための銅、木材や竹、そして綿の繊維を探させる。一方のB班には、チャップ(蝋引き用のスタンプ)を作るための薄い銅板、鉄、そしてはんだ用の錫を探すよう指示を出した。
一方、クィディッチもただ黙って見ているわけではなかった。彼に残された任務は、作業用の小さな七輪と小鍋を作ることだ。彼にとって、これらの道具を作るのは朝飯前だった。
なにせ、亡くなった彼の祖父はかつてこの村の鍛冶屋だったのだ。わざわざ材料を探し回る必要もない。実家に行けば、必要な資材はいくらでも転がっている。
◇◇◇
場所は変わり、早々に散開したゲビス率いるA班は、ある一つの素材――銅の調達に難儀していた。チャンティンの持ち手となる木材や竹、綿の繊維はあっさりと見つかったというのに。
そんな中、白灰色の髪を派手に編み込んだ三十四歳の男、エフリがふと閃いたように声を上げた。どこに行けばその素材が手に入るか、心当たりがあったのだ。
こげ茶色の髪をした男、ブリンが代表としてエフリの提案に賛同し、二人は連れ立ってその場所へと急行した。
その頃、クィディッチのチームはすでに必要な材料をすべて揃え終えていた。あとは、ゲビスの率いる両チームが指定の素材を持って帰ってくるのを待つばかりだ。
「ゲビスたちが戻ってくるまでの間、この作業はお前のチームに任せるぞ、クィディッチさん」
「ああ、全部俺に任せてくれ!」
クィディッチの迷いのない決断力に引っ張られ、彼のチームは新たな指示を待つことなく即座に動き出した。
チームの一員であり、粘土鍋作りの達人である中年男のシャピルは、早速大きな七輪の製作に取り掛かる。
残りの作業である小鍋の製作は、祖父から鍛冶の技術を受け継いだクィディッチ自身が指揮を執り、ムロヴァルの手助けを受けながら鉄を打ち始めた。
◇◇◇
ゲビスが指定した集合地点では、B班がすべての資材をかき集め終えていた。途中、はんだ用の錫を見つけるのに少し苦労はしたものの、なんとか目標は達成できた。
他のメンバーを待つ間、深紫色の髪をした男が唐突に口を開いた。
「なぁ、ゲビス……。お前、本当にタカヒロの計画が上手くいくと思ってるのか?」
パープリオが、不安げな声で尋ねる。
その問いに、ゲビスは一瞬どう答えるべきか迷った。しかし、二年前の出来事が脳裏をよぎる。小麦畑が壊滅的な被害を受けたあの時、率先して指揮を執り、絶望という名の炎を消し止めて村の危機を救ったのは、他でもないタカヒロだった。
「上手くいくさ。いや、成功してもらわなきゃ困るんだ。全部、俺たちの村が豊かになるためなんだからな!」
ゲビスがそう力強く言い切った直後、数メートル先から歩いてくる人影を見つけ、スニャが話題を変えるように声を上げた。ようやく銅を手に入れたA班が合流したのだ。
これで、指定された材料はすべて揃った。
ゲビスは皆に頷きかけ、いよいよチャンティンとチャップを完成させるための本格的な作業場へと戻るべく、足を踏み出した。




